« ホームレス自らを語る/米国でもホームレスを経験した・林光夫さん(50歳) | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/崩壊にむかう小泉戦時体制 »

だいじょうぶよ・神山眞/第24回 正利の行く末

■月刊「記録」2001年10月号掲載記事

*         *          *

 ぼくは、お姉さんのところへ向かった。今日の来園の礼を簡単に述べ、そして、なぜこんなに食事から戻るのが早かったのかを聞いた。
 すると、お姉さんは、やはりいつものように堂々と、「だってあいつ(正利)緊張して何も話さないんですよ。ねぇ、みか?」
 と言うのだった。
 正利は、初対面の人とは話せないのだ。だからぼくは、特にびっくりはしなかった。
「あの人(彼)は、2人のことを、すごく気に入ってくれたみたい」
 にこにこ顔のお姉さん。
「2人? 正利のこともですか?」
「そうですよ、先生、おとなしいけど悪い人じゃなさそうだって、あの人は正利のことを言ってましたから」
「そうですか…」
「だから、大丈夫って言ったじゃないですか」
「そうですよね。大丈夫なんですもんね」
「大丈夫ですよ」
 最後にだめ押しのようにお姉さんはそう言って、学園をあとにした。
 ぼくはもう一度、正利たちの引き取りの件について考えることにした。

■母と、そして正利と……

「おい、おい、早く食べないとテレビ見る時間がなくなちゃうよ」
 食事の遅い小さい子たちに、ぼくは声をかけた。無理矢理、食べ物を自分の口に放り込む彼らの後方には、すでに残飯が山積みされている。それにしても、ものすごい量である。1時間か2時間前に作られたばかりの食べ物が、今は次から次へとポリバケツに放り込まれていくのだ。
 学園では食事ごとに、たくさんの残り物が出る。残り物というと一人ひとりが残したもののように思われるだろうが、そうではない。子供たちには、自分に与えられた食事を残す決定権はない。特別な場合以外は残してはいけないのである。
 しかし子供たちにおなか一杯食べてもらいたい、といった配慮から、食べ物は余分に作られる。だからそれらが余り、ポリバケツいっぱいの残飯を生み出すのだ。
 残飯の山をバックに、無理矢理ごはんを詰め込む子供たち。そんな光景をみていると、いつもぼくは離れて暮らす母を思い出してしまう。どんな物でも大事にする母。特に食べ物を捨てることは一切しない。食べきれないものは冷蔵庫に入れて、次の日にまわす。
 そんなふうに父に先立たれた母は、一人で慎ましく生活していた。たまに実家に帰り、冷蔵庫を開けると、半分になった豆腐やほんの少しの切り身の魚、2、3枚のベーコンがサランラップに包まれて、所狭しと入っている。それらを見てしまうと、ぼくはかえって実家に来てしまったことを後悔してしまうのだった。
 なぜだろう。母の寂しさ、いじらしさみたいなものを垣間見てしまったみたいで、ぼく自身がうら悲しい気分になってしまうのだった。
 それに比べるとここ学園は、一見孤独や寂しさとは無縁の場所に見える。食事をすれば横にも前にもうしろにも人がいる。ベッドに横になったとしても一人にはなれない。家庭に見放されたはずの子供たちが賑やかさのなかにいて、きちんと家庭を形成したはずの母が、一人孤独な生活を強いられている。
 そのことを考えると、ぼくが正利を引き取ることなど、理にかなっていないような気がした。血が繋がっている母は、ぼくと一緒に生活することをいつも望んでいる。父が死に、妹が嫁に行った今、母がぼくを頼るのは当たり前のことだ。
 しかし、そんな母の気持ちを知りつつも、ぼくは一緒に暮らすことを拒否してきた。
 母は家を改築して二世帯住宅にした。おまえの部屋にはトイレもお風呂もついてるんだよ、だから帰っておいで、私は何も干渉しないから、と母は言った。
 帰ることを拒む明確な理由など、何一つないのに、ぼくは帰らない。それどころか正利と一緒にぼろい小さなアパートに住む決心さえ、しはじめている。
 もちろん、それとて何の理由も責任もみあたらない。お姉さんが、仮に正利を引き取らなかったとして、それは、ぼくの責任などではないのだから。
 ふと、自分の感覚がおかしいな、と思うときがある。正利と暮らす? なぜぼくが正利と? そう思う。
 だが、それよりも、もっとおかしなことは、母と正利とどっちと暮らすべきかを考え、比べている自分なのだ。
 おかしくてばかげている。なのに思考は止まろうとしない。夜、眠りに就こうとすると、果てしなく思考が回転し出すことがある。
 暗闇のなかで、母か、正利か、という選択について、真剣に考え続けているのだ。 (■つづく)

|

« ホームレス自らを語る/米国でもホームレスを経験した・林光夫さん(50歳) | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/崩壊にむかう小泉戦時体制 »

だいじょうぶよ-パートナーは知的障害者!?-/神山 眞」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/7131156

この記事へのトラックバック一覧です: だいじょうぶよ・神山眞/第24回 正利の行く末:

« ホームレス自らを語る/米国でもホームレスを経験した・林光夫さん(50歳) | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/崩壊にむかう小泉戦時体制 »