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だいじょうぶよ・神山眞/第40回 実行の時

■月刊「記録」2003年1月号掲載記事

*         *         *

「辞めます。本当に辞めるんです。3月いっぱいで辞めさせていただきます」
 正利との共同生活を決意した今、今の施設での仕事を続けることを、ぼくは無理であると判断し、主任保母にその決心のほどを告げたのだ。
 もうぼくの目の離れたところへ、あいつを仕事に出すことに限界を感じていたからだ。
  「でもねえ、今辞められたら困るのよ。もう一回考え直してくれない?」
 少し優しそうな顔で、でも困った表情で、保母はぼくをなだめるように言った。
  「もう、決めたんです」
  「いつ?」
  「昨日です」
  「だったら考え直したほうがいいわ」
 保母の言葉にぼくは今度ばかりはきっぱり言った。
  「何度考えたって、辞めるしかありませんから」
 ここで譲るわけにはいかない。いつも、どんなときでも、ぼくは保母さんたちに従ってきた。どんなときだって、ぼくは忠実な部下でいた。でも今度ばかりはそうはいかない。
 あいつが、正利が、ぼくを待っているのだから。

■もはや理由ではなく

  「確かに何のあてもなくて、ぼくも不安です。でも、あいつは親方にも匙を投げられて、どこへも行くあてがないんです」
 この頃になると、主任保母の顔は明らかに呆れ果てたものに変わっていた。そしてこう言った。
  「あのねえ、もうちょっとマトモに考えなさい。先生ももう30でしょう。赤の他人、しかも16歳の男をどうして30歳の男が養うのよ。養っていけるの? ただの共同生活じゃないのよ。フィフティ・フィフティな関係じゃないの。正利に経済力がある? 下手すれば先生が二人分稼がなきゃならないのよ。家賃だって、食費だって、遊ぶお金だって、全部先生がやりくりしなきゃならないのよ。そんなお金ないでしょう」
 ごもっともであった。全くその通りである。しかし、ぼくも辞めるという話を出した端から、ぼくがぼくなりに温めてきた計画を言うわけにもいかなかった。だが、ぼくはその計画にかなりの自信を持っていたのである。  「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。とにかく、あいつも仕事辞めるし、ぼくも辞めさせてください。あいつと、とにかく二人にさせてください」 なんだか結婚を反対する親に対して、なんとか説得しようとしている気がしてきた……。
 それにしてもぼくは普段、何一つ決められない気弱な人間なのに、何だろう、この今回の気持ちの強さは。まるで揺るがないのだ。
 周りの人の意見もまるで耳に入ってこない。決められたことを、ただただ実行するのみ、という感情以外にないのだ。
 それからも保母と私の「辞める」「考え直しなさい」のやり取りは何度も続いた。
 しかし11月の下旬になり、ぼくはついに園長に直々に退園願いを出し、受理してもらった。
 その瞬間、「何もかもが終わった」という放心状態になるかと思っていたが、逆に一晩にしてすべてが動き出す気配を感じた。
 まさにぼくの計画の第一歩を実行する時が来た。
  「プロレスショップ」か「日焼けサロン」。このどちらかを今まで貯めた金と借金とで立ち上げる時が来たのだ。
 ぼくにとってはどちらでも良かった。正利とやる。正利が暮らしていける。しかも楽しくだ。それが嬉しく、大事だった。
 何故か? わからない。
 正利みたいな奴は、当時だって今だって、好きか嫌いかと聞かれれば、むしろ嫌いな部類に入る。でも何故かあいつのこととなると「何かしてあげられたらなあ」ではなく「なんとかしなければ」になってしまうのだ。
 ぼくには、子供の頃からちょっとした癖があった。
 いつも自分自身にノルマを課してしまうのだ。
 今では、朝から晩までノルマだらけだ。朝は何時に起きなければ「いけない」。シャワーを浴びるときは、ここから洗って、ここで終わらなければ「いけない」。しかもていねいに時間をかけなければ「いけない」。夜は何時までに寝なければ「いけない」。そんな類の小さいノルマがたくさんあるのだ。日に日にノルマは増えていき、今では時間が足りなくて困っているくらいだ。
 そして今までの人生最大のノルマが正利のことであった。
 正利を引き受けようとする理由を、あえて聞かれるならば、自分なりにはこう解釈できた。
 そう考えてみると、すべてにつじつまが合う。何のためか? や、利益または不利益? や、好き? 嫌い? などのすべてが関係ないのだ。なんといおうと、これはノルマなのだから。ノルマはこなさなければ次へ進めない。ノルマはぼくのなかでどんどん増える一方だ。 (■つづく)

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