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ホームレス自らを語る/上野はオレのふるさとだ・山城信行(41歳)

■『新ホームレス自らを語る』に収録

*          *          *

 一番充実していたのは、秋田のホテルのまかないをしていた時期かな。何がよかったんだろう。環境かな。ホテルのまかないは、飯場のまかないと待遇が違うから。オレが働いていたのはホテルでさ、アパートを会社が借りてくれて、風呂は社員寮に入りに行くんだ。もちろん個室だよ。
 まかないの厨房はホテルに泊まるお客さんの厨房とは別にあるの。普通は従業員40人分の食事を作る。夏はアルバイトがいるから80人分。でもな、修学旅行客なんかが来ると、客室の厨房でも人手が足りなくなる。そうすると焼き物や揚げ物を作ってくれって頼まれるんだよ。
 いまでも覚えてるのは、都心の私立中学が修学旅行に来たときだ。400人分の揚げ物を任されてさ。エビが二本と、ナス、かぼちゃ、ピーマンの野菜三点盛りを一人で揚げたんだから。エビなんて800本だぞ。それを従業員のおばちゃんが盛りつけて。もちろんいつも通り、まかない食も作らなくちゃいけないしね。
 また妙な縁があってさ、アルミ缶を集めていたときのことだよ。一日に何百円にしかならない仕事だけれど、必死に集めて東京・神田まで歩いたんだ。疲れたから歩道に座ってフッと後ろを振り向いたら、その私立中学の名が書いてあるじゃない。そのとき思い出したんだよ。こいつらの天ぷらを揚げさせてもらったな、てね。共立ってお嬢さん学校だろ。俺の天ぷらを食べたんだ。うん。

■わがままが通ったから……

 4年前から、ここにテントを立てた。前はくじら(国立博物館前)で立てたんだけれど、東京都にボラれ(だまされて)てさ。工事だと言っては、追い出されんだよ。でも工事を見ていると、ショベルカーで掘っているだけだもん。おかげでグルグル、いろんな場所を回ったよ。でも、ここは下がコンクリートだろ。簡単には工事できないと思うんだ。2、3年で上野公園からホームレスを排除する計画を東京都が立ててるって、みんな言っているよ。
 調理師になろうと思ったのは、高校二年のときだった。卒業したあと、どうするか悩んでいたんだ。でも兄も調理師だったし、一番ラクな仕事だなと思って、担任の先生に相談したんだ。どこか働ける調理場はありませんかって。結局、担任の先生は見つけてくれなかったけれど、クラブの顧問の先生がアルバイト先を紹介してくれたんだよ。総合結婚式場でね、先生の知り合いが重役だったんだ。
 最初はホールの仕事だった。3ヵ月だけはホールで働けと現場で言われて。でも4ヵ月たっても調理に回さないんだよ。店員とケンカして二週間ストライキしたんだ。「本店の重役から聞いているでしょ。調理に回してください」って。店員も「あー、そうですね」とは言うんだけどね。もちろん休んでいても給料はもらっていたよ。そのうち社員の方が折れて、「明日から調理で来てください」って言ってきたんだ。
 このとき、わがままが通ったでしょ。それがいけなかったのかもしれないな。人生はそんなもんか、と思ってしまったのかも。だからこんな風になったのかもしれないよ。こんなわがままばかり言ってたら、行っちゃうよ。ホームレスになっちゃうべ。ここいらへんにも、わがままな人がいっぱいいますよ。
 調理師免許には二年間の実務経験が必要だったから、免許を手にしたのは高校卒業から一年後、19歳のときだよ。結婚式場だったから和食と洋食は作れるんだ。しばらくして結婚式場は辞めたけれども、実家のある青森で働いていた。水商売の厨房とかね。仕事はすごくラクだよ。そうそう、チェーン店の居酒屋で働いていたときにチップをもらったことがあった。
 サラダを出したら客席から呼ばれてさ。呼んでいたのは、スナックのママとマスターの二人組。俺の顔を見たら、「あー、やっぱおまえだ」って、いきなりチップを握らされたんだ。
 俺はキュウリのヘタを残して、飾りを作るんだ。ワンパターンだけどさ。その飾りつけをお客さんが覚えていたんだよね。たまたま俺は店舗を異動した直後で、昔の店に来ていたお客さんが覚えてくれていたんだよ。
 そのあと郷里を離れて、さっきいったホテルのまかないを始めたんだ。ハローワークで委託会社を紹介されて、契約社員としてホテルで働いた。3ヵ月で更新。評判がよければ、追加、追加、追加になるの。いや、3ヵ月なんて、まかない調理はいい方だよ。ホールなんて2ヵ月でクビを切るから。四回転ほどいたから、1年ぐらい勤めていたのかな。
 ちょうど働いているときに、会社でゴルフ場建設に関わる問題が持ち上がって、つぶれるぞーとかリストラがあるぞ、なんてうわさが立っていたんだ。こりゃ、危ないと思って、委託会社から更新するかと聞かれたときに断った。つぶれなかったけれどね(笑)。

