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ホームレス自らを語る/母と姉を見殺しにした・青山良男さん(42歳)

■月刊「記録」2000年7月、8月号掲載記事

*         *        *

いて、身体に障害があって、みんなにもイジメられて、よくオフクロに「なんでオレなんかを生んだんだよ?」と言っては困らせた。言ってみたところで、どうしようもないことはわかっているんだけど……そのたびにオフクロは泣いてた。

■三人で住む小さな家を建てた

 オフクロは毎日朝早くから夜遅くまで、それこそ働きづめに働いていた。それでオレを高校までやってくれた。機械いじりが好きだったから工業高校に進んだ。そこを卒業してからは、埼玉にあった貴金属加工の工場に就職した。関東一円で貴金属販売をしているチェーン店の工場で、そこで旋盤を使って金製品や銀製品を研磨するのが仕事だった。オレには右手が不自由というハンディがあるんで苦労はしたけど、仕事ではほかの連中には負けなかった。
 仕事の仲間はいい人ばかりだったし、毎日が楽しかった。そのころのオレは仕事一本槍で真面目そのものだった。酒も、ギャンブルも、変な遊びも一切しなかった。もらった給料を貯金することだけが楽しみで、給料もボーナスもほとんど貯金した。
 それには訳があってね。そのころは狭い寮の一室で、他人と一緒に暮らす生活をしていただろう。オフクロがそれをずっと嫌っていてね。精神的に障害のある姉を、他人の目にさらさなければならないのもつらかったようだ。「狭くてもいいから、親子3人で暮らせる家に住みたい」というのが口癖だった。オフクロも働いた。オレも頑張って働いた。自分たちの家を建てることが夢だったんだ。
 その夢がかなったのは24歳のときだ。埼玉の奥の方に小さな土地を買って、小さな家を建てた。大半はローンだったけど、自分たちの家が持てたのはうれしかった。何より喜んだのはオフクロだった。ずっと貧乏で苦労の連続だったからね。これでうちも人並みの幸せになれると思った。
 ところが、それも長くは続かなかった。家を新築して3年目のことだ。ある朝、オレは仕事に出かける前に、いつものように部屋の外からオフクロに声をかけた。だけど、その日に限ってオフクロから返事がなかった。オレはそれを気にもかけずに仕事に出てしまったんだ。ホントはそこで気づいて、部屋をのぞいてみるべきだった。いまでも、あの時なぜのぞかなかったのか悔やまれてならない。
 夕方、家に帰ってみると、オフクロは寝間着のままで、自分の部屋に倒れていた。脳内出血だった。寝間着のままということは、オレが朝声をかけたときにはもう倒れていたわけだ。一日中出血したままで放っておいたことになる。すぐに救急車で病院に送ったが、手遅れでそのまま死んだ。オレが見殺しにしたようなもんだよね。 あとで人に聞いてわかったんだが、新築した家の玄関が北向きだったのがいけなかったらしい。幸せを夢見て建てた家のはずなのに、それからは悪いほうにばかり転がり出すんだ。うまくいかないもんだね。

■精神障害のある姉を見捨てた

 オフクロが死んでしばらくして、仕事のほうもうまくいかなくなった。金や銀製の貴金属は需要がだんだん落ち込んで、そのうえ外国産の安い製品も出回るようになってね。研磨の仕事は減ってきてしまったんだ。それで同じ工場の中で配置転換になって、写真用の使用済みフィルムから銀を回収する職場に回された。
 その作業ではいろんな化学薬品を使うんだけど、それが体に合わなくてね。全身がかぶれて真っ赤になるし、酸を吸い込むと激しく咳き込むんだ。オレの体には合わない職場だった。
 仕事のほかにも、姉のことがオレの悩みのタネだった。オレが昼間仕事に出ている間に、フラフラと家を抜け出してしまうんだ。それで近所の家に勝手に上がり込んで、冷蔵庫のものを食べてしまったりとかね。近所の人から「困る」とねじ込まれたのも、一度や二度じゃない。それに訪問販売にだまされて、高い消火器を幾本もまとめて買わされていたこともあった。
 そんなことが重なってくると、仕事中も気になって仕事が手につかなくなるんだ。だからって姉を縛りつけて、仕事に出るってわけにもいかないしね。思いあまって市役所の福祉課に相談に行ったよ。「姉を病院に入れたいから、入院費の一部を補助してくれないか」ってね。だけど、家を持っていてオレも働いていて収入があるから補助の対象にはならないって断られた。
 そう言われても、オレの収入だけで姉を入院させるのは無理だったしね。兄のところにも相談に行った。でも、兄も結婚していて、嫁さんの顔色をうかがっているばかりで、いい返事はしてくれなかった。
 まあ、精神に障害のある家族を抱えて働くのがどんなに大変かは、やってみた人間でないとわからないよ。この姉を一生抱えて面倒みていくのかと思うとたまんなくなってね。それに新しい職場が体に合わないこともあって、何もかも嫌になっていったんだ。それで姉を置いて逃げた。オレは逃げ出していたんだ……(青山さんは目を潤ませて、しばらく黙った)。

