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だいじょうぶよ・神山眞/第48回 サロンオープンの前日

■月刊「記録」2003年9月号掲載記事

*          *         *

  「せんせ、おれ、ついたよ」
 6月12日。日焼けサロンオープンの前日、深夜23時。正利から電話が入った。
  「着いた? はあ? 着いたってどこに着いたんだよ」 だいたいの準備は整い、いよいよオープンだというときにぴったりやって来るんじゃねえよ。そう思っていたが、来てしまったものはしようがない。親方のところへは、あいつの性格からしてもう戻らないはずだ。予定がちょっと早まったが、まぁ仕方ない。
 ぼくは突然の出来事だったゆえ、かえって何も考えることなく腹をくくることができた。
  「せんせのおみせのちかくのえきについたのよ」
 そうか、そうか、やっぱりそうか。
  「じゃあ来い。道わかるだろう」
  「わかった。いまいく」
 そう言って電話は切れた。すると2、3分もしないうちにまた電話のベルが鳴った。
  「せんせ、ついたのよ」
  「どこ着いたの?」
 さっきと同じ質問になってしまった。
  「セブンイレブンにいるのよ」
 店の自動ドアを開けて、斜め前方を見晴らすと、あいつがセブンイレブンの前にある公衆電話から電話をかけている姿が見えた。
 あいつの姿を見ても不思議と腹が立たなかった。なんだか懐かしい光景に出くわした。そんな感覚に不意に襲われた。

■薄暗い食堂の焼きそば

 あいつを迎え入れ、帰り支度をしていたら夜中の2時になってしまった。今から倉庫のような、あのアパートに戻るのはためらわれ、その日は近くのサウナに正利と泊まることにした。
  「はぁ!? 何か食べたい!?」
 サウナに着くなり、正利がお腹が空いたと言う。昨夜、他のサウナで無銭飲食した奴のセリフとは思えない。だが、ぼくもほとんど一日中、何も食べていなかったので、とりあえず一緒に食べることにした。
 薄暗い食堂のカウンターに僕たちは隣り合わせに座り、二人とも焼きそばを注文した。店のおばちゃんは、すぐに目の前で作ってくれた。本当に目と鼻の先で作ってくれている。そんな光景が珍しいのか、正利は食い入るように見つめている。ぼくは疲れて少しウトウトしてしまった。すると「せんせ、せんせ」と正利がぼくの肩を叩く。
  「何だよ」面倒くさそうに答えると、正利が「あれあれ」と今にもできあがりそうな焼きそばを指さす。
  「あれ、カップめんなのよ」
  「はぁ?」
  「カップから出して、ナベで焼いたのよ」
  「どうでもいいよ、そんなの」
 明日はオープン。そして今はとても疲れている。どんな味の焼きそばを食べるかよりも早く寝ることのほうが大切だった。

■売り上げのわりに、一抹の不安

 そうこうしながらも、なんとか食事を終え、ぼくたちは、寝ることになった。
 ぼくは追加料金を払い、カプセルホテル形式の「寝室」で寝ることにした。
  「おまえはどうする?」
 そう聞くと、サウナのほうで雑魚寝するという。
  「おれは、このほうがおちつくのよ」
 遠慮なんかする奴ではないので、本当にそうなのだろうと思い、別々に寝ることになった。
 翌日は、朝6時に起き、ぼくたちはいったん店に行った。ビラを500枚ほど持って、駅に向かう。6月だから当然陽は出ていただろうし、暖かかっただろうが、今思い出してもなぜか薄暗く寒々しい風景しか思い出せない。
 おそらく、これから起こることに対する不安の大きさが、ぼくにそんな景色を見させていたのではないだろうか。
 ぼくと正利は道行く人に次から次へとビラを配っていった。ほとんどが真面目そうなサラリーマンばかりで、なんだか効果のほどは期待できそうもなかった。
 しかし店に戻ると、結構、お客が来ていた。ぼくはお客の予約を取ったり、実際に来た客をさばいたりと、その1日、とても忙しかった。まだ洗濯機も乾燥機もなかったので、正利には近くのコインランドリーまでタオルを運んでもらった。思ったよりも客は来てくれ、初日の売り上げは64,000円。これだけいけば上々すぎるほどの滑り出しであった。
 1日の終わりにお金を数えながら、ちらっとあいつの横顔を見た。お金を数えながら感じた満足感は、あいつの顔を見たとたんに、いいようのない不安感に変わってしまった。(■つづく)

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