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だいじょうぶよ・神山眞/第21回 正利就職作戦開始

■月刊「記録」2001年6月号掲載記事

*           *           *

 どうしても高校へ進学したいと言い張る正利を説得するため、ぼくはテーブルを挟みあいつと向かい合っていた。
 いや、厳密に言えば、あいつは高校へ行きたいのではなく、高校進学をめざす連中と同じ待遇を受けたいだけなのだ。説得を続けるぼくの話を聞こうともせずに、ぼーっとした顔で手の中の文房具をこねくりまわすだけのあいつと向かい合っていると、ぼくは無性に腹が立ってきた。おまえ、人の話を聞いてんのか!?
 今すぐ気分のままこいつを怒鳴りつけることはできる。だがそれじゃぁ、いつもと同じすぎて味気ないだろう…。
「おまえ、成績表の見方わかるか?」
「……」
「教えてやるよ、おまえな、ぜーんぶ、1だろ。なぁ、1だよなぁ。この1ってのはなぁ、1番の1じゃぁないんだ。1番ダメの1なんだよ。わかったか?」
 どうだ。ぐうの音もでないだろう。ぼくはだんだん意地悪な気持ちになってゆくのが自分でもよくわかった。いつもこうだ。最近のぼくはいつもこうだ。気持ちがいいような悪いような、後味がいいような悪いような、口では表現しがたい気持ちになる。ただ一つだけ、こんな気持ちはこいつと一緒じゃなければ味わえないことだけが、今のぼくにはわかった。
「だって、まゆみ、こうこういくって、いってたよ」
 不意をついて、あいつがぽつりと口を開いた。その瞬間、ぼくにこびりついていた先程からの意地悪な妄想みたいなものが急に取り払われた。
「あぁぁぁ、そういやぁ、そうだなぁ。あいつも成績よくはないなぁ」
 正利と同じ学年の真弓は小さい頃学校に行っていなかったこともあって、成績は1や2が多い子だった。通常、成績に1があると、公立の高校には進学できない。ただ、ここから先が問題で、男子は公立校に入れなかった時点でアウトになる(進学をあきらめ、就職し、学園を出ていく)のに対して、女子にはレベルの低い私立の女子校に進学することが学園では許されていた。
「まぁ、だけどな。…さっきは、まぁ、わざとおまえに意地悪におれも言っちゃったけど、誤解すんなよ」
 少し口調を和らげ、譲歩するように話した。すると、再びあいつはぼくのことをジロット上目づかいに見た。「おれはなぁ、正利。高校に行くことだけが素晴らしいとは思わないよ。それにおまえはきっと働くことのほうが似合っている。おれはそう思うよ。自分が稼いだ金を自分で自由に好きなように使う。どうだ? 悪いことか?」
 あいつの顔が少しずつ、ほんの少しずつではあるが、ご機嫌なときの顔に近づいてきた。あいつは今の学園生活で、自由に金が使えないことと小遣いが少なすぎるという不満を常々口にしていた。そんなあいつが金を自由に使えるという魅力に勝てるわけはなかった。
「ほら、おまえの友達のジェイクも働くって言ってたぞ。高校行くよりも金稼いで早く自立するんだって言ってたぞ。ん? どうだ? 立派じゃないか。立派だろ?」「おれ、ガソリンスタンドではたらきたい、まえから、そうおもってたのよ」
 単純だ。本当にこいつの脳味噌は相当単純なつくりにできている。一丁あがりさ。しかし、ぼくは大事なことを忘れていた。あいつは気持ちを持続させることができないのだ。約束なんて守らない。言ったことに責任なんて持つはずはなかったのだ。
       *      *
「おい、正利。時間だぞ、時間、時間」
 ぼくは建物の入り口から中庭に向かって、半分だけ顔を出してあいつを呼んだ。学園の調理室に向かい歩くぼくの後ろを、あいつは嬉しそうに手足をバタバタと動かしながらついてくる。
「おまえねぇ、就職するんだろ? 就職するんだったら、だめだよ。時間通りに行動しなきゃ。遅刻なんかしたら、大変なことになるんだぞ」
 調理室のみんなが、いくら同じ職場の仲間とはいえ、半年以上もあいつを預けることになるのだ。挨拶ぐらいはきちんとしておかなければと思っていた。それなのにあいつときたら案の定、気に留めるそぶりすらもない。「そうよね、ちこくはだめよね。おれのわるいくせよ」 何言ってるんだ。まったく口だけは調子のいいヤツだ。それにしても、いつもはぼくの小言にむくれるあいつがなぜか今日はご機嫌だ。これから大変な日々が始まろうというのに…。
 一学期も中盤にさしかかった6月の初旬、我々はあいつに対する方針をついに実行に移した。方針とは具体的に挙げると以下の3つである。
 一つ、5時半に起きて(もちろん自分で目覚まし時計をセットし、自力で起きる)、学園の調理場で朝食の準備の手伝いをすること。二つ、干してある小学生の洗濯物を取り込み畳むこと。三つめ、中学生の勉強時間は机に向かわずに一人で掃除に励むこと。
 この3つを正利に行わせる目的は、それらのことを確実にこなせるようになるという実務的な理由はもちろん、自分が、みんなとは違う将来に向かっているのだ、ということを自覚させることにもあった。(■つづく)

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