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だいじょうぶよ・神山眞/第41回 新生活への希求

■月刊「記録」2003年2月号掲載記事

*           *           *

 学園は冬休みに入った。正式に退園表明を出してからは、ぼくはほとんど毎週のように正利と会った。場所はいつもあいつの好きなハンバーグが食べられるファミリーレストランか焼き肉屋だった。
「おい正利、おまえ、おれと一緒に仕事するだろう?」「うん」
 特に喜んでいるようにも見えない。相変わらずの無表情であった。
「おまえ、まさか今の仕事続ける気なの?」
「ううん。あんなとこ、いたってイミないのよ」
「そっかあー。じゃあ辞めよう! でも親方にはまだ言うなよ」
「うん」
「おれがおまえは辞めていい、と言うまではだめだ。さあ来い、と言うまでは、おまえは今の所で働くんだ。つらいだろうけど、我慢しろよ」
「うん」
「でも、もうすぐだからな。あとちょっとで、おれとおまえは好きなことをやって暮らしていける」
 まるでぼくは正利ではなく、自分自身にそう言っているかのようであった。

■ルーチンな日々への起爆剤

 うまくいくのか、いかないのか、皆目分からなかったが、新しい事業のことを思うと、それだけで楽しくなり、リスクは考えなかった。資金繰りにしたってなんとか開店にこぎつけられれば何とかなる。そう思っていた。 ぼくは、ただただ、今の生活が嫌になっていたのだ。学園にいれば安定した生活は保障されている。給料も良く休みもある。公務員に準ずる待遇であったため、余程のことがないかぎり、リストラでクビになることもない。
 じゃあ何か? ぼくは夢を追うために冒険を選んだのか?
 それとも微妙に違う。ただ単に普通である毎日、形式的である毎日、安定した生活に対して、何かを発したかったのだと思う。
 いや、むしろ当たり前という世界から逸脱してしまった子供たちに、常識をたたき込むかのようにみえた保母たちに反発したかったのだろう。普通であること、安定すること、社会に適応することを目標とさせる保母たちと、当たり前のようにそれを目標にする子供たち。そんな奴らに辟易としていたのだ。「つまらなくくだらない人生、無責任な人生を生き、自分たちを捨てた親」。そんな親から生まれたくせに、「オレだって人並みの大人になれる」と思い込んでいるガキ共。ぼくはそんな当たり前で、まっとうで、お利口さんな彼らすべてに何かを見せつけたかったのだ。
 ぼくは彼らにこう言いたかった。
「オレは思うよ。お前たち、無理すんなよ。保母の言うことなんか聞くなよ。何が自立だよ。何が安定だよ。何が大人だよ。オレたち大人だって、つまらない安定や普通にしがみつくくだらない存在だよ。でもお前たちがそんな道に進みたいなら進めばいいよ。オレは逆に進んでいってみる。まあ、見てろよ、お前ら」
 そのために必要だったのかもしれない。正利というヤツが。そんな世間の安定から逆行しようとするぼくの人生における実験材料に、あいつはきっとなっていたのだ。
 ぼくの「ノルマを果たし続ける人生」。その題目の犠牲者。それがあいつ、正利なのだった。
 そして、あいつはぼくにとって、まさに最適な実験材料だった。
 会うたびごとに、ぼくに自分の要求魚突きつけてくる。
 そのあたりが、自分の本音を隠して大人の顔色をうかがう学園の優等生たちとは違うところだ。
 ぼくがあれほど口を酸っぱくして「来ていいと言うまでは、今の仕事を続けろよ」と言ったのに、そうすれば「オレとお前で好きなことをやっていけるぞ」とまで言ったのに、相も変わらず、
「オレ、やっぱり、ガソリンスタンドではたらいてみたいのよ。あこがれてるのよ」
 だの、
「オレ、しんぶんはいたつしてみたいのよ」
 だのと言う。
 やはりスケールが違う。ぼくの話も気持ちも何一つ聞いていやしない。 (■つづく)

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