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保健室の片隅で・池内直美/第20回 サポート校の見学

■月刊「記録」1999年9月号掲載記事

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■東京のサポート校を訪問

 東京にあるサポート校へ遊びにいったことがある。
 サポート校については以前にも書いたが、通信制高校に在籍する生徒が、高校を卒業できるように学習や生活面を支援する民間の教育施設のことだ。サポート校の運営母体は、学習塾、家庭教師派遣業、予備校、専門学校などになっていて、通信制高校の生徒が毎日の通学の代わりにこの学校へ通学し、レポートなどをこなしている。
 また、学校によっては大検取得のコースもあるので、授業風景などは、学校によってさまざまだ。
 サポート校の特長の一つとして、管理によらない自由な高校生活をすごせる点がある。また、一般高校に比べてユニークなカリキュラムを取っているところが多く、私が遊びにいったサポート校では、勉強よりも本人のやる気を重視したり、LD児(学習障害児)などを受け入れたりしていた。
 校内には、教科担当の先生はもちろんのこと、カウンセリングスタッフなどもおり、現役の通信制高校生が、他の生徒達の相談役をやっていたりもする。
 また、授業の時間割などは一応決まっているが、実際に「その時間に来なければならない」ということはないという。あくまで生徒の自主性にすべてが任されている。規則を作るのも生徒で、生徒会ももちろんある。その生徒会を作ったという、現在の生徒会長と少し話をしてみたが、驚くほどしっかりした青年だった。

■「教育」って何だろうね

 私と同い年で、当時20歳という彼は、大検受験コースの生徒である。高校を中退しており、車の整備工場で働きながら勉強しているという。
「以前は頭がよかったんだ」と笑っていた彼だが、今だってなかなか回転は速い。質問を投げかけると、的を得た答えを要領よくまとめて返してくれる。
 話をするうちに、だんだん話題が学校のことになり、教育ってなんなんだろうね、という話になった。
 教育。「教える」「育つ」という二つの漢字から、この言葉を作った人は、どんな思いをこの字に託したのだろう?
 ちなみに彼は、教育とは夢を与えるもので、先生とは、夢を手助けする存在なのではないかといっていた。「教育」という言葉の由来を、「共に育つ(=共育)と書くんです」といっていた人もいる。私はこの人の話に共感し、以来、いろいろなところでこの由来を伝えてきた。
 また、「先生」という字も最近、とても面白いものだと思う。先に生きてきた者を「先生」と呼ぶというのなら、通信制の高校では、生徒が先生になってしまうことに気づいたからだ。担任の先生よりもはるかに年齢の高い生徒だってたくさんいるのだから。
 そして「学校」とはなんだろう? 現在、学校について、教育関係者や識者の間でいろいろなことがいわれているが、学校の役割とは何なのだろう。子どもが求める学校とはどんなものなのか。子どもの心が学校から離れる時、その理由は何なのか。
 昔から、日本の学校にはたくさんの規則があったが、以前はこれほど「管理」されているという実感を生徒は持っていなかったと聞いた。また、管理されたとしても、管理しているのは先生だけでなく、地域の大人みんなによるものだったという。
 つまり、地域に「規則」が根づいていたのだそうだ。けれどいつのまにか、地域社会での人々のつながりは薄れてしまい、代わってプライバシーが重視されるようになった。また、核家族化が進み、おじいちゃん、おばあちゃんや兄弟との接触が少なくなる一方で、母親は働きに出るようになり、子どもを見守るのは本当に学校だけの仕事になってしまった。そしていつしか、子どもの意識のなかに「学校に管理されている」という気持ちが芽生えた。
 学校には校則があるが、長髪やルーズソックスやケンカがなぜダメなのか、学校の先生は誰も教えてはくれなかった。生徒手帳の中に校則は書かれているが、なぜそうなのかという理由まで書かれているものは見たことがない。ただ、「決まっているからダメ」と誰もがいうだけだ。
 生徒会長の彼は高校を辞めて、社会に出たことについて本当によかったといっていた。「高校卒業」という肩書きのためだけに三年間をガマンするよりも、同じ三年間を夢のために費やしたほうがいいと思ったそうだ。また、けじめもついたという。
 このサポート校に出会うまでの彼は、半年づつくらいのペースで仕事を変えていた。アルバイトを含めると、今まで数え切れないくらいの仕事をしたという。母親がサポート校のパンフレットを持ってきて彼に見せた時にも、学歴ではなく自分は中身で勝負するのだと思っていたが、夢中になれるものを見つけるためにはいいと考え直し、このサポート校へ入学したという。
 そして、今では整備の仕事に就くことを夢見て、資格を取ろうと考えているといった。アルバイトと社員との差の違いも感じた。だから資格を取って整備の仕事にきちんとつきたいと考えてのことだろう。
 生きることは楽しむこと。仕事も遊びも楽しめたほうがいい。夢中になって遊び、夢中になって仕事をするから楽しいのだ。人生は、輝いて生きること。そう話してくれた彼は、本当に輝いているように見えた。周りの生徒にも信頼されていて、しっかりした存在感があった。彼が自分の価値観を信じて、肩書きなどに振り回されずに、高校をやめることができてよかったと本当に思った。

■子どもは大人のミニチュアではない

 最近では、あちこちの地域で、いくつかの「不登校  親の会」に出席させてもらっっている。その印象では、親は、子どもの意見に耳を傾けている人とまだ傾けられずにいる人の二手にはっきりわかれているように思えた。
 子どもは、いつだって親を頼りにしたいと思っているし、親の愛情を求めている。しかし、上手に頼っていくことができないのは、目の前にいる親が、自分のことを受け止めてくれるだけの余裕があるかないかが、なんとなく感じ取られてしまうからではないだろうか。他人の私にさえ感じ取ることができるくらいだから、一緒に生活している子どもは、もっと敏感に感じ取っていることだろう。
 子どもは、日々、いろいろなものを見て、いろいろなことに興味を持って、感じて吸収している。そこにはまだ、いいとか悪いとかの価値判断はあまり存在していない。感じたことを素直に口に出し、大人にぶつけているだけだ。
 それなのに、話を最後まで聞いてもらえなかったり、パターンにハマったものの見方を押しつけられたりしていると、徐々に子どもは、大人への信頼感を失っていってしまう。けれど、多くの子どもは、大人を信じたいから苦しくて、その苦しみをどう表現してよいかわからずに、パターンから外れた行動をとって表そうとする。
 その結果の一つが不登校だろう。たまった不信感というストレスが、ある日、抑えきれなくなってしまった状態だ。私が訪れたサポート校で出会った子どもたちは、生徒会長の彼もふくめてみんな生き生きとしているように見えたが、その理由が、「自分に自信を持てたから」と考えるのは、私の考えすぎだろうか。
 子どもの視線は、大人の視線のミニチュアではない。大人に見えないものであっても、子どもには見えているものがたくさんあるのだ。自分だって、かつては子どもだったのだから、その気持ちはわかるはずだ、とも思うのだが、一度大人になってしまってから、子どもと同じ視線に立つことは、努力なしにはなかなか難しいことなのかもしれない。
 親が子どもを余裕を持って受け入れ、子どもと同じ視線から、子どもを理解するために努力することは、たぶん親の成長につながっているのではないかと思う。
 子どもは毎日成長していく。それに伴って親も一緒に成長していくことが、「共に育つ」という意味で、「教育」なのではないかと思った。 (■つづく)

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