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保健室の片隅で・池内直美/第22回 先生と結婚して変化したこと

■月刊「記録」2000年1月号掲載記事

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 通信制高校に入って、三年半が過ぎ、もうすぐ卒業という11月のはじめに、ある学校の教師と学生結婚した。 夏に知り合ってからたった三ヶ月のスピード結婚、しかも当時、学生であった私にとっては、この結婚はいろいろな意味での影響を与えてくれた。

■このクラスがこんなにまとまるとは

 知り合ったばかりの頃は、結婚する気持ちなどまるでなくて、高校を卒業したら進学するつもりでいた。そのことだけをとってみても彼は私の人生を大きく変える存在になってしまった。
 さらに相手の職業が学校の先生だったので、いつも先生に迷惑をかけては喜んでいたはずの私が、いつの間にか教師の側に立ったものの見方をするようにさえなっていた。
 これは自分でも驚くべきことだった。先生に迷惑をかけないように行動しようとまで、思うようになったのだから(!)
 結婚したばかりのダンナサマをおいて、高校生活最後の修学旅行に参加したときも、それまでだったら夜中にホテルを抜け出して遊びにいくグループの先頭に立っていたはずの私が、きちんと大人しくしていた。
 自分でいうのもなんだが少しさびしいような、少し大人になったような複雑な気持ちだった。
 それはさておき、年間を通しても十数回しか会わない仲間との二泊三日の京都旅行を楽しめたのは本当によかったと思う。
 考えてみれば、毎日会ったと仮定しても二ヶ月も一緒にいたことがない仲間だ。
 友達になれただけでもすごいと思うのに、クラスの団結力というのが予想を超えていたことのすばらしさ。ケンカもなくもめごとの一つもなく、当たり前のようにいつでも集まって一つの集団になって行動していた。
 学級崩壊が騒がれているなかで、年齢もまちまちのしかもめったに集まることもないメンバーばかりが、これだけクラスとしてまとまりをもつことができた。その私たちをまとめきった担任の教師の力もまたすごいものだと改めて思った。
 なにせ、それぞれが一度は担任とぶつかり本気でケンカをしたことがある者ばかりなのだ。自分の意志を通すため、または生徒対先生という形で。社会人としての良識ある行動がとれなくて叱られてケンカをしたこともある。とにかく一筋縄ではいかない頑固な面々がそろっているのだ。
 あえて全日制の高校を選ばず通信制という道を選んできた者ばかりなのだから。

■「通信制高校卒業」だからこそ嬉しい

 私たちは、京都にいる間中、夜中までそれぞれの夢を語り合った。
 夜中まで集まっている私たちに、担任の先生はいった。「君たちは、大切な忘れ物をしてきたんだ」と。それは「高校卒業」という大切な、そして大きな忘れ物だった。
 私も一度はあきらめたことがある。高校卒業の資格はなくてもいいと思った。けれど自分のために、自分の未来のために、もう一度その資格を取りに通信制学校へ進学した。
 並たいていなことでは通信制高校は卒業できない。四年間もの時間をわずかな通学日以外は自宅で、たった一人で勉強し続けるのは難しいことだ。
 その学校を、なんとか卒業しようとしている自分を、当時の私は誇りに思った。この「通信制高校卒業」という肩書きを手に入れることができる自分を、「高校卒業」する自分より、はるかに誇りに思った。
 そして同時にこの学校で出会い、一緒に学んでこられたメンバーのことも誇りに思っていた。やめようと思う気持ちが出るたびにお互いに励まし合い、社会人と学生生活とを両立させ、ときにクラスメイトとして、ときにライバルとして歩いてきた。
 還暦を目前にしながら介護福祉士の資格を取りたいと頑張る同級生のおじさん。彼は理容室を経営するかたわら、毎年何十万円もかけて、家庭教師までつけてここまでやってきた人だ。
 なぜ介護福祉士になりたいのかをたずねてみると、特別養護老人ホームに髪を切りにいったあとで、せめて入浴の手伝いだけでもやりたいのだという。髪を切りにいくたびに、同じ人から同じ話を何度も聞かされて、その話につきあい続けて二年が過ぎたという。
 痴呆が始まっているお年寄りの髪を切るのは決してラクなことではないだろうに。それでも、おじさんはもっと彼らの手伝いをしたいのだという。

