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だいじょうぶよ・神山眞/第23回 頼りないお姉さんの自信

■月刊「記録」2001年9月号掲載記事

*          *          *

 突然、来園し、結婚すると報告する正利のお姉さんに、ぼくは探るようにして訊ねた。
「以前、言っていたことが反古になっちゃうってことはないですよねぇ」と。
 約束とは、正利とみかを引き取ってくれるという件だった。すると、
「大丈夫ですよ。引き取ることですよね。大丈夫ですよ。そのために、今日、この人に会わせるようなもんですから」
 どこまでも明るくお姉さんは答えた。深い考えは特になさそうだった。
 でも、それが、ぼくにはかえって心配なのだった。
 そのために会わせる? ということは、約束は反古になってしまう可能性をも秘めているということだった。だって、あいつを見たら誰だって……。
 お姉さんの彼氏という男のほうを見ると、やはり穏やかに、ただニコニコしているだけだった。

■自信満々のお姉さん。だが、

「大丈夫ですよ。心配しないでくださいよ、神山先生」 おねえさんは明るくはきはきと答えた。
 本当だろうか? ぼくは先ほどのやりとりのすべてに不安を感じていた。
 確かに、お姉さんは、正利と違って大きな声で話してくれた(正利は嘘をつくことが多いので、ボソボソと小さい声で話すのだ)。
 確かにお姉さんは、正利と違いぼくの目を見て話してくれた(正利は決して人の目を見ない)。
 だから一見すると、お姉さんが嘘をついているようには見えなかった。だが、ぼくにはどうしてもお姉さんのことが信じられなかった。正利とみかを引き連れ、食事に向かうときのお姉さんのあっけらかんとした笑みが、どうしても何も考えぬ無知からきているように思え、ぼくにはとても頼りないものとして映った。
 ぼくは誰もいない職員室で、もう一度、正利たちの引き取りについての疑問、あるいは不安を1つづつ整理してみた。整理してみると、驚くほど答えが簡単に出た。 もう、この引き取りの件についてはあれこれ考える必要がないことがわかった。
――おそらくお姉さんが正利を引き取ることはないだろう――
 それがぼくの出した答えだった。
 理由は大きく分けて3つあった。1つはお姉さんが、なんだかんだいってもぼくと同い年であること(当時28歳)。1つの仕事を忍耐強く続けることを選ばず、ふらふらと夜の仕事を渡り歩くお姉さんには、失礼ながら経済的基盤があるようには見えなかった。
 2つ目はいつでも「大丈夫」とはきはき答える点。これまでも、正利たちについて、いろいろなやりとりを行ってきたが、細かいことや具体的な話はいつもしないし、聞いてもこない。実のところお姉さんは、まだ正利たちの引き取りについて、深くは考えていないのではないか、それどころか考え始めてもいないのでは? という疑念すら湧いた。
 3つ目。ここが一番肝心な点だが、お姉さんの彼氏(旦那)は、今日まで正利と会ったことがなかった。結婚する相手に連れ子がいるというのは、やはり男にとって負担であるはず。まして正利は15歳を過ぎている。正利のことはあらかた話してはあった、とお姉さんは言ってはいたものの、会わずにあいつを理解するのは不可能に近い。
 そういえば、先ほどの話し合いで「愛の手帳」についてぼくがお姉さんに話したとき、それまで何も口を挟まずに聞いていた彼が、唯一お姉さんに何かをぼそぼそっと訊ねたこともぼくは思い出した。
 そのときの彼の表情は、相変わらず穏やかだったので、あまりぼくも気にとめはしなかったが、今、思い出すと、やはりひっかかるのであった。
 問題を整理したら、こんなに重要で大事で危険な3点が浮かび上がってきた。その結果、“お姉さんは、まず正利たちを引き取らないだろう”という確信が、ぼくのなかには、生まれた。
 そして、これだけ冷静に分析したあとであるというのに、ぼくはどうしたわけか、すこぶる単純な思いつきで、万が一の後の物事を解決しようとしていた。
「お姉さんが引き取らないのなら、ぼくがひきとればいいさ」
 我ながら、そのときどうしてそんなことを考えたのかわからない。もしかしたらずっと前から、そんな結果を頭のどこかに覚悟していたのかもしれなかった。
          *
 もやもやとした不安は消え、晴れ晴れとした気持ちで、ぼくは職員室を出た。
 気が変わらないうちに、さっそく他の職員に報告しに行こう!
 そう思い、歩いていると、さっき出ていったはずの正利が、ぼーっと廊下に突っ立ていた。
「どうした、おまえ、もう帰ってきたの?」
「あー、せんせ、おねえちゃんが、よんでるのよ」
 無表情に用件を伝えると、正利は部屋に戻っていった。
 そして、ぼくはお姉さんのところへ向かった。 (■つづく)

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