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保健室の片隅で・池内直美/第24回 家族として信じること

■月刊「記録」2000年6月号掲載記事

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 2000年3月、通信制高校の卒業が決まったと知った時に私の頭に浮かんだのは、「ホッとした」という一言だった。私の学校生活は、時間と、そして自分自身との戦いだったように思う。いつ辞めてもおかしくなかった。
 高校の4年間は、短かったような長かったような、とにかくがむしゃらに走ってきた毎日だった。
 学校に行かなくなってしまったり高校を中退したり、自分の方向をなかなか見つけられなかった私にとって、一つのことをやり遂げた経験はとても大きな出来事だった。
 中途半端なことをしてきたつもりはなかった。自分の生き方を見つけるまでに、何度もやり直しをしてきただけのつもりだが、それも単に自分の歩き方を否定したくないだけのいいわけなのかもしれない。
 通信制高校に入り、自宅で、自分一人で学習をしなければならなかった間に身についたやり遂げる力は、今もいろんなところに影響しているけれど、それは私が一人でがんばってきた成果ではなくて、いろんな人に支えられてきた結果だった。
 学校へ入ったばかりの頃の私は、学校というところが嫌いで、家族や自分の周りにいる人が嫌いで、自分自身もふくめて、世の中に生きている人すべてが嫌いだった。
 心の片隅で、「これじゃいけない、ちゃんと生きていかないと。人として、自分や周りに負けない人生を送らないと」そう思いながらも、自分の殻の中から抜け出せない苦しさから、なかなか逃れられなかった。
 どうすることもできなくて、どうしていいのかわからなくて、ただ不安な日々を1年くらい過ごした。そしてそこから脱け出すきっかけになったのが、振り返れば大検(大学入学資格検定)だったような気がする。
 大検に受かった時に味わった、一つのことを乗り越えたという満足感。結果そのものよりもなによりも、自分だって目標に向かって歩けるんだという自信が、私を勇気づけてくれた。
 それからの私は、本を書いたり、『記録』に原稿を書かせてもらったりして、自分の名前と言葉で、自分の考えを話せるようになった。けれど、ずっと心の奥で疑問に思っていたこともあった。それは「本当に、私は昔の自分から卒業することができたのか?」ということだった。
 講演会や不登校の親の会などに出席させてもらい、壇の上で話をしていると、自分の口から出ているのは、「私はあんなことが嫌だった、こんなことが嫌だった、もっとこうしてもらいたかった」という話ばかりであることに気がついた。
 わがままな願望のオンパレードで、「こんなことがうれしかった、こんな言葉をもらえてうれしかった」という言葉が出ていない。それどころか、うれしかった時のことを思い浮かべてみようとさえしていない自分に気づく。
 嫌な記憶しか話せないのが私なのか?
 こんな嫌な記憶ばかりを吐き出しているのが私なのか?
 私は本当に昔の自分から抜け出し、変わることができたのか?
 自分でも不安になった。本当は何も変わっていなくて、ただ強がって大きな声で話しているだけで、変わったと思い込みたいだけなのかもしれないと思った。

■立ち直ることもできるのだ

 2000年1月、不登校の親の会が開かれた。子どもの心理を知りたいからという理由で、現在不登校をしている何人かの子たちと一緒に、私は会場に招かれた。そしていろいろな質問を受けていて気がついた。
 当時、親に何をいわれて嫌だったのか、不登校の子にとって学校とはどんな存在なのか、何に対してどんな不満があり、周りにはどんなことをしてもらえるとうれしかったかなど、いろいろな質問をされて応対しているなかで、私は、自分が当時の気持ちを、もうリアルに思い描くことはできなくなっていることに気づいた。
 親が嫌いだったことは覚えている。けれど、今は感謝している。学校に対しても、勉強に対しても、自分自身に対しても、何もかも嫌いだったことは覚えているが、もう、その気持ちをありありと思い浮かべて話すことはできない。
 不登校をしていた頃は思い出せなかった家族旅行のことも、結婚をして学校を卒業した今なら、楽しかった思い出として心に浮かぶ。
 そんな自分に気づいて、やっと私は、昔の自分から本当に卒業できているのかもしれないと思うことができた。
 ここ最近、世間を騒がしている事件のなかには、犯人は自宅に引きこもりがちだったり、不登校の経験があったことなどが、それが原因の一因でもあるといわんばかりに報道されている。今現在、不登校や引きこもりの家族を持つ家の人たちは、とても不安に思っていることだろう。
 でも、引きこもりの子や不登校の子を信じてあげてほしい。彼らだって苦しんでいて、普通の人間であることを信じてあげてほしい。
 家族の愛情は、うまく伝わらないときも多くて、受け取る側の感じ方によっては、曲げられて感じ取られてしまうこともあるだろう。けれど、いつかはそれもまっすぐに伝わる日が来ることを家族は信じてあげてほしい。 私はうまく立ち直ることができた珍しい例だといわれている。実際に今も、引きこもりから抜け出せないで、社会との生活を絶っている人が大勢いることもよく知っている。引きこもりの期間が昔に比べてだんだん長くなっていることも、その人数が増えていることもわかっている。
 引きこもりの年齢は次第に高くなり、学校や学級崩壊を起こす年齢は低くなってきている。自分の子だって、いつそうなってもおかしくない時代だ。
 けれど、どんな育児書を読んだって、しつけの仕方について話を聞いたって、それはただのマニュアルにすぎない。
 どんな報道も事件を起こしてしまったその人の話にすぎない。自分の家族は一人しかいないのだから、マニュアルや興味本位の報道に振り回されるよりも、信じて接していくことのほうが大切だと思う。
 講演会場に来る親御さんの表情を見ていると、悩んでいるのかあきらめているのかわからないような顔に出会うことがよくある。
 新潟の監禁事件も京都の小学生殺害事件も自分の息子が犯人かもしれないと思った時、どうして親は子どもと話ができなかったのか。なぜ警察に助けを求められなかったのだろうか。自分の子どもがそんなに恐ろしかったのだろうか。犯罪を犯しているかもしれない真実を確かめることもできないほど、つながりを断っていたのだろうか。
 この二つの事件は、たまたま事件として表沙汰になったものだけれど、世の中にはきっと、子どもと話ができない親、信じることができずにあきらめてしまっている親がたくさんいるのだろうと思う。
 犯した罪をつぐない終わった時、この事件の二人は、立ち直ることはできないかもしれないと感じてしまう。 (■つづく)

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