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ホームレス自らを語る/女と酒に明け暮れた・西村荘さん(45歳)

■月刊「記録」2000年3月号掲載記事

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■北海道がイヤで逃げ出した

 出身は北海道でね。旭川の北にある江丹別という町。オヤジは牧場をやっていた。肉牛を300頭くらい飼育していたんだ。だから、家は裕福なほうだったと思う。 ただ、生き物を飼うってのは大変なんだ。毎朝三時半には起きて世話をしなくちゃならないし、一年中一日も休めない。とくに冬の世話が大変だ。子どものころから「やな仕事だな」って思ってて手伝ったこともなかったね。
 その冬がイヤだったね。北海道の冬の寒さは半端じゃないからね。雪もすごい。何しろ冬のあいだは二階の窓から出入りしてたんだから。昼間でも電気を灯けてないと暮らせないしね。人間の暮らしていくところじゃないと思ってたよ。
 学校に通うにも雪をかき分けながらだからね。途中から胸ぐらいまで埋まって、はうようにして行くんだ。手がかじかんですごいんだから。途中でバカらしくなって、家に引き返して休んじゃうなんてことも幾度もあった。「冬」って聞いただけで、ゾクッと鳥肌が立つくらい嫌いなんだ。
 それで中学を卒業すると、逃げるようにして東京に出てきた。東京に憧れもあったからね。一番最初に東京タワーに昇った。「あれが渋谷の街で、あの辺りが新宿か」と思ってね。ホントに東京に出てきたんだとうれしかった。仕事は合板工場に就職した。ヘタカットといって、大根が皮むきされたような具合になって出てくる合板ベニヤを切断する作業だった。

■酒と女の生活が始まる

 はじめのうちこそ工場と寮とを往復するだけの真面目な生活をしていたんだが、東京に慣れてくると盛り場に出て遊ぶことを覚えてね。新宿とか、渋谷とか……。でも、一番多かったのは、亀戸、錦糸町辺りだった。酒が好きでね。オレはビールが専門で、一晩で三ケース36本を空けたこともあるよ。それくらい好きだった。
 酒以上に好きだったのが女だね。最初の女は飲み屋で働いている女だった。オレより6つ年上で、その女のアパートに連れ込まれて犯されたんだ。オレのほうが犯されたんだよ。いま考えるとおかしいけど、まだ童貞だったから抵抗したりしてね。それでもやられちゃった(笑)。
 で、そのままズルズルと同棲することになって、子どもも生まれた。ところが、ある日女は子どもを連れて出ていったきり帰ってこない。それっきりになった。理由もなにもわからない。その女と同棲しながら、オレはほかの女たちとも遊んでいたから、そんなのに嫌気がさしたんじゃないの。
 次に同じ合板工場で事務員をしていた子と結婚した。細かいことによく気のつく子で、そのやさしいところに惚れたんだ。オレが女遊びに出かけるときにも、「ネクタイが曲がってる」と直してくれるような子だった。
 その子の実家は小松(石川県)にあって、ケーキをつくる工場をやっていた。直売の店も三軒出していた。結婚したのを機会に二人で小松に帰って、その工場を手伝うことになった。けど、オレは酒飲みだろう。ケーキとか甘い物は嫌いで、甘ったるい匂いのする工場ではとても働けなくてね。それで小松の航空自衛隊に入った。
 配属は補給班。空自というのはパイロットにでもならない限り、陸自(陸上自衛隊)のような戦闘訓練はないからね。補給班の仕事も伝票処理ばかりで、事務員のような楽なものだった。3年で満期除隊になって北海道に帰った。自衛隊ってところは、退職金やなんかをみんな本籍地に送ってくる決まりだったんだ。
 女房と、女房とのあいだに生まれていた長女は、小松に残したままだった。北海道でのんびりブラブラして暮らしながら、ときどきは金沢や小松まで女房と娘に会いに行った。だけど、だんだんに足も遠のいていき、いつの間にか縁が切れて離婚になっていた。
 北海道では仕事もしないで遊び暮らした。はじめのうちこそ自衛隊の退職金があったけど、そのうちになくなってくるだろ。そうすると親の目を盗んで、牛を売って金をこしらえたりとかね。そんなのを4年くらい続けたんだよ。それでいよいよ金がなくなってきて、27か、28歳でまた上京した。

