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だいじょうぶよ・神山眞/第31回 正利の就職活動2

■月刊「記録」2002年4月号掲載記事

*           *           *

 正利の就職活動が始まった。
 まずは、電話でアポイントを取っておいた製本所への見学だ。
 当日、ぼくは先輩職員の一人と共に、車で製本所へと向かった。
 先輩は、今は学園の指導員ではなく、経理にたずさわっているのだが、かつての教え子が、この製本所で働いているというつながりだ。
 教え子であるという女の子も、やはり正利と同じ境遇にあり、親もなく、知的にも遅れがある。
 正利と同じ境遇を抱える正利の女の子版。そんな彼女が製本所で、もう3年間も働いているという。
 しかも、こつこつと貯金した額は、すでに100万円に届きそうだというではないか。先輩に話を聞きながら、ぼくは思った。本当にそのときは思った。
(人生なんて、意外に上手くいくものなのかもしれない)
 しかし、今考えると、これは実に甘い考えであった。
■正利女の子版、しかし何かが…

 当然、製本所では、今後の就職活動における段取りを決めるものと思い、ぼくは席についた。
 ところがである。いきなりしょっぱなから断られた。入社どころか面接さえも断られたのである。
「申し訳ないんですけど、今年は辞めると言い出す者が一人もいないんです。それに今、印刷や製本業界は景気が良くなくてですね」
 誠実そうな女寮長は、真面目な顔をして気の毒そうに、しかしみごとにあっさりと言った。ここまですっぱり言われてしまっては、もう引き下がるしかない。
 では、なんでわざわざこんなところまで来たんだろう。電話で断ってくれればいいものを。席に座ってこれ以上話す必要もない。ぼくは、一刻も早く学園に帰り、次の段取りを進めたかった。
 …と、思えば思うほど、彼女の話は長く感じられた。卒園者の近況だの、週一回訪れる学習ボランティアの話だの、ぼくたちへのサービスのつもりかもしれないが、どうでもいい話ばかりであった。しまいには、仕事を終えたという卒園生の一人、多田という女の子が出てきて食事に誘ってくるではないか。
(もういい。今日という日はなかったことにしよう)
 ぼくは密かに溜息をついた。
        *
 多田さんを加えたぼくたちは、近くのファミレスに向かった。
 日はとっぷりと暮れていた。改めて会社の周囲を見回すと、工場ばかりで何もない。酒を飲むところも、ゲームをするところも、パチンコをするところもない。こんなところで寮生活をすれば、さぞかしお金も貯まることだろう。そう思うと、正利が面接すら受けられないことが苦々しく感じられた。
 ファミレスでは、多田さんが、「今日は私がごちそうするので先生たちは好きなものを食べてください」と言う。10歳も年下の女の子にごちそうされるとは、なんだか変な感じだが、まあいいか。と、お言葉に甘えた。
 食事中は彼女がもっぱら話をしていた。
 寮の食事は毎日出るという。風呂も毎日、好きな時間に入ることができる。週に何度かボランティアが来て、勉強を教えてくれる。おまけに案の定、お金をほとんど使うことがなく、すでに100万円以上の貯金ができた。
 話はあっちこっちに飛び、どうにも要領を得ず、完全に理解することは不可能だったが、だいたいそういった内容であることがわかった。
 まあ、いずれにしても彼女の知的レベルが正利のそれと同等であることだけは確かである。ただし、決定的に違うことがあった。
 正利が全身から不幸なオーラを発しているのに対し、彼女からは、なんとも明るく天真爛漫なオーラが出ているのだ。
 それだけの違いが、運命ってものをずいぶん変えていくのかもしれない。そう思うと、正利がかわいそうな人間にも思われてきた。
 一日が徒労に終わり、かなり遅い時間に、ぼくたちは学園に戻ってきた。
 学園の規則で決められたテレビを見てもいい時間はとっくに終わっている。なのに一人だけボーっとテレビの前のイスに座っているヤツがいる。
(やっぱりな……、正利だ)
 声をかけずに放っておけば、そのまま何時間でも姿勢を崩さないだろう。そんなふうに感じられるほど、あいつには生気や活力といったものがない。
 みすみす幸せを逃し、不幸ばかりが寄ってきそうな雰囲気がある。そういうタイプの人間にあいつが見えた。 ぼくはテレビの前の正利に、しみじみと同情した。しかし、このときぼくは、自分のことを完全に棚に上げていた。後にあいつの不幸オーラに巻き込まれていくのが自分であることも、ぼくはもっと前から予測しておくべきだったのに。 (■つづく)

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