■冷たい身内

 それからいくつかの調理場を回ったけれど、32歳のときに1年ぐらい失業したんだ。25歳ぐらいから、このままじゃダメだとは思っていたんだけれど、現実になったな。仕方ないから姉弟の家に泊めさせてもらって、仕事を探したの。でも、青森には仕事なんてないんだ。しまいには姉弟の家をたらい回しだもん。
 こういうときに冷たいのは、本当の身内なんだ。姉には、「どこでもいいから早く決めて」なんて言われたよ。姉のところにいたとき、夜中、姉と兄が電話で相談していたしね。「どうする?」だって。眠っていても聞こえてきたよ。「そっちにやれば」とかさ。
 義理のお兄さんは、いい人でね。「何ヶ月住んでいてもいいんだ。そのかわり、ちゃんと自分でできる仕事を見つけるんだよ」と言ってくれたから。実の兄は、「どこでもいいから仕事を探せ」なんて言うけれど、県外に仕事を探しに行く旅費なんかは出してくれないからな。兄のところにも居られない。姉のところにも居られない。青森では仕事を探せない。それで東京に出てきたんだ。94年かな。
 東京には憧れもあったよ。でもさ、日本全国仕事がないから、日払いの仕事しか入れなかった。そりゃ、正社員の方がいいけれど、面接して、面接して、採用になるまで何ヶ月かかるんだ? ヘタすりゃ1年以上かかるかもしれない。その間の飯代はどうするの? 結局、手配師に「誰か調理いないか」なんて聞かれて、千葉や埼玉の飯場でまかないをすることになった。
 それでも最初に来たときは、仕事を探すのに失敗して、お袋に金を借りに帰ったんだ。そしたら、その1ヵ月後に死んじまった。お袋の葬式に参列して2ヵ月後、今度は親父が亡くなった。お袋は心臓で、親父が肝硬変。親の死に目に会えないんだよ。
 実家は市営住宅だったから、親が死んでも住む場所は残らなかったな。だいたい市営住宅そのものが取り壊されて、いまはマンションみたいな建物が建ってるんだ。 東京に来て4年間ぐらいは、それでもホームレスじゃなかったんだ。きっかけはマグロに遭ったこと。あるところの仕事が終わって、独り上野で飲んだんだ。あんまり酔っぱらって野宿したら、金も身分証明書も健康保険証もなくなったから。まあ、この生活を続けている分には、身分を証明しなくたっていいんだけどさ(笑)。
 これが上野の怖いところだよ。これは書いておいて。酔って寝ていたら、財布はもちろん時計や眼鏡だって、全部持っていっちゃうんだから。とくに不忍池周辺は怖いよ。同じホームレスでもきついからね。
 ホームレスになって、最初は駅で寝ていたりしたけれど、朝に追い出されちゃうから、上野公園に来たんだよ。いまはテントも定まったし、仕事もあるよ。物を運ぶ仕事だけど、1日に1万500円になるんだ。弁当やジュースを買っても、7000円ぐらいは残るでしょ。最初、仕事についたとき、一万円かせぐにしては大変な仕事だと思ったな。まかないに比べるとね。でも、仕方ないからね。上野公園で酒が飲めるホームレスなんて、ほとんどいないんだから。仕事があることに感謝しているよ。