■同じ女と何年も暮らせない

 また東京に出てからは、小さな建設関係の会社に就職した。建築現場のビティ(足場)の組み立てを専門にしている会社で、3年前にそこが倒産するまで働いていたんだ。それでまた新しい女と同棲してね。やはり飲み屋で働いていた子だったけど、いい女だったよ。オレが惚れて一緒に住もうってくらいの女だからね。同棲して一年後に女の子が生まれた。だけど、その子とも3年くらいして別れた。同じ女の顔を何年も見ながら暮らすなんてできないよね。オレが飽きっぽいのかもしれないけど……。
 とにかく女が好きだった。千人斬りとまではいかないけど、相当遊んだよ。オレは結婚してようが、同棲してようが、女遊びだけはやめないで続けたからね。相手はほとんどが飲み屋で働いている女とか、バー、キャバレーのホステスだった。みんな一晩限りの関係で……ああいうところで働いている女は、男(ヒモ)つきだからね。なんぼ好いたホレたがあっても、一緒になれるわけじゃないしね。
 女にはモテたけど、女のほうから言い寄ってくるわけじゃないよ。やっぱりこっちから、自分をうまく売り込まないと寝てなんかくれない。それには演技力のようなものも必要だよね。それに金だな。オレなんか飲みにいくときは、いつも懐に20万、30万円の金は入れてたよ。それで一晩つき合ってくれた女の子には、最低でも5万円のチップははずんでたからね。だから、かせいだ金はみんな女と酒に消えちまった。
 あのころの女の子は、いまと違ってスレてなくてウブな子が多かったよね。水商売で働いている女だってそうだよ。みんな男まかせで、する通り、される通りだった。それに本気で惚れられたこともあって、「このまま九州まで連れて逃げてくれ」と言う女もあった。そんなことは無理でできなかったが、いろんな女がいたよ。
 いまこうして新宿でホームレスをしているのも、亀戸や錦糸町からなるべく離れたところでと思ってね。だって、いまでもあの街を歩くと、昔関係した女が声をかけてくるからさ。それにオレの娘も錦糸町に住んでるんだ。娘はスナックのチーママをやって働いているよ。そんな街でホームレスなんてみっともなくてできないだろう。まあ、仕事をサボっても、女と酒は切らさないという生活だったからね。

■酒の飲みすぎで肝臓がおかしい

 三年前に会社が倒産したときは、着の身着のままで放り出されたからね。行くあてもないし、しばらく香具師の仕事を手伝った。お祭りの露店で、輪投げとか、ヨーヨー釣りなんかを商うやつだよ。でも、たいしてもうからないし、すぐにやめて日雇いになった。その日雇いもはじめのうちこそ、月10万~15万円くらいになったけど、だんだんに減ってきて、いまでは4日間働いて8ヵ月空きなんて状態だからね。
 一年前からホームレスをするより仕方なくなって、路上に寝るようになった。まあ、この生活も自由で気ままで快適だよ。悪くはない。なんでこうなったのかといえば、やっぱり会社が倒産したことだろうね。それからは成りゆきだよ。決して怠け者じゃなかったし、仕事さえあればいまでも働きたいと思っている。
 ただ、体がね。酒はやめた。飲むと肝臓が痛くなって、体が受けつけなくなったんだ。たぶん、肝硬変だと思う。ビールを浴びるように飲んできたからね。肝臓のほかも、体はいいところなんてどこもない。全部悪い。だから、この体じゃちょっと働けないよね。いつポックリいっても、おかしくない状態だからさ。 (■了)

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