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だいじょうぶよ・神山眞/第18回 進路の選択(前)

■月刊「記録」2001年3月号掲載記事

*         *          *

 こんなに他人に振り回された年ははじめてだった。
 それにしても少し気になるのは、正利の姉の直子のことだ。年に数回会いに来て、正利の送り迎えのときにいつも二言三言挨拶を交わすくらいで、ぼく自身は彼女のことをよくは知らない。しかし、その先生も彼女のことをあまりよくは言わないのだ。ぼくと同い年の直子。仕事は水商売。それは服装に表れていて、鈍いぼくでさえ一目でそれとわかったほどだ。まぁ、どんな職業だろうと、将来的に正利の面倒さえ見てくれれば、それでいいわけだが、そうスムーズにはいきそうもない感触を職員たちは正利と直子の関係に抱いていた。

■3つの選択肢

 年が明けると、会議に追われる日々が続いた。まだ進路の決まらぬ子、問題行動が多く担当の職員を変えなければならない子、就職が決まり社会経験を積ませるためにアルバイトを始める子……。我々職員にはやらなければならないことが山ほどあった。正利に関しては、このまま普通学級進級でいいのか? という問題が議題に上がった。1年後の正利の進路には大まかに分けると3通りの可能性がある。就職、高校、養護学校進学の3つである。
 15歳での子供の就職は、建築業を中心に就職先自体はあるにはあるのだが、そこから先がイバラの道になる。15歳で施設を出て、仕事をそのまま順調に続けていったなどという例はこれまで皆無に近い。だが1つめの仕事を辞めてしまうと、あとは坂道を転げ落ちてゆくようなものだ。彼らが仕事を失うということは、我々のそれとはだいぶニュアンスが違うのだ。
 まず、最初に学校や施設の紹介で斡旋してもらった働き口には、我々の配慮で必ず寮がついている。ここがポイントで、つまり、仕事を失うということはイコール住む場所も失ってしまうということなのだ。この時点で、彼らは家無し、金無し、相談相手無しという最悪の状態に陥る。15歳で就職を選択するということは、家族など面倒を見てくれる誰かの存在なくしては、非常にリスクの高い賭けみたいなものなのである。
 正利の場合、もしも全寮制の知的障害者のための更正援護施設に入っても、あいつのように中途半端に自意識と能力があると仕事を続けることは結構難しい。とはいえ施設を飛び出してみても、その頃はすでに外の世界とのレベルの差が埋められないほどになっていてたいがいは通用しない。結局どこにも所属できず、その日暮らしの生活に墜ちていくことになるのが目に見えてる。
 では、進学はどうか? と考えると、オール1の成績の正利では、まず、公立の高校は無理だ。かといって高額の入学金、学費がかかる私立への入学など、当時の施設事情が許すはずもなかった。では、最後の選択肢である養護学校。しかし、ここに入るには「愛の手帳」を取得して知的障害者として国から認定される必要がある。けれど一度この道を選択してしまうと、二度と元には戻れぬことから、選択することはさすがにぼくにも躊躇された。
「愛の手帳」を取得することは、障害者としてのレッテルを貼られるということに他ならない。それでいて、正利のような知的障害者と健常者のすれすれのケースでは、重度の障害者のようにまとまった額の年金を受け取ることができるわけでもない。また、「愛の手帳」があるかぎり、養護学校を出ても、もう二度と一般就労は出来なくなる。どこかの障害者更正施設の作業所に所属するという手段もあるが、こういう場合の月給はせいぜい1万円とか2万円で、一人暮らしをするには経済的に無理が出る。生活に必要な介助者を雇うにしても、介助費が公から出ることはない。グループホームに入るにしても、月に8万から10万円は納めねばならず、これも到底無理になる。
 そういうわけで、親がいて、経済的な援助があり、グループホームに入ることができる環境にあるか、家から通所で作業所に通えるケース以外では、「愛の手帳」のメリットは微々たるものになってしまう。
 それに正利はよくいじめられた。「しんたい」だの「しんしょう」だのと、正利のことを同い年の男の子たちがはやし立てるのだ。彼らにしてみれば、覚えたての言葉をわずかばかりの知識に当てはめて、正利のことを身体障害者のイメージで捉えていただけのことだろうが、言われたほうの正利は不満らしく、そのたびに、わざとらしく目つきを鋭くして、不機嫌極まりない顔でぼくにこう訴えてくるのだ。
「せんせ、あいつらおれのこと、しんたいって、よぶのよ。せんせのほうから、ちゅういしてほしいのよ。おれはしんたいなんかじゃないのよ」
 …あいつときたら、能力は未成熟なくせしてプライドだけは高いんだ。
 正利の気持ちはいつも矛盾していて、友達に「しんたい」と言われると「おれはしょうがいしゃじゃない」と言う。けれど児童相談所のお姉さんに優しく「愛の手帳」の取得を勧められると「あー、はい、とりたいんです」と、すぐその気になってしまう。
 そんな気の変わりやすい正利に「愛の手帳」をとらせてしまうのは、どうなのだろうか。 (■つづく)

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