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保健室の片隅で・池内直美/第23回 甘やかすことだけが愛情じゃない

■月刊「記録」2000年2月号掲載記事

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■いろいろな事件が頻発して

 平成11年に2歳の女の子が近所に住む主婦に殺されるという事件が起きた。
 その背景にあったモノは、いまだに明らかにはされていないけれど、「母親」という部分に焦点を合わせてみると、多くの人に共感と興味を与える事件だったようだ。
 お受験や公園デビューといったマスコミから生まれた言葉は、すみやかに世間に浸透して、そこに入っていかなければならない母親たちに不安の種を植えつけている。
 グループができれば、必ずなかにはリーダーになる人がいて、自然にその人を中心としてみんなが行動をとるようになっていく。そんな場所に入ってしまうと「仲良くしなければならない」という気持ちにとらわれて苦しむようになるのだろう。
 子どものイジメの場合もそれに似た部分があると思うが、年齢の違いや近所同士のつきあい、父母会でのつきあいなどいろいろな関係がからんでくる大人同士のつき合いのほうが、よほど難しいのかもしれない。
 そんななかでは、やはり人間同士のつきあいだから、合う人と合わない人というものも出てくるのだろう。グループの中にどっぷり浸かって周囲が見えなくなると、みんなの輪から落ちこぼれてしまったら生きていけなくなる、という不安感が強くなるのだろう。こういう現象は、おそらく若いお母さんたちに特有の現象というわけではなく、子どもたちの間でも、サラリーマンの間でも、形を変えて起こることなのだろうと思う。
 無理をしてまで小さなグループにしがみつき続けなくても、そこから外れてしまっても生きてはいけるのだろうに、視野がせまくなってしまっていると気づけなくなくなる。
 それにしても、誰とでも仲がいいと思われなければならないのだろうか。仲良くしなければならないのだろうか。それが今の時代なのだろうか?

■見て見ぬふりの大人達

 私自身には、子どもがいるわけではないから、公園デビューのことなどは話を聞いても、そんな親もいるんだなあとしか思わないが、話によれば、自分の子どもが友達を突き飛ばしても怒らない親や、小さい子どもを感情的になって叱りつける親など、本当にいろいろな親がいると聞いた。
 また、私が街で見かけた母親のなかにはこんな人もいた。
 あるろう学校の文化祭に行った帰りのこと、その学校の生徒と思われる小学生の集団と親を見かけた。
 はじめのうちは、ずいぶん元気のいい子どもたちだなぁと思って見ていたが、一緒に電車に乗るに至って、ただ見ているだけではいられない状態になった。
 子どもたちは、水風船(祭りなどで見かけるヨーヨー)を持っていたのだが、それを電車の吊革にぶら下げては落とし、上手にキャッチするという遊びを始めた。
 ただ遊んでいるだけでも、電車のなかで立ったり座ったりと迷惑なのに、持っているものが水風船である。もしも落として割れたら水びたしになるではないか。
 見ているほうは、「もしも割れたら・・・・」と思うと気が気ではない。けれど、近くにいる親は、それを見ながらおしゃべりしている。何もいおうとしない。
 子どもは、その遊びがおもしろいのか、割れたらどうなるかを想像できないのか、いつまでも遊びをやめようとはしない。遊びはだんだんみんなに広がり、エスカレートするばかりだった。
 周囲の乗客は、それに気づいていないのか、見て見ぬふりをしているのか、誰も注意をしようとはしなかった。まあ、私自身もその一人だったわけだから偉そうなことはいえないが、子どもを叩いたら虐待になってしまう時代なのだから、そんな光景が見られても仕方がないのかもしれない。

