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だいじょうぶよ・神山眞/第17回 正利の脱走・2

■月刊「記録」2001年2月号掲載記事

*          *           *

 真夜中。学園から脱走を図ったはいいが、小学生の隆志を連れ、行くあてもなく途方に暮れかかっていた正利に、突然、珍しくアイディアが浮かんだ。
「そうよ。おねえちゃんのとこ、いけばいいのよ」
 金沢八景にいるお姉ちゃんのところへ行けば、何もかも解決するだろう。正利はそう思ったのだ。
 距離にして彼らの位置からおおよそ30キロ、細かい道順も分からなかった。けれど正利にはいけるような気がした。彼は隆志を連れて線路沿いに金沢の方向へ歩き出した。電車に乗ればアッという間の距離である。最初は順調であるかに感じていた正利であったが、どんなに歩いてもなかなか距離が縮まらないことに気づきはじめた。
 始発電車が動く頃になって、なんとか二人はある駅にたどり着いた。距離にして4~5キロ、時間にして1時間ちょっと。学園のある駅から二つ目の駅で、二人は歩くことをとうとうあきらめた。
 そもそも隆志にしてみれば、動機などなにもなかった。ただ、正利君に誘われたからついてきただけだ。このままどこまでいっても無駄足だ。そんなことが小学生である彼にもぼんやりとわかってきた。
「正利君、どうするの?」そう聞こうと彼を見上げた。 するとそこには、ただボンヤリとした正利が両手をぶらんとさせて突っ立っていた。
 隆志は話しかけるのをやめた。
(ぼくが思うに、いつもこうだ。正利という奴はいつもこうなんだ。さんざん人を巻き込んでおいて、あとのことは人まかせ、気の向くまま。何も考えていない。何の感情もない、本当に無責任な人だ)
 締まりのない口を半開きにし、疲労と睡眠不足と空腹だけを漂わせて突っ立っている正利。その横で隆志は、仕方なくまわりをキョロキョロと見回した。
「あ、」
 隆志は、突然びっくりしたような声を上げた。
 「ここ、ぼくのお父さんが住んでるところだよ!」
 偶然にもその駅の近くには隆志の父とその内縁の妻が住むアパートがあったのだ。
 二人は何も考えず、隆志の父の住むというアパートに行き、ただただチャイムを鳴らし続けた。隆志の父が叩き起こされて出てきた。こんな朝早くからいったい誰なんだ・ ドアを開けるとそこには施設に預けられたはずの小三の息子と、ぼーっとした焦点のあいまいな小汚い中学生が立っている。
 隆志の父は急いで学園に電話をした。
「いったい、おたくの施設はどういう管理をしているんだ! ふざけんじゃねえぞ!」
--そういう経緯であった。

■これぞまさしく「禊」

 ぼくたちは二人を無事に学園に連れ戻した。けれどここからが我々職員にとってもう一仕事なのである。早くお開きにしてしまったほうがお互いに楽なのは間違いない。しかしそうしたらそうしたで、周りの連中にこう言われるのである。
「神山先生、やる気ないんじゃない」
「あんなんだから、正利出ていっちゃうんだよ」
「今回のことは重要よ。ちゃんと総括して、私たちに報告する義務があるはずよ。今は情報公開の時代よ」
 …あほらしい。で「禊」だ。そう、禊みたいなもんだ。これをやって、あと悔しそうに落ち込んでいれば、誰も文句はないはずだ。そうふんぎりをつけてみても、あいつを目の前にすると、絶望的な疲労感がぼくを襲うのだった。
 まるで魂を抜き取られたかのような正利。隣の小学生の隆志が悲痛な顔をしているのとは実に対照的だ。
 そんな間抜け面の正利も主任の問いかけに「はい」とか「いいえ」とか答えている。ぼくと二人っきりだったら、うんともすんとも言わないくせしやがって、調子がいいんだよ、このあほづら野郎。
 その場にいるだけでムカムカする。正利のせいでこの1、2週間ずっとこうだ。もういい加減にしてほしい。今の状況からぼくは一刻も早く解放されたかった。
「正利はどうしますか」
 主任に聞かれ、思わず「あー、もうちょっとここで話をします」と答えてしまった。ああ、なんて面倒くさいことを選択しちまったんだ。そう後悔し、ふと、あいつの顔を見ると、その顔にはさっきと違う強いものがやどっていた。その表情は、明らかにふてくされた態度も見えるし、ぼくを小馬鹿にしている表情にも見えた。
「おい、おい、脱走までしたのに、なんだよ! 早く自由にさせろよ。お前の言ってることはよくわかんねえんだよ!」今にもあいつの口から、そんないつものあいつとは違う、荒々しい言葉が出てきそうだった。
 後日、他のどの職員に話しても、誰もが「えー、あの正利が」と、誰もとりあってくれなかった。しかし、たしかにそんな態度を見たのだ。間違いない。なぜならそのときの態度を、7年後の今もぼくに取り続けているのだから。 (■つづく)

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