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だいじょうぶよ・神山眞/第28回 突然の出来事

■月刊「記録」2002年1月号掲載記事

*         *          *

 血のつながるお姉さんに、見捨てられたこともよくわからずに、あいつは二段ベッドの上段にゆっくりゆっくりと上っていった。そしてゆっくりゆっくりと細長い体を横たえた。
 布団を肩までかけると今日一日のあいつのすべての動作が止まった。しかし目と口だけは、しばらくぼんやりと開いたまま天井を見ている。
 その目が完全に閉じるのを見届けてから、ぼくは職員室に戻った。

■きっとこれからもうまくいく

 部屋に他に誰もいないのを確認して、ぼくはごろりと体を横たえた。目を閉じると、あいつのことが頭に浮かんでくる。
 生まれてから施設に来るまで、不幸の連続だったはずのあいつ。
 親に暴力を振るわれ、挙げ句に捨てられた。
 施設に来て、不幸な出来事からは解放されたのかというと、やはり、そううまくはいかない。今度は、血のつながった、同じ施設出身のお姉さんから不幸な目に遭わされている。
 おかしな話だな。
 ぼくは思った。そしてこれからも、あいつには不幸な出来事が続くのだなと思った。
 だけど、どんなことがあってもきっと大丈夫だ。
 何が大丈夫なのかと問われると、困ってしまう。でも大丈夫だと思えた。
 現に今日だって、大丈夫だったではないか。
 もしも、何かあったら、そのたびごとに、ぼくが何とかしてやってもいい。
 大丈夫。
 ぼくは単純にそう思った。お姉ちゃんはあいつを捨てていったけど、ぼくはまだ、捨ててはいない。
 そう思うと何もかもがうまくいきそうな気がした。あいつの未来は決して暗いだけのものではないに違いない。
 単に、そう思いたかっただけなのかもしれないが。
 ぼくは横たえていた体を起こした。
 机の上にあった食べかけのチョコレートをひとかけら手に取る。そして職員室を出た。
 あいつの部屋まで行き、ドアを開け、そうっとあいつに近づいた。案の定、目は閉じているが、口は半開きになっている。ぼくはチョコレートをあいつの口に入れた。
 すると、チョコレートは口の中に落下することはなく、上唇と下唇にうまいこと挟まった。これから徐々に溶けていくはずだ。
 ぼくは今にも声をあげて笑いそうになった。たまらなくおかしな気持ちになった。
 大事な人に捨てられた日。
 だけれど、なぜか、何もかもうまくいきそうな気がした。

■そして、事件が起きた

 事件が起きた。
 数日後のことだ。なんと火事が起きたのだ。隣の町のことでもないし、ましてや対岸なんかでもない。
 ぼくたちの学園が火事になった。原因は火の不始末だ。秋から冬に移り変わる休みの日だった。あっという間の出来事だった。ポカポカ陽気で外に薄着のまま出かけた子供の一人が寒くなって上着を取りに戻ってきて、そうしたら燃えていた。
 そんな感じだ。
 そのとき、ぼくとあいつはというと……。
 居間でビデオを観ていた。何のビデオだったろう。ちょっと思い出せない。どうせあいつの好きなビデオだから、ゴジラかモスラあたりだったのだろう。
 ポテトチップを食べながら、ジュースを飲んでビデオを観る。まあ、普通といえば普通の休日の過ごし方だ。あいつは小遣いも使い切ってしまっていたし、友達にも相手にしてはもらえなくて、ちょっとかわいそうな休日だったので、ぼくがビデオ屋に連れて行ってやったのだ。
 道すがら、お菓子も食べたいし、ジュースも飲みたいとわがままを言う。頭にきたが、先日のお姉さんのことを思い出し、今日ぐらい、まあいいかと買ってやる。
 案の定、感謝もしない、わがままを聞いてもらえた喜びを全身で表すわけでもない。さも自分の金を使ったかのような態度でいる。
「おまえ、ありがとうくらい言えないのかよ」
 と、ぼくが言うと、
「あー」
 と、ぼんやりうなずく。
「もう、おまえなんか知らないよ」
 と、少し怒った声で言うと、
「あー、ありがとう、せんせ、せんせ、ありがとう」
 と、いかにもという調子で取り繕う。
 まあ、これもいつものことだ。
 本当にあいつもぼくも何もかもが、いつものことだらけの日だったのに……。 (■つづく)

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