■甘やかすことと愛情とは別

 学級崩壊について、原因は学校や教師にあるという親もいるけれど、親のほうにまったく責任がないのかどうかも考える必要があると思う。
 なぜなら親にまったく怒られたことのない子どもが先生に怒られれば、「なんで怒られるのだろう」と疑問を持つこともあるだろうし、親が怒らないことを教師が怒っても子どもはなかなか納得できないだろう。また教師に怒られたことを子どもが帰宅して報告したら、親が怒って学校に苦情をいいにいくような状態では、子どもが教師をばかにしてしまっても当然だろう。
 そしてマスコミの影響力も見逃せない。「学級崩壊」という言葉もマスコミから出て広がっていった言葉の一つである。
 そこで「学級崩壊」という言葉が一番最初に使われるようになった学級は、いったいどんな学級だったかを思い出してみた。
 私がはじめて「学級崩壊」という言葉を聞いたのは、たしかテレビのドキュメント番組のなかであったように思う。たしか小学一年生のクラスだった。はじめて親元を長い時間離れてすごす学校のなかで、きちんと席に着いていることができない子どもたちの様子がテレビには映し出されていた。
 なにかというと教室を飛び出してしまい、それを追いかけていく先生が映っていて、それを見ている他の生徒が、自分も教室を飛び出せば、先生に相手をしてもらえるのかもしれないと、また教室を飛び出してしまう。そんな内容だった。
 その行動は、子どもたちの「先生にかまってほしい」という気持ちから発していたようだった。そして同じような行動を取る生徒がいるクラスを指して「学級崩壊」といい始めた。マスコミが大々的に「学級崩壊」を取り上げるようになり、全国の子どもの間にこの現象が急速に広がっていったのだった。
 私のいたクラスは、どれも学級崩壊のような状況になったことはなかったし、私自身も子どもの頃に授業中に騒いだような記憶もないので、どうして学級崩壊が起こってしまうのか正確なところはわからない。ただ、文京区の殺人事件の報道を見ていて、どこかでつながっているような印象を受けたのは私だけだろうか?
 この事件が起きた時、理由についていろいろな報道がされたけれど、その一つに母親の関心が子どもに集中しすぎて、子育てに埋没してしまっているというものがあった。
 子どもと自分の境界があいまいになってしまっているので、子どもが悪いことをしても叱ることができない。子どもが泣けばあたふたしてしまう。
 かと思えば、子育てが生活のすべてになってしまっていて、子どもの成績が悪いと感情的になって怒ったり、母親自身が落ち込んでしまったりする。そういうことが起こっているらしい。
 また、共働きの家庭が多くて、日頃は働いていてあまり子どもの相手をすることができない親が、そのぶん、つい甘やかしてしまうという話も聞く。甘やかすことと愛情とは別だということに気づくのは難しいのだろうか。

■犯人を憎むだけではなく

「キレる少年」という言葉も、もう昔のことになってしまったように感じる。けれど現実には少年犯罪は今も続いている。
 つい先日も一人の青年が小学生を刺殺するという事件が起きた(てるくはのる事件)。これも若い人の弱い者をねらった悪質な事件だった。
 彼は学校にうらみをもっていたという。それなのに、なぜなんの罪もない小学生をねらわなければならなかったのか。まるでこれでは弱い者を踏み台にしたうさ晴らしではないか。どうして子どもを刺すという行動に出る前に、ちょっと踏みとどまることができなかったのか。疑問をあげればきりはない。
 この何年か、弱い者を狙った事件や悪質な少年犯罪が続いている。あまりに理不尽な事件の数々に、ニュースを聞くたび犯人への強い怒りを感じるのは私だけではないだろう。けれどこのところ、犯人を憎み、責任の追及をするだけでなく、他のことにも目を向けてみる必要があるのではないかと思う。
 もしも私に子どもがいたら、こういう犯罪をニュースで知った時、やはり真っ先に「自分の子どもでなくてよかった」と思ってしまうような気がする。被害者が自分の子どもでなくてよかった。近所で起こった事件でなくてよかったなどと思うのは、当たり前の反応かもしれない。
 けれど、そう思ってすませてしまうことで、人の心がすさんでいくように思う。
 無差別犯罪の標的が自分でなかったことを安どの気持ちだけで受け止めたくない。その周りになにがあったのか、犯人は本当に凶悪な人間なのか、私たちとは異なる種類の人間だったのか、何が犯人をそこまで走らせたのか、それらのことにこそ関心を払っていたいと思う。

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