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ホームレス自らを語る/恋人は退職金とともに……・北里英二(40歳)

■月刊「記録」2001年3月号掲載記事

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■大手企業の社員だった

 一昨年の夏の終わりごろですかね。リストラされたんですよ。38歳でした。川崎にある東芝の工場で、冷蔵庫を作っていました。実は会社を辞めたとき、同僚から仕事の引き合いもあったんです。でも退職金が四百数十万円入って、少しブラブラしようかなと。
 会社の寮に住んでいましたから、辞めてからは友だちの家に泊まったり、サウナで寝たりしていました。そのうち金もなくなって、39歳のときに初めてテントを建てたんです。
 18歳までは、大阪に住んでいたんですよ。大学附属の高校を出て、すぐ大手アパレルに勤めました。東大や慶應に進学した高校の友だちをうらやましいとも思ったんですが、勉強が嫌いだったんです。スポーツは得意だったんだけれど(笑)。親にも「勉強する気がないなら働け」と言われて、それはそうだろうなと思って就職したわけです。
 職場が決まったときには、父親から「おめでとう」と言われました。大きな会社でしたから。でも、仕事は衣服の裁断。同じことの繰り返しですよ。でも五年間、真面目に勤め上げました。
 会社を辞めたのは、23歳のときかな。東京に友だちがいたから遊びに来ていて、それで辞めるのを決めたんです。新宿だったか原宿だったかを歩き回っていてね、ふっと東京で一旗揚げたくなったんですよ。すぐに両親に電話しました。
「こっちで身を立てるから」と言ったら、父親も「好きにすればいい。人には迷惑をかけるなよ」とだけ答えてね。会社には親から電話してもらって。ほとんど勝手に辞めたようなもんでしたね。それから10年間、33歳になるまで一度も故郷に帰りませんでした。東京には、遊びに来ただけだったのにね(笑)。
 友だちの家に居候しながら就職活動しましてね。寮のある会社を探しましたよ。だって住む所がないんですから。すぐに見つかったのはガードマンの会社でした。仕事はきつくなかったし、悪い仕事とは思わなかったけれど、会社のみんなが言うんですよ。ガードマンは年輩者の仕事だって。たしかに社員のほとんどが歳を取っていましたから。それで29歳のときに職安の紹介で大手電機会社に転職したわけです。

■女の人にのぼせてしまった

 自分でもなんでホームレスになってしまったのか、よくわからないんですよ。ただ一つだけ、女の人と知り合ったことがね……。のぼせちゃったんです。
 出会ったころは退職金も出たばかりで、金を持っている時期でした。けっこう飲んでいたから、かなり遅い時間だったんでしょうね。新宿の区役所通りにあった喫茶店の前に水商売風の女の子がいましてね。酔った勢いで声をかけたんですよ。「よかったらお茶でも飲みませんか」って。人を待っているみたいだったんですが、ついてきてくれたんですよね。
 2人でその喫茶店に行ってコーヒーを飲んで、朝までカラオケですよ。何を言ったのか覚えていないけれど、彼女もいろいろな曲を知っていました。僕も歌うのが好きだったから、とても楽しかったんですよ。
 んー、そのときは何を話していたのかな? 面白い話で笑ったり、芸能人の話とかかな。帰り際には、「よかったらお店でも飲みましょう」って、名前とお店の電話番号を教えてくれましてね。
 年齢は26歳ぐらい、身長は165センチぐらい。美人でね。水商売風の派手な服装だったけれど、僕のタイプでした。すごくプロポーションがよかったんです。それに何となく話しかけやすかったんですよ。声をかけたときには、彼女の顔を見たのも初めてだったのに、自然に話ができましたから。夜の区役所通りって、きれいな人がいっぱいいるじゃないですか。なかでも彼女は素敵だったんですよね。
 それから店に飲みに行くようになって、プレゼントもねだられるままに買って。時計とか、洋服とかね。いやー、時計なんてたいして高いもんじゃないですよ。あげたのはエルメスのケリーウォッチ。20万円ぐらいかな。むしろ高いのはスーツ。シャネルとかベルサーチとか、一着50万円ぐらいしますからね。
 でも買ってあげるのは、男の甲斐性でしょうね。気持ちいいんです。「どっちがいい」なんて彼女に聞かれて二人で相談したりして。試着した服を見せる彼女がかわいくて。お店の人も丁寧に対応してくれますし。水商売ですから選んだ服はとても派手なものでしたけれど、自分が買ったスーツを着た彼女と歩くのが何だか気持ちいいんです。自分がプレゼントした高い服を着て、きれいな恋人が一緒に歩いているわけだから。
 プレゼントだけでも相当使ったでしょうね。あとデートの食事代とかも、けっこうかかっているとは思いますけれど。まあ、それは二人で楽しんだから、お金がかかっても当たり前だと思うんですけれど……。

■愛する彼女は結婚していた

 ところがしばらくしてから、お金を貸してくれと言われたんです。なんでも車をぶつけちゃって、お金が必要だからって。最初は40万円ぐらいだったと思います。 いや、働けば金なんか入ってくるからと思ったんですよ。まあ、いま考えても彼女に夢中だったと思います。一緒に暮らしていい家庭をつくれるかもしれないと思っていましたから・・・・。
 それからも、たびたび彼女からお金をせがまれたんです。困っていたみたいだし、協力してあげたかった。だから何回か、彼女の銀行口座に振り込みました。もちろん住所と電話番号を、きちんと聞いてね。返してくれることを疑ってもいませんでした。
 ところが彼女は、突然消えちゃったんです。貸したお金は、250万円ぐらいになっていました。お店に行ったら休みをもらっていたし、電話をかけてもいつも留守電。
 それでね、行きましたよ。彼女が教えてくれた住所に。埼玉県の久喜市。東北本線に乗って、すごく遠いんですよね。しかも降りてから彼女の家までが、歩いて20分ぐらいあるんです。畑に囲まれた寂しい道をトボトボ歩いてね。目的地についたらマンションでした。ドキドキしてポストの名前を確認したら、たしかに彼女の苗字がありました。でも名前が男なんですよ。まさか人妻とはね……。
 信じられなくてね。近所の人に聞き回ってみたんです。近所づき合いもあまりなかったみたいだけれど、二、三年前に引っ越してきたこと。夜遅い時間に電気がついていること。奥さんが20代半ばで、彼女に似た背格好だったこともわかりました。
 その日は夜遅くまで、外で帰りを待ったんです。でも、彼女は家に帰ってきませんでしたね。ショックでした。彼女が連絡をよこさなくなったうえに、結婚していたんですから。誰も信じられなくなりましたよ。
 もしだますつもりなら、本当の住所や電話番号なんて教えないでしょ。そう思いませんか? 友だちなんかは、「それこそアリバイ工作だ」なんて言うんですけれどね。詰め寄られても、言い逃れできるようにね。警察に訴えても、借りただけだって言えるように。
 彼女に会いたいけれど、彼女の旦那がどんな人かわからないと、訪ねるのも怖いですよね。ヤクザ者だったら、どんな因縁をつけられるかわからないですから。脅されても困るし。

■誰とも会わなくていい

 いまはだいぶ気持ちも落ち着いてきましたけれど、いまだに信じられません。あれは何だったのかなって。ホームレスをしてテントにいれば誰とも会わなくていいでしょ。それがうれしいんですよ。いや、いつまでもホームレスをしているつもりはありません。でもいまはまだね。
 彼女が消えなければ、プロポーズしていたかもしれません。結婚はできなかったかもしれないけれど。彼女は、僕の究極の好みだったんです。 (■了)

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