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だいじょうぶよ・神山眞/第15回 職員室の和恵先生

■月刊「記録」2000年12月号掲載記事

*          *           *

 正利を保母室から引きずり出し無理やり話し合いを終え、職員室に戻ったぼくを待っていたのは和恵先生だった。
 変態まがいの事件を起こした正利への管理責任を問われ、ぼくは保母たちにやりこめられるだろう。そう覚悟して上目遣いに見上げたぼくに、和恵先生は少し同情的な顔をしてため息をついてくれた。
「はぁーっ」
 ぼくの気持ちもわかるけど、そうはいかないのよ。それはそういうため息だった。

■当面の問題は

 和恵先生の反応は、一つひとつがはっきりしていて面白い。このわかりやすさは子供たちからみると安心感にもつながるのだろう。ぼくの気分も少しほぐれてきた。「あのねぇ、そういうことじゃないんですよ。神山先生」
 ぼくが肩の力を抜いたのを見抜いてか、和恵先生が話しかけてきた。
「正利君の今、起こしている問題を、今すぐになくそうと思うのはやめにしましょうということを私は言いたいんです。彼は繰り返し問題を起こす。そう想定して私たちは物事に取り組むの。とりあえず今回は、正利君は他の子供の部屋に入っちゃだめ。それだけでいいでしょ? ってこと」
「まぁ、皆さんがそれでいいっていうならそれでいいんですけど、でも本当にそれだけでいいんですかねぇ。それがあいつのためになるんですかねぇ」
 言いながら、何を言っているのだ、ぼくは、と思った。楽にこしたことはないではないか。本当は和恵先生の言葉に諸手をあげて賛成したいくせして。ぼくは建設的な意見を口にしてしまっていた。もしかすると、和恵先生にのせられているのかもしれない。
「神山先生にはね、正利君のもっと先の将来のことを考えて指導してほしいんです」
「なるほど…」
「あの人、高校に行くつもりでしょ?」
「はぁ、本人は行きたいというよりも、行けるんじゃないかなんて漠然と考えているみたいですね」
「そこ。そこそこ。そこがあの人の問題よ。あの人、何もわかってないのよ自分のこと」
 これは和恵先生のクセだ。彼女は、しょうもない人のしょうもない話をするとき、いつもあの人、という呼び方をする。
「いい? 神山先生。あの人は勉強ができるわけではないの。運動もできない。愛想がいいわけでもない。なのに、なのによ。ここからが本当の問題よ。なのにあの人は怠け者なの。朝は起きない。顔は洗わない。歯も磨かない。ね、そうでしょ。布団はたたまない。掃除はしない。服は洗わない。ね? ね? そうでしょ。私たちいつもそれをあの人の能力のせいにして、そういうの見落としてきたの。だけど、そういうときじゃないわ。どう考えてもあの人、高校に行くのは無理なんだから、15歳で社会に出るのよ。そうしたら、身のまわりの基本的なことができたほうがいいと思うのよ。とにかくあの人、怠け者なんだから」
 そういえば和恵先生は怠け者が大嫌いだった。そして言われてみればそのとおりだった。ぼくはあいつの並はずれた言動ばかりに目を奪われ、心を煩わされていた。だが、山積みにされた細かい問題もたしかにあるのだ。 能力ゆえとあきらめてばかりいないで、そっちをどうにかするほうが、たしかに先決かもしれない。
「じゃ、とにかく明日は身のまわりの物でも整理整頓させますよ」
「神山先生、いい? 正利君には神山先生が絶対に必要なの。それは学園を卒業してからもですよ。つかず離れず長い目で、ずっと正利君とつき合ってあげてください。神山先生は正利君のこと好きでしょ? 愛しちゃってるでしょ? ね?」
 愛しちゃってる……? 愛しちゃってはいないはずだが、たしかにこのままではイケナイと思い始めているぼくがいた。和恵先生は人をのせるのが上手かった。ぼくはこうやって、徐々に暗示にかかっていくのであった。
■そして再び問題が

「あれー!? えー!? あー!!」
 正利変態事件翌日の起床時。いつも大きな声の広美先生が、いつもより一層大きな悲鳴をあげている。
(何だよ! 朝からうるせえなぁ!)
 ぼくは心のなかでそう思い、小さく舌打ちをした。だが、どんなときも明るく保母さんには声をかけてあげなければいけない。それがこの学園での保母同士のつき合い方だった。
「どうしたんですか? 広美先生」
「はぁー! どうしたもこうしたもないよ! 神山先生! 正利いないじゃん。はーっ、昨日の今日だよ? どうしてくれる?」
「えーっ!!」
 ぼくは負けず劣らぬ大きな声を出していた。 (■つづく)

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