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だいじょうぶよ・神山眞/第20回 高校進学阻止計画

■月刊「記録」2001年5月号掲載記事

*         *        *

 3学期というのは不思議なもので、始まったと思うと行事やら何やらに追われ、いつのまにか期末テストが始まってしまう。勉強を教えに中学生のところへぼくは向かっていた。
 中学生ともなると個人個人に机が与えられる。とはいえ自分の部屋に持ち込むことまでは許可されてはいなくて、みんなで食事をとったり、テレビを見たりする居間と呼ばれる部屋の端に、それぞれ場所を見つけて置くのだ。
 部屋の仲間同士というのは、普段はいろいろといさかいもあるものの、テストとはいえ同じ目的があると不思議と団結力を高めてゆくもののようだ。中3の子は中2の子に昨年出たテスト問題を貸してやり、ノートをとっていない子は頭のいい子に貸してもらっている。そんな風景はじつに微笑ましく「ああ、集団生活も悪くはないな」と単純に思ってしまうのだった。
 しかし、そんなムードにも染まることなくあいつだけはマイペースを貫いていた。遊び相手である小学生は床に就き、テレビも見れぬテスト期間中の深夜。もはやあいつにとってやるべきことは一つもない。口を半開きにし、ぼーっとした視線を宙にさまよわせるあいつ。冬になり、外気と内の気温さが激しいのだろう、片方の鼻をつーっと一筋の鼻水が伝わる。
「おい、まだ他の部屋明かりがついてるから、おれたちも頑張ろうぜ」
 部屋の仲間たちのそんな声が飛び交うと、ちらっとうつろな目でそっちのほうを見る。しかしすぐに不機嫌そうに元に戻すあいつだった。
 そんなあいつの態度がぼくにはどうにも不安だった。あいつは自分のこと以外にはまるで興味を示さないはずだからだ。

■嗜虐的な快楽!?

 学期テストを前に、我々職員にはやるべき仕事があった。高校に行かせることを阻止して、早いところ就職の準備をさせる。それが中三になった正利に対する我々の指導方針であった。
 そして具体的にぼくがとった方法は二通り。まず一つ目は、根気強く事あるごとに話し合いの場を持つこと。たいていの子ならばこれで納得する。しかし、あいつの我の強さが並大抵でないことを知っていた我々は、次の手段を打っておくことも忘れなかった。頭で納得させられないのなら、形から入り、生活習慣を変え、あいつにここ(学園)を出るのだということを、あいつの体を通して植え付けさせるのだ(具体的な方法は後述する)。 有名な観光スポットの一角にある我が学園。桜が咲く季節になると、このあたりは、観光客でごったがえすようになる。楽しそうに、カップルや家族連れがこの学園の前を通り過ぎる。それらの光景はぼくら大人にさえ、羨ましい光景に映る。だとしたら、親と離ればなれに暮らすこの子たちには、どう映るのだろう。
「おい、正利ちょっと、こっち来いよ」
 ぼくは居間のテーブルに来るようにあいつを促した。チビたちと遊んでいるのを妨げられた形のあいつは、見るからに不機嫌そうな顔でこっちに近づいてくる。
「そういやぁー、おまえどうすんの」
「……」
 相も変わらずぼーっとした顔をゆっくりゆっくりこちらに向けるあいつ。まるでぼくからの質問が飲み込めていないようだ。それはそうだ、あいつの進路のことは、我々職員が喧々囂々やっているだけで、あいつは蚊帳の外なのだから。
「おまえ、将来何になりたいか、考えたことある?」
 辺りで子供たちがバタバタと動き回る。なのにあいつだけ、まるで時が止まっているかのようだ。まるで反応がない。
「おまえ、高校行きたいとか思ってないか? もしかして」
「……」
 体をくの字型に曲げたまま、あいつはぼくを上目遣いに見る。ああ、そうなんだ。きっと、そうなんだ。ぼくにはピーンときた。きっとあいつは高校に行きたいのだ。いや、厳密に言えばそうではない。あいつは高校を目指している連中と同じ待遇を受けたいのだ。学校でも学園でも。
「おまえなぁ、無理。悪いけど、無理」
 ぼくの非情な言葉にムッとした顔であいつは、再び視線を床に落とした。
「おまえなぁ、成績表見たろ。な、無理なんだよ」
「……」
 相変わらず無反応なあいつ。それでも見れば手に何か文具らしきものを握り、ごちょごちょとこねくりまわしている。おれの質問に心と脳は休めの体勢なのに、何だよその手は! 聞いてんのかこいつはおれの話を! おれはだんだん腹が立ってきた。この薄汚い身の程知らずの野郎に。だいたい虫がよすぎるんだよ。大学を出たぼくがいまだに毎日、幸福感も味わえずにいるのに、おまえみたいな無学文盲の人間に幸福感も充足感も与えてなるものか。ああ、無性に腹が立ってきた。(■つづく)

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