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だいじょうぶよ・神山眞/第42回 憧れの新聞配達員

■月刊「記録」2003年3月号掲載記事

*           *          *

「オレ、やっぱり、ガソリンスタンドではたらいてみたいのよ。あこがれてるのよ」
  「オレ、しんぶんはいたつしてみたいのよ」
 と、あいつは言った。
 新聞配達? ガソリンスタンド?
 無理だよ、無理に決まっている。おまえにはできっこない。だいたいここのところ毎週のように会って、ぼくと一緒に商売をする約束をしてきているじゃないか。それまでは今の仕事を辞めないで、頑張ると約束したじゃないか。
 まったく本当にあいつはあてにならない。ぼくの話も気持ちも何一つ聞いていやしない。

■少し頭と性格が悪いのですが

 だが、しばらく考えるうちに、ぼく自身の気持ちが変わってきた。
 あいつもあてにならないが、ぼく自身も先行きは不明で、まったくあてにならないのだ。次の事業が成功するかどうかもわからない。それより何より、事業の内容さえ、まだ決めていないのだ。
 新聞配達か、うん、こりゃもしかしたら、いいかもしれないぞ。
 だいたい新聞配達とくりゃ住み込みだしなあ、そんなに頭も使わなそうだ。あいつをぼくのところに来させる前に、新聞配達で働かせてみよう!
 ぼくはそう思ったのだ。
 思うや否やさっそく、学園の近くの朝日新聞配達所にぼくは向かった。
 外から見ると、中には人のいる気配がなかった。昼飯時だったので、もしかすると外に食事に行ってしまったのかもしれない。ぼくはガラス戸を開け、薄暗い部屋の中を見渡した。そして帰ろうとした。
 すると「何かご用ですか」と奥から声がして、50歳くらいのボサボサの髪をした男が出てきた。新聞配達員が配達時に着用しているような薄汚れたジャンパーを着ている。
  「すみません。人を募集しているかどうか知りたかったもので、勝手に入りました。あのう、所長さんはいますか?」
  「ああ、私が所長ですよ。あなたが配達するの? いくつ?」
  「いえ、ぼくではありません。ぼくはすぐそこの学園で指導員をしている神山という者です。卒園生で今17歳になる男の子を雇って欲しいんです」
  「ああ、いいよ。その子、その学園から通うの? 通うの大変だよ。朝、早いから」
 いきなり雇ってもいいようなことをこの人は言う。ぼくはびっくりしてしまった。
  「いいえ、もう卒園しているので、ここに住まわせて欲しいんです」
  「ああ、いいよ。今2人やめたから部屋空いてるよ」 いきなり雇ってくれて、いきなり住まわせてくれるらしい。新聞配達とはこんなものなのか?
 ぼくは、ただただ驚いてしまって、所長も立ったまま、ぼくも立ったままだった。当の本人はいないし、所長は本人のことも聞こうともしないし、ぼくも話してもいない。
  「あのう、そいつは、実里正利という名前で、少し頭と性格が悪いのですが、だ、大丈夫なのですか? 本当に?」
 仕方なくこちらから切り出した。
  「大丈夫だよ。頭が悪けりゃ集金とか営業とかやんないで、ただ毎日配ってくれればいいから」
 なんだか、とっても簡単そうだ。
  「では、どうすればいいですか?」
  「とりあえず連れておいでよ。お宅が色々話してくれたってしょうがないから。本人連れておいでよ。そうしたら仕事教えるよ」
 ぼくはあいつを連れてくる日を決めて、販売店をあとにした。次の日曜日、所長はいきなり会ってくれるという。
  「オレ、やってみたいとおもってたのよ」
 正利に電話をかけると、弾んだ声が返ってきた。
  「よーーし! 親方には内緒だぞっ! 新聞配達で体力でもつけとけ!」
 ぼくも威勢良くそう励まして、日曜に待ち合わせることにした。
     *
 雲一つない晴れ渡った日曜日だった。
 一応、スーツを着ておいたほうがいいかと思い、前日に押し入れの奥からスーツを引っぱり出した。革靴が見つからなかったので、近所にある、学校だけを相手に商売をしているような小さな靴屋で急いで靴を買った。準備は整った。
 しかし、当日、あいつは時間通りに来なかった。
 もっと正確に言うと、あいつはその日、面接にさえも現れなかったのだ。 (■つづく)

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