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保健室の片隅で・池内直美/第18回 不登校児の親も闘っている

■月刊「記録」1999年7月号掲載記事

*            *            *

 通信制高校四年のときに、朝日新聞茨城版のための取材を受けたことがある。「ぴーぷる」という欄で紹介されるということで、その名の通り、私という一人の人物の取材に来たのだという。取材のために、私の前に現れた記者さんは、意外なほど物事を「知らない」人だった。
 それまで、何度も取材を受けたりしたけれど、物知り記者さんに会ったことはあっても、その逆の記者さんははじめてで、一時間くらいで終わる予定が、結局六時間にもおよぶ、かなり疲れる取材になった。
 フリースクールや通信制高校を知らない記者さんには、とにかく今現在、自分が置かれている状況を説明するために、一から十まで話をしなければならない。彼なりに、私のいっていることを理解しようとしてくれているのだが、数学のように答えが明らかになるものではないから、どうしても理解できなかったらしい。
 また、取材の席には、同じ学校に通う友人にも同席してもらったのだが、私たち二人が感じる悩みを、どうやっても理解してもらえなかった。
 どうして生まれてきたのか、どうして私じゃなきゃいけなかったのか、どうして生きて行かなきゃいけないのか、なぜ人は死ぬのか、友達とはなんなのか、クラスメイトとはなんなのか。
「私の体に入る心は、私じゃなくて、他の誰かでもよかったのに」
 彼からしてみれば、こんな感覚は自分の感じたことのないものだったのだろうか。だから、どうとらえればいいのかわからなかったのだろう。ボールペンで頭をかいてうなっていた。
「簡単に言ってしまえば『昔の私は、自分を上手に表現できなくて、自分自身からも逃げ出したかった』んです」。そうやってまとめてあげると、今度は、簡単にまとめないでほしいといわれてしまう。
 私だって簡単にまとめたくはないのだ。あの頃は、毎日死ぬことだけを考えていたし、自殺をすれば本当に死ねると思ったし、でも生き返って楽しい生活を送れるようになるような気もしていた。心のなかには、なんともいえない葛藤があったし、晴れない霧のなかで、一人でもがき苦しんだりもしていたんだ。それを、たった一言なんかで片づけるなんて、たまったもんじゃない。
 自分の居場所を見つけることができなかったというと、「その居場所とは、どういうところなのか」と聞かれた。でも、感情を辞書に載っているような言葉に直そうとしても、できるはずもない。安心感を持てる場所とか、本当の気持ちをうち明けられる友人がいるところとか、遠回しに遠回しに話すしかないのだけれど、うまく伝わらない。
 さらに一緒にいた友達が、「離人感」とか、「自傷症」とか、むずかしい言葉ばかりを使うから、記者さんはますます混乱してしまった。絵を描いたり、自分の経験談を話してくれて、「要はそういうことなんじゃないの?」と聞かれたが、二人でずっと首をふり続けていた。一言で説明できるような簡単なものではない。
 たとえば、自分を見ているもう一人の自分がいる。その、もう一人の自分のほうが、本当の自分のように思える。じゃあ、いま話をしている自分は誰なのか? それもやっぱり自分自身だ。現実的な言い方をすれば、話をしている自分しか世のなかには存在しないはずなのに、自分のなかにだけ、もう一人の自分が存在してしまう。それが「離人症」の感覚なのだ。

