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だいじょうぶよ・神山眞/第16回 正利の脱走

■月刊「記録」2001年1月号掲載記事

*           *              *

 正利変態事件翌日の起床時のことである。いつも大きな声広美先生が、いつもより一層大きな悲鳴を上げていた。なんと正利がいないというのだ。
「何がどうしたっていうんですか! …あーっ、あいつもしかして、脱走ー!」
 あーあーやってくれたよ正利の野郎! あいつの寝床を見に行くとまるで誰かがまだ寝ているかのように布団がもっこり膨れ上がっている。うまいこと掛け布団の下にタオルなんかを入れて人に見立てていやがる。その細工の仕方にはあいつらしからぬ創意工夫のあとが見られた。
「先生っ! 隆志もいない!」
 ぼくに追い打ちをかける広美先生の声。最悪だ。あいつ、小学生のチビまで連れてっちまいやがった。これはやっかいなことになったぞ。

■受話器の奥の怒鳴り声

---脱走---
 子供が自分の意志で施設を抜け出したとき、職員の間ではそれを「脱走」と呼ぶ。他の悪事と違って「脱走」がやっかいなのは、まずすぐに見つかることはないことだ。子供の逃亡が無軌道なあまりにではない。むしろ子供の行動範囲など、我々の予想の範疇だ。それなのに見つからない。不思議なことに子供の近くまで来ていても、なぜかすれ違ってしまう。それが「脱走」のいつものパターンだ。
「脱走」にはおおまかに分けると2つの種類がある。「本当に逃げるから探さないで」というのが1つ、そしてもう1つは「逃げるけど、とりあえず探してくれ」だ。前者は男を作った女子に見られるタイプで、後者は悪いことをしてしまったあとの免罪符代わりの逃走パターンだ。では正利は? なにかどちらにも当てはまらない気がした。あいつは何も考えていないだろう。考えていないぼーっとした空っぽの頭のほんの隅っこに、幼き母親と妹との逃亡生活が甦ったのだ。
「にげるのよ。にげるのよ。何かつらいことがあったらにげるのよ。かなしいことがあったらにげるのよ」手に取るようにあいつの考えが浮かんでくる。なんて勘違いも甚だしい気持ちの悪い生き物なんだろう。そして同時にぼくは、自分のことが気持ち悪くなった。
「あいつのことばっかり考えているから、あいつの考えがわかっちまう。しかもきっとかなりの確立で当たっている。ああ、なんて気持ち悪いんだ。親の気持ちも彼女の気持ちも友達の気持ちも考えたこともないこのぼくが、なぜ、こうあいつのことだけは考えすぎてしまうんだ」
 とにかく何よりもあいつを探さなければならなかった。事件慣れした子供たちはいつもと変わらぬ様子であっちこっちでやかましくしている。そんな子供たちのなかをかき分けて、ぼくは車のエンジンをかけに行こうとした、
 そのときである。事務所から「神山先生!」という叫び声が聞こえた。ドアの前から手招きされるまま事務所に入ると、事務員の女の人に「正利君見つかりましたよ」と耳打ちされた。彼女の向こうでは、主任が苦り切った顔で電話の応対をしている姿が見えた。
「ですからそれはそれとして、今からお迎えにあがりますから」
 と言うやいなや急いで受話器を耳から遠ざけている。するとかなり離れたところに立っているこちらにも「てめえ!「ふざけんな!」などのやくざ言葉が聞こえてくるのだった。
(何だかやっかいなことにまた、本当にまた、なっちまったんだなぁ)
 あいつに振り回される毎日。本当に嫌になっている自分に僕は気づいた。
「神山先生、迎えに行きましょう」
 主任の大きな声でぼくはふと我に返った。
「先生、正利、どこにいたんですか? あのやくざみたいな怒鳴り声は誰なんですか・」
 矢継ぎ早に質問するぼくを焦るんじゃないとばかりに、まあまあとなだめて、主任は自ら車を出すと、ぼくを助手席に招き入れた。
 車は正利のいる場所へと走り出している。だがぼくは、あいつと会うのがなんだか嫌で嫌でしょうがなかった。
           *
 秋も深まり明け方近くともなると吐く息は白かった。そんな時間に顔色の悪いひょろっとしたまぬけ顔の中学生が、色の濃いクリッとした目の少年を連れて歩いている。冷え込む外気のなかで2人の格好は驚くほど薄着だ。誰が見てもそれは異様としかいえない光景だった。
「どこ行くの・ 正利くん。泊まるところはあるの?」「うるさいのよ。隆志は。すこしだまってるの」
「………」
 しかし、いざ隆志が黙り込んでしまうと正利も不安になってきた。
(どうしようか…)そこでいつものとおり大袈裟にわざとらしく腕組みをした。すると、いいアイデアが浮かんできたのだった。 (■つづく)

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