■「ありがとう」のためじゃなく・・・・

 介護福祉士をめざしているのは、なにもこの人だけではない。私と同じ歳の男の子もこの仕事につきたいと思っている。
 今の若い人は、「ありがとう」と人からいわれる仕事をめざすといわれているが、ありがとうといわれたいためだけに、その仕事をめざしているわけではない。
 自分が生きているということは、自分と同じ血を引く人がいるということ。そのなかには、自分より先に死を迎える人もいる。おじいちゃんおばあちゃん、そのまたおじいちゃんやおばあちゃん、あるいは親だったり兄弟だったりする。
 生きていくために苦しむばかりの若い世代には、死を間近にひかえた「老い」の世界はわからない。それでも人生の最後のひとときを生きようとがんばる人のそばにいて、その人の人生のために何かをしたいと思う。それは自分の人生のためでもあるのだそうだ。

■年齢差のあるクラスで学べて

 大学に行きたい人、あるいはそれが専門学校だったりもするが、進学しようとしている人は多い。ただし通信制高校の人たちは「高校を出たから」進学するのではない。「やりたい仕事がある」から、進学する人が多いのだ。
 私と一緒に学んでいる人のなかには、高校へ行きたくても行けなかった人が何人もいる。時代がそういう時代だったのだ。
 もちろん当時でも進学した人はいる。しかしそれ以上に進学できなかった人がいる。「金の卵」といわれて就職し、戦後の時代を生き抜いてきた多くの人々が、今もう一度勉強をしたいといって高校へ来ている。
 そしてさらに高校を卒業してから進学しようというのだから、その情熱のただならなさに感心させられる。
 会社では、パソコンも扱えないおじさんとからかわれたり、マスコミには女子高生の援助交際の相手としてみられたり、家庭では肩身のせまくなった父親などといわれるおじさんたちが、学校のなかでは一人の学生として、本当の青春を感じながら人生に大きな夢を見ている。 同時に若い年齢のクラスメイトにとっては、社会でのいろいろなルールを教えてくれる年輩だ。
 たとえば、授業中に机の上に携帯電話を出しておいたり、ジュースのペットボトルを平気で置いておく人がいる。ちょうど映画などに出てくるアメリカのハイスクールなどで目にするような光景だ。
 若い年代の私たちは、最初、これが悪いことだとはわからなかった。いつもやっていることだから、みんながやっていることだからと感覚がマヒしてしまっていた。先生にいくら注意されても、聞きわけのない悪ガキ集団である私たちには、反発心もあってなかなか直すことができなかった。
 けれどそれが社会の常識として、大変失礼なことだと教えてくれたのは、クラスメイトであり先輩である年上の仲間たちだった。何が当たり前なのかが一人一人違うといわれる時代に、けれども最低限のルールがあることを教えてくれたのは、彼らであったような気がする。
 自分の親より年上の相手に何を話せばいいのかもわからず、はじめて会った時には正直なところ敬遠する気持ちが強かった。けれどやがて、わずかな時間とはいえ同じ教室で机を並べ、同じ思いを持つことができた時間が貴重だったと思うようになっていった。
 そしてそれは、たぶん私たち「生徒」だけではないだろう。自分よりも年上の「教え子」は、教師たちにとっても良い見本となっているに違いない。

■「先生」は想像以上に難しい仕事

「生徒がいるから俺の立場は成り立っているんだ」と、担任の先生は口ぐせのようにいっていた。
「先生」だって私たちと同じただの人間だ。ましてや生徒とそう年齢も違わない若い「先生」や、私たちのクラスのように生徒よりも年下の「先生」だと、どうしても一人の力だけではやっていけない。生徒の前で「先生」が「先生」であるためには、生徒の協力が絶対必要になる。生徒が協力して先生を盛り上げついていく。そういう気持ちをクラス全体が持つことが大切になるのだろう。
 先生になりたいという人は多いけれど、今、生徒に心から「先生」と思われている人はどれくらいいるのだろう? 同時に自分のクラスに情熱を注ぎ、生徒に関心を持って接している先生がどれくらいいるのだろう? そして学校や教室に行くことに不安を抱きながら登校している生徒がどれくらいいるのだろう? 「先生」とはきっと、先生になりたいと思っている人たちが思っている以上に大変な職業だと思う。
 いま、ともに人生を歩み始めた教師であるダンナサマには、生徒を大事に思い、生徒から愛され、周りにいる多くの人たちに支えてもらえる本当の「先生」と思われる教師になってもらいたいと願っている。 (■つづく)

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