■あて馬か、おまえ

 女? 女は泣かしてないよ。泣かされたくちだよ。でも部屋を持っていたころは、ホテル代もかからなかったからな。オレはさ、すぐ食っちゃうから(笑)。飲み屋とかで知り合って、電話番号を女の子に教えてもらってさ。電話で口説けば、自分の部屋までのタクシー代だけだからさ。一度なんか子持ちの奥さんが泊まりに来たこともあったよ。朝方、「朝、子どもに弁当を作らなくちゃいけないから」って言って、自宅に帰って行ったよ。 結婚しようと思ったこともあったんだ。同じ職場で働いている女でさ、エッチして、3ヵ月間も同棲して。乳の大きい、ブスでさ。いや、ブスじゃないな。ブスは好きにならんしな(笑)。相手の両親にもあいさつに行ったよ。その親父と妙に気が合ってさ。「おー、ノブノブ、酒飲めよ」なんて言われて盛り上がって。
 でも4ヵ月後に別れることになってね。いきなり「別れたい」といわれたから、「いいよ」って答えた。その五ヶ月後に子どもが生まれたんだ。「もしかしてオレの子ども」って聞いたら、「違う」と言われたよ。もっと驚いたのは親だよ。違う男がいるのを、親も知らなかったんだから。「ノブちゃんの子どもじゃないの」って言ったらしい。結局、その子どもの男と結婚したらしいけれどな。
 子どもが生まれたと聞いて、親父さんと電話で話したよ。そうしたら「ノブ、このやろう、なんで種付けしないんだ」って言われたから、「種付ける前に付けられたよ」って答えたら、「あて馬か、おまえ」って気の毒がられた(笑)。
 たぶんオレとの付き合いもカモフラージュだったんだよ。同棲しているときに子どもがいたんだから。

■足をケガしたら何を渡される?

 いまの生活で不安なのは、やっぱり病気かな。
 以前、酔っ払って段差でつまずいたんだ。そのときは寝ぼけていて、気づかなかったけれど、朝起きたら足が動かない。立てねぇんだよ。膝の上がパンパンに腫れてるんだから。しかも日曜日だったから、ホームレスの見回りをしてくれる争議団(ボランティア団体)も来ない。とりあえず隣のテントで寝ているヤツを起こさなくちゃと思ったけれど、2、3メートル動くのに30分もかかった。ゴルフクラブでテントをガンガン叩いて、交番に走ってもらったんだ。
 やっと救急車に乗せてもらって、病院に着いたけれど、すぐには中に入れないの。まず服の首を引っ張られて、中を看護婦が見て、さらに背中に回って服の中をのぞいてね。「虫OK」と言われて、初めて診察になるんだ。
 診療を待っている間にも、婦長が俺の顔を見て、「あれ、また来たの」とかバカにした態度で言うんだよ。誰かと勘違いしたんだろうな。「初めてだよ。バカヤロウ」って言い返したさ。
 さあ、問題です。ホームレスが足をケガしたとき、病院は何を渡すでしょうか? 松葉杖? ブー。正解は傘だよ。普通の傘。松葉杖はあるんだよ。それなのに、「そこの傘、一本持っていっていいから」だもん。
 上野公園に帰るためにバス代200円くれたけれど、バス停までの道順だって遠回りを教えるんだ。病院からまっすぐ行けばバス停なのに、グルッっと回らされたよ。
 腫れていた膝には、水と脂がたまっていてね。結局、3ヵ月通院することになったんだ。台東区役所の担当者は優しくて、俺の傘を見て杖を貸してくれたよ。「どういう病院だ」って怒ってね。「体に合わなきゃ、杖を調整するよ」とも言ってくれた。働けなくなったから福祉も下りて、1日400円。一月1万2000円を、3ヵ月間くれた。これも書いておいてね。病気のときには、こんな救済制度もあるんだよ。
 アパートを借りるのは難しいだろうな。いつ仕事がなくなるか不安定だもん。アパートに入るには、保証人もいるしさ。調理師の仕事があったら、まかないでもいいからやりたいな。どうして調理師かって? それはわからないな。おたくだってライターの仕事で食えなくなっても、違う仕事なんて考えられないでしょ? 同じだよ。
 地元に帰る気なんて毛頭ないよ。仲間もいるし。みんな「ノブ、ノブ」って話しかけてくれる。うれしいじゃん。今日も昔のホームレス仲間に会って、「ノブ、どこに住んでるんだー」って聞かれたよ。
 仕事がダメになっても、ココに戻ってくればいいんだよ。上野はオレのふるさとだもん。 (■了)

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