■一瞬のためらいを消してあげたい

 先に、死んでも生き返って楽しく暮らせるようになると思うと書いたが、死ぬのは現実の私のほうだ。もう一人の私は死なない。そして生き残った私は、前世の記憶を持ったまま、もう一度楽しく暮らせるような気がしてしまう。あの頃は、人生をやり直したかったのだ。人生がやり直せると、信じていたのだ。
 それが記事になるのはもう少し先のことだから、彼がどう私をとらえ、どういう紹介をしてくれるのか まだわからない。
 一〇〇のことを知らなければ、一のことも書けない気持ちもわかるから、がんばって取材を受けたけれども、記事になったものはしょうがないと、それを受け入れることになるのかなぁ。
 彼と私たちとの違いは、「細かいところまで気にするかしないか」に思えた。その違いが大きいのだと思う。たとえば、電話にしてもそうだ。私の部屋には、直接私につながる専用回線を引いてあるが、それは、インターネットをやるためだけのものではない。
 たとえば、私に話があって、私に聞いてほしいことがあって電話をしてきた人が、私の親が出た時に、一瞬の後悔を感じてしまう。私にかけて、親が取る。親から私につながるまでの約一分間に、「長電話はダメよ。夜遅いんだから、早く切りなさい」というようなことを、母が私にいっているんじゃないかと気にしてしまう、といわれたことがあった。事実、親からそういわれたこともある。また、私も人の家に電話をかけた時に、そう感じることがある。
 だから、その気持ちはわかるのだ。ただの友達からのおしゃべりの電話なら、それでもいいけれど、私のところには不登校や自殺未遂をしている子からもかかってくる。せっぱつまって電話をしてくる彼らの不安を、一つでもなくしてあげることが私にできることの一つと感じたからだ。
 電話をかけてくる時、彼らはきっとコールが鳴っている間中、ずっとドキドキしているだろう。でも、私に話があって、私と話がしたくて電話をしてきてくれている。だから、電話をかけてきたことを、後悔させたくはない。
 電話を取った瞬間に、「この声聞いたら、安心すんねん」といわれたり、「少しだけ話し相手になってもらえますか?」といわれたりすると、私自身もホッとする。送られてくるファクスからも、本当に小さなことでくよくよ悩んでいる姿が見えてくる。でも、彼らにとっては大きなことなのだ。
 そして、そんな彼らに頼られている私からみれば、彼らにわたしてあげられるものより、彼らから受け取っているもののほうが、はるかに多い。
 彼らから何を受け取っているのか、うまく説明はできないけれど、相手を必要とする気持ちを「わかち合う」ことから生まれるパワーは、大きなものだと感じている。
 また、ファクスには、実際に「パワーをください」という一言が添えられていることが多い。パワーってどうやって送ってあげればいいのか、はじめのうちはわからなかったけれど、やがて、なんとなくわかるようになってきた。相手が、自分の存在を認めてもらいたがっている時に認めてあげること。私が心のなかで、「がんばって」と念じてあげること。それだけでいい時もある。
 時間を指定されることだってある。四時半にバイトに行くから、その時に背中を押してほしいといわれる。何か言葉を贈るのではなくて、彼が私を思う瞬間に、私も彼を思うことが、彼にとっては大きいという。
 気持ちの問題だと片づけてしまうなら、勇気とか希望なども同じものだと思う。気持ちが強くなれた時には、本当の力以上の力が出る。私が彼らの「気持ち的力」になれているのだとしたら、それは幸せなことだ。
 あるお宅におじゃまをして、学校に行っていない小学生の女の子と遊んできたことがある。じつは目的は、女の子と遊ぶことよりも、お母さんの不安感をなくしてあげることだった。お母さんと話をしていて、そのほうが必要だと感じて会いにいったのだ。客観的な目を持って接してあげられる人が側にいると、頭のなかでゴチャゴチャになっていることがまとまることもある。
 そのお母さんは日記帳を取り出して開き、子どもが使っていた連絡帳やカウンセリング機関の予約カードも持ってきて、女の子が学校に行かなくなってから、保健室登校をし、教室へ行くようになり、そしてまた学校に行かなくなるまでの一年半のプロセスを話してくれた。
 日記のなかには、お母さん自身が逃げ出してしまった日のこと、一番の話し相手と電話した時のことなどが記されていた。電話で話をしている時は、楽しくて笑ったりもしているが、電話を切った瞬間に、どっと落ち込んでしまうのだという。
 また、電話の相手が、同じ年頃の子どもを持っている人だったため、小学校六年生の最後の一年くらいは学校に行かせるようにしないと、子どもにとってなんの思い出もなくなってしまう。すると将来、後悔することになると思う、といわれてプレッシャーを感じたり、落ち込んだりしたという。気の休まる時もないようだった。自分を理解していると、口でいってくれる人は多いが、本当に理解してくれている人は少ないという。

■しつけに正しい方法ってあるの?

 女の子のお母さんは、子どもが学校に行かなくなったときに、「親の教育が悪いのだ」といわれてしまった。そんなことをいわれれば、たいていの親は落ち込んでしまうだろう。そして、女の子が保健室登校を始めたときには、今度は「子どもががんばったからだ」といわれたという。
 たしかに子どももがんばった。だけど親もがんばっているということを認めてくれる人は、あまりいない。そして子どもが再び学校に行かなくなると、「親は何をしているのだ」とまた責められた。
 親が一番がんばっているのだということを、世間は知らない。子どもが教室に行くようになった時にも、このお母さんはずっと学校についていった。子どもを学校まで送り、「帰っていいよ」といわれるのを待って、いったん自宅に戻る。そして、帰宅時間に迎えにいくと、子どもから「友達と帰る」といわれて一人で帰る。それでも黙って、子どもが自分で何かをしようとする意思を大切にし、見守り続けたお母さんの努力は、一体誰に評価されるのだろう?
 子どものしつけ方を、何が正しいとか正しくないなどと決めつけることは難しい。何気ない一言が、子どもの心を傷つけていることもあれば、何もしていないのに、人となじむのが苦手に育ってしまう子どももいる。
 同じ親に育てられた兄弟のなかにも、広く友達づきあいができる子がいれば、まったく人となじめない子だっている。親が思っているように子どもを作り上げるなんてことはできないのだ。
 私と姉は、小学校の途中で転校した。それをきっかけにして、二人とも同じようにイジメを受けたが、そんなことをまったく気にしなかった姉と、それが原因で人を信用できなくなり、のちに学校へ行かなくなってしまった私は、同じ親に、同じように育てられているのだ。
 私のほうは、生まれつき人と話すことが苦手だった。人混みにいくと、自分は何も悪いことはしていないのに、何か悪いことをしてしまったような感情におそわれた。そんな私の性格には、親だって気づいていただろう。だからといって、どうすることもできなかったのだ。
 学校へ行かなくなりだすと、もちろん親から文句をいわれた。私は口では反発しながらも、どこかで文句をいわれるのを期待していた。まるで幼児のように、かまってもらいたかったのだ。だから、何もいわれない日には、「もう見捨てられたんじゃないか」と逆に心配したりした。
 勝手な感情しか抱かない子どもを見守り、励まし続けている親が、本当は一番がんばっているのだ。一番評価されなきゃいけない存在なのだ。まあそれは、小さなことでクヨクヨ悩まなくなった今だからこそいえるのであるが、がんばっているたくさんのお母さんに対して、改めてエールを送りたいと思う。 (■つづく)

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