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だいじょうぶよ・神山眞/第30回 正利の就職活動

■月刊「記録」2002年3月号掲載記事

*           *            *

 正月が終わると、子供たちが帰省先から帰ってきて、日頃の喧噪が戻ってきた。
 ぼくと正利の周辺も急に慌ただしくなってきた。
 卒業まで、あと3カ月だ。そのたった三月の間に正利の行き先を決めなければならない。園の方針では、高校へ進学する者はそのまま園に残ることができるが、卒業する者は、園からは出ていかなければならない。だから大変なのだ。
「そこを何とかならないものかな」と、考えてしまう。 ここには、高校に進学できるような連中ばかりがいるわけではない。正利のように、高校に進学できそうもない子供もいる。そういう子供たちを15歳でいきなり、社会に放り出さなければならないシステムはどうなのか。ぼくは疑問を感じた。
 しかし、システム云々を変えていられるほどの暇な時間は、ぼくには全く与えられていなかった。

■三択、正利の進路

 去年の火事の跡を消すための大がかりな工事が始まった。
 不思議なもので、火事の直後のような緊急時には、子供たちも遠慮するのか、あるいは緊張感が増すためなのか、悪さ、非行といったものが、一時的になりをひそめる。
 しかし、年も明け、落ち着きを取り戻すに従って、タバコ、ケンカ、盗みなどが、再び噴出してくるのであった。
 それらへの対処に追われながらも、ぼくは正利の就職活動を着々と進めていかなければならなかった。
 正利は、普通高校への進学を希望している。しかしそんなことが無理であることは、いうまでもないことだった。残る手段は二つ。養護学校への進学か、就職。
 しかし、養護学校への進学には、『愛の手帳』の取得が必要だった。一度取得してしまえば、一生『愛の手帳』の所持者である立場からは逃れられなくなる。社会に出てからのこれからの人生に、それはつねに影響を及ぼす。
 IQ=81という、知的障害者と健常者の境である微妙なラインにいる正利を、障害者の側へここで定めてしまうことには、一抹の不安を抱いた。
 残る手段は就職しかない。しかも生活能力のない正利に残された道は一つ。住み込みでの就職だ。
 工事の影響で、子供たちの部屋が縮小され、正利は、ぼくら男子職員の職員室を寝床にすることになった。
 普通の中学生なら、自由を束縛された思いで、嫌がるはずだが、正利はなぜか妙に楽しそうであった。
 寝床に入ると、ゴロリと横を向き、ぼくのほうを見る。机でまだ仕事をしているぼくをジーッと目で追う正利。たまにチラッとぼくが横目でうかがうと、急に正利は視線を逸らす。
「ジロジロみないでほしいのよ」などと言うのだ。
 それにしても相変わらず小学生とばかり遊び、進歩しているかいないのかわからぬ今、ぼくの目の前にいる正利の将来が気にかかった。
 たとえ就職が決まってしまっても、その先にはおそらく、イバラの道が待っているだろうと言わざるをえない。
 不潔で、無口で、頭が悪いヤツ。おまけに運動神経がゼロで、性格も悪いヤツ。
 そんなヤツにはなかなか就職口がない。
 加えて親も身内に保証人になってくれる人もいない。盗み癖があり、怠け者の15歳。
 どこの会社が相手にしてくれるというのか。
 でも、そんなヤツのためにでも、ぼくたち職員は就職口を探してこなければならないのだ。
 では、どうするか?
 たいていの場合は、コネを利用する。
 就職した卒園生に、直接我々が連絡を取るのだ。そして会社側に、我々と会ってもらうための手はずを取りつけてもらう。卒園生を雇っているという時点で、すでにある程度は理解があるわけだから、あとは我々の交渉次第である。
 年明けからぼくも、正利のために、この方法で就職活動を開始していた。製本所、畳屋、工場などに手当たり次第に連絡を取っている。そのなかでは、製本所の評判が、先輩職員のなかでもかなりいい。
 もちろん寮がついているし、まかないさんまでいる。しかも週に2回は学習ボランティアが来て、算数(計算)と漢字を教えてくれるというのだ。お金の管理までしてくれ、至れり尽くせりの職場といえた。
(こりゃあ、正利のためにあるような場所だな)と、ぼくは思った。善は急げとばかりに、電話をかけ、見学の申し込みをした。すると、『早速、明日の午後にでも来てください』と言うではないか。なんだか、このままトントン拍子に事が運びそうな気がして、ぼくは笑いを抑えることができなかった。
 最も手こずるであろうと思われた正利の就職活動が、手を伸ばせば届きそうな位置にあるように思えたのだ。 (■つづく)

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