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だいじょうぶよ・神山眞/第14回 無反応の深海魚

■月刊「記録」2000年11月号掲載記事

*        *          *

「お前、小学生のチビたちに何したの?」
「……」
 何があっても口を開かないと決意したらしい、あいつのどんよりしたままの、しかし深海魚のように無反応に押し黙ったままの顔をぼくは見下ろした。
「おい、聞こえねえのかよ」
 ぼくは思わず声を荒げた。捨てられたも同然のこいつの家に、借金の取り立て人が来るたびに、押入に隠れてうずくまり相手が帰るのを待つしかなかった。その生活がもたらしたのだろう正利の頑なさの前に、ぼくは屈しそうになったのだ。
「何したって言ってるんだよ!」
 小学生のチビたちを集め、一列に並ばせパンツを下ろし顔を埋めていったという。虐待というか、もはや変態というべきか。ぼくは保母室に正利を呼び出し、問いただしていたのだった。

■ぼくはもう知らない

 強い口調で問いただすと、あいつは眉間にシワを寄せ、相変わらず唇を出っ張らせてぼくを見上げた。
「お前が何をしたか、オレはもう知ってるんだよ。高村先生に聞いたんだよ」
「……」
 それでも押し黙るあいつを前に、ぼくは次第に逆上してきた。
「オレはもう信じられないよ! おまえアホじゃないのか!? いったいなんだんだよ! お前ってやつはよ!」「……」
「何か一言でもいいから言ってみろってんだよ!」
「……」
 だが、襟首をつかみあげる直前まで来て、唐突にぼくは我に返った。そうだった。だめなのだった。どうせ何を言っても反応などありはしないのだ。相手に屈しそうになる気持ちのほうがまだしもだった。急に心の底から、もっと大きな情けなさに近い気分が湧いてきた。無力感というやつだった。
 毎回、毎回、問題を起こしてはぼくを手こずらせ、けれど面と向かえば押し黙ってしまう。怒ろうが諭そうがテコでも口を開かない。どんよりとした目で石のように黙る。
 その反応が、やつの生い立ちから生まれたものだと感じている間、ぼくは、あいつに屈しそうになり、逆上までしかけた。けれど、何かが違うのだ。こいつは、そういう同情だけでまともに向かい合える相手じゃない。
 そうだった。ぼくはふと、そのアホ面を見ながら思った。
 ああ、こいつは知的障害者だったっけ――
 だけどな、おまえがまるっきり知的障害者だったなら、ぼくだって対処のしようがあるんだ。けれどな、おまえはぎりぎりIQ80、やることといったらその辺の根性の悪いクソガキと同じじゃないか。やることだけマトモで、いざ面と向かうとIQ80。そりゃないぜ。ぼくとおまえはアカの他人なんだぜ。どうしてぼくが、こんなにおまえのために身をくだかなくっちゃならないんだ。
 もう、こんなやつ、どうにでもなってしまえばいい。 どうでもいい。もういい。放っておこう。勝手にやってくれ。ぼくはもう、おまえにかかわり合いたくないんだ。
「もういいよ。話できねえんだろ。出てけ、出てけよ」 あいつのシャツの袖口をつかんで引っぱり、ぼくは無理やり部屋から追い出した。突き飛ばすようにして外へ出し、強くドアを閉める。
 あいつのことは、もう相手にしない。
 無理やりそう決めた。
そうはいかないのよ
 正利との話し合いを無理やり終え、ぼくは職員室へ向かった。きっと担当としての責任を問われ、保母たちに次々と手厳しいことを言われるだろう。だが、もういい。あいつのことで怒られるのなんか慣れっこだ。それに、もうあいつのことはとにかくどうでもよかった。
 しかし戸を開け、室内に入ると、そこにいたのは和恵先生一人だけであった。背筋をいつものようにピンと伸ばして座る和恵先生。彼女の顔を見ると、なんだかやっぱり少し気後れを感じた。
「あのぉ、本当にいつもすみません」
 上目遣いで盗み見たぼくの目に、和恵先生の困ったような笑みが返ってくる。
「誰もねぇ、神山先生のことなんか怒ってないのよ。もう、正利君のことはしょうがないと思いましょうよ」
 意外な展開だった。怒ってはいないらしい。
「そうですね。じゃぁ、いい機会だからあいつのことはあきらめますか?」
 なかば本気で、冗談に紛らわせてぼくは言ってみた。「はぁーっ」
 和恵先生は大げさにため息をついてくれた。わかるけど、そうはいかないのよ、というため息だった。 (■つづく)

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