■虫の知らせで戻ってみると

 オレが逃げた先は東京。新宿のサウナに住み込みで働くようになったんだ。ただ、姉のことを完全に見捨てたわけじゃなくて、金だけは送ってやってたからね。姉にも金を持って店に行けば、食べるものが買えるくらいの知恵はあったからね。
 三年くらいして、オレがちょうど30歳のときだった。虫の知らせっていうか、急に埼玉の家のことが気になってね。それで帰ってみたんだ。すると姉が倒れていた。体中がものすごくむくんでしまって、まったく動けない状態だった。糞尿にまみれてすごいことになっていた。すぐに入院させたが、二週間後に死んだ。むごい死に方をさせてしまった。オレが見殺しにしてしまったんだよね。
 それからしばらくは、家に一人で暮らした。けど、オレの過失でオフクロも姉も殺してしてしまったわけだろう。それを思うと、夜も眠れない日が続いた。部屋は家具から何まで、オフクロと姉が元気だったころのままにしてあったから、その中で暮らすのはいたたまれなかった。それに姉が迷惑をかけた近所の人の目や噂も気になった。
 いまから思うと、完全なノイローゼだったんだろうね。「オレなんか生きててもしょうがない。もう死のう」と思って、大宮駅のホームから電車に飛び込もうとしてたよ。電車が入ってくるたびに飛び込むタイミングを計りながら、電車にひかれたらオレの体はどうなるんだろうと想像した。一台、また一台と、幾台もの電車をやりすごしながら、なかなか飛び込む勇気が出せなくてね。そのうちに向かいのホームで電車を待っていた中年の男の人と目が合った。
 その人がニッコリ笑ったんだ。その笑顔に救われた。ハッと我に返って「オレは何を考えていたんだろう」と思って、それで死ぬのをやめていた。

■オレだけが幸せになれない

 それから家を売り払って金に替えた。その金で遊び暮らした。パチンコと、酒と、女だね。それまで遊んだことのないオレだったが、「もうどうにでもなれ」という気で好き放題をした。金の威力を知ったよ。障害があって、それまで女にモテたことなんてなかったけど、金さえあれば商売女たちが寄ってきて、チヤホヤしてくれるんだものな。ホントに金の威力はすごいと思った。でも、それも半年で使い切った。家を売ったといってもローンが残ってたから、いくらも現金になったわけじゃないしね。
 それからはホームレスになった。飯場にちょっと入ってみたこともあるけど、こんな体だからね。ずっとホームレスをしているよ。一度就職口が見つかって、採用内定をもらったことがある。だけど、オフクロや姉にあんな死に方をさせておいて、オレだけが幸せになるわけにはいかないと思ってやめたよ。オレだけが幸せになったら、嫉妬深い二人に叱られるような気がしてね。自分は人並みの暮らしはしちゃあいけない。ホームレスをしていなくちゃあいけない。自分でそう決めてるんだ。だから、これでいいんだよ。
 ホームレスになってから、ちょっとした悪さをして警察に捕まったことがあってね。たった一人残っていた兄も、病気で何年か前に死んでいることがわかった。取り調べの刑事が教えてくれたんだけど、警察ってそんなことまで調べるんだね。もう家族は誰も残っていない。つくづく家族運のない人生だったと思う。
 これから先、自分から死ぬようなことはないけど、いつ死んでもいいと思っている。精神的にはもう死んでるからね。体だけが生きてるようなもんだからさ。 (■了)

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