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だいじょうぶよ・神山眞/第25回 約束破り

■月刊「記録」2001年11月号掲載記事

*           *          *

 家を出たまま老いた母に一人暮らしを強いているぼくに、母は、どうして帰ってこないのかと、理由すら聞こうとしない。
 帰ってこないことは悲しいことだが、腹を立てたり、妬んだりすることではない、と、母は考えているようだ。その淋しささえも、我慢するべきだと考えてしまう、そんな母なのだ。
 それをぼくは誰よりもわかっている。わかっているから、ぼくは母に哀れみを抱いてしまうのだ。その哀れさが、ぼくと母を遠ざけてしまう。しかし、正利には、我慢も遠慮も哀れさもない。血も繋がっていないのに、ぼくにはいやにあつかましい。欲しいものがあれば、ぼくのことをどこまでも追いまわしてねだる。自分がミスをしても、それはぼくのせいだと言い張る。しまいには、ぼくの養育の仕方が間違っているとまで言う正利。目的のためであれば、ぼくをとことん利用し、用が済めば見向きもしない正利。
 そんな奴と、なぜぼくは一緒に暮らそうと思うのか。理性は“母と暮らせ、それが当たり前だ”と言う。しかし一方、本能は正利と暮らしたがっている。
 ぼくは毎日、毎晩、この二者選択に頭を悩まされた。お姉さんが、正利を引き取ってくれれば、諦めがつく。そうまで思った。

■『愛の手帳』がきっかけなんです

 あの学園を訪れた日からちょうど一週間後、お姉さんが、何の連絡もなしに再び学園を訪れた。
 ぼくの顔を見るなり、お姉さんは言った。
「今日、ここに来たことは、正利には伝えないでください」と。
「あのぉ、先生、あの話、なかったことにしてほしいんですけど」
 やっぱりだ。やっぱりそうきた。お姉さんは、いきなりぼくたちとの約束事――正利を引き取るということ――を破ってきた。
 ぼくは、わざとわからないふりをした。お姉さんに「あのことってなんですか?」と聞いた。すまなそうな様子もなく、卑屈でもないお姉さんの態度に、ぼくは少し腹を立てたのだ。
「この前、『愛の手帳』の話をしたじゃないですか。あれがきっかけなんです。うちの人、そういう人とはかかわりたくないっていうんです」
「あのぉ、何もかもが抽象的で、よくはわかんないんですけど、つまりこういうことですね。この前婚約した彼に正利を引き取ることを反対されて、お姉さんはその彼の反対意見に賛成した、ということなんですね。なるほど、そうでしたか」
 物わかりのいいふりをぼくはしてしまった。本当は、ぼくはここで怒るべきだったのだ。怒鳴り散らすべきだった。
“あのねぇ、いい加減なんだよ、あんた! だいたいこうなるってこと、予想つかなかったのかよ。みんな嫌がるって。結婚相手に連れ子がいたら嫌がられるって。おまけに連れ子じゃないんだよ。知能の遅れた弟だよ。そのぐらい予想したうえで、引き取ります、って言うべきだったんだよ!”
 という具合に。
 なぜなら心のなかでは、そう思ったのだから。
 そんなぼくの前で、お姉さんはしっかりとした口調で堂々と話し始めた。
「あの日、家に帰ったら、彼が言うんですよ、私に。ああいう人(正利のこと)とかかわるなら、おれはお前と別れる、って。家に連れてきてもだめだし、会いに行くのもだめだ、って言うんです。だから今日も彼には内緒でここに来ているんです。
 あのぉ、先生、私は彼にそう言われたからって、正利のことを見放すつもりはないんです。これからも、彼に内緒で会いに来ます。でも、引き取ることはできません。経済的に援助することもできません」
 お姉さんは考えてきたであろう、セリフを全部一気に吐き出した。
(いったいどういう神経をしているんだこの人は)
 ぼくはそう思った。
 何を言ってももう無駄だ。こういう人には正利は預けられない。ぼくはもう、お姉さんに考え方を変えてみるように促しもしなければ、約束を守らなかったことを責めもしなかった。早く目の前から消えてくれ、そう思った。
           *
 お姉さんが正利に会うこともなく帰ったあと、ぼくは正利と話し合うために、正利の部屋へ向かった。
 いや、向かおうと思い、二、三歩歩いたところで正利の姿を廊下の先に発見した。
 それは、唇をすぼめ、目を見開いているような表情だった。今までのお姉さんとのやりとりが、一気にすべて吹っ飛んでしまうほど、正利の顔や表情には激しいインパクトがあった。 (■つづく)

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