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保健室の片隅で・池内直美/第13回 犯罪者はいつでもどこでもみられている

■月刊「記録」1999年2月号掲載記事

*         *          *

 少年犯罪があとを絶たない。九八年の少年犯罪件数は、聞くところによると、八年ぶりに何万人かを突破し、なかでも殺人事件に関しては、史上最悪の数字を示したという。
 最近の高校生は、人前でも平気な顔をしてタバコを吸う。これについて、同じ未成年でタバコを吸う私は、あまり偉そうなことはいえないけれど、一応法律では罰せられるのだということを頭の隅においておかなければいけないと思う。
 ちなみに私は、その後禁煙に成功して、全然タバコを吸っていないし、タバコを吸っていた時でも、人前で吸うことはめったにしなかった。人前で吸うことは、それだけ相手に迷惑をかけることだから。
 犯罪にもいろんな種類があるけれど、本当に許せない気持ちになる事件が私の目の前で起きたことがある。
 アルバイト先のドラッグ・ストアで、口紅の万引きを目撃したのだ。

■口紅を手に隠した女の子達

 私は、自宅近くの大手のドラッグ・ストアでアルバイトをしている。ある日、高校生よりも少し年齢が高そうな、フリーターらしき女の子が四~五人、店のなかに入っていった。その直後に、休憩を終えた私が入っていったのだが、彼女たちは私に気づかなかったらしい。レジのほうを見ながら、さっと口紅を取って、手のなかに隠してしまったのだ。
 驚くほどあっという間の出来事だった。これが万引きだと悟るのに、まばたき二回くらいの時間はあった。
 驚きにしばらくぼう然としていたが、そのまま見すごすわけにはいかない。
 こういう時は、すかさずあいさつをするように、店の社員からいわれていたことを思い出し、「いらっしゃいませ!」と大きな声でいうと、彼女たちは、私以上に驚いた顔をして、こちらを振り返った。
 そして、その女の子たちとのにらみ合いが続く。
 口紅はまだ、彼女たちの手のなかにあった。一応、店長に状況を報告して、私はそのまま、店内をうろつきまわる彼女たちを追いかけた。彼女たちは、一通り化粧品売場を見て回ったあとで、棚の下のほうに置いてある商品を見ながら、みんなでしゃがみ込んでしまった。
 正直なところ、しゃがみ込まれてしまっては、手のなかの動きを確認することができなくて、手も足も出せない。けれども、どこからどう見ても、彼女たちはこれから万引きを行おうとしているように見えた。それを見すごすことはできない。そこで、店内を掃除しているふりをしながら、じっと彼女たちの様子をうかがった。
 もちろん、彼女たちだってこちらの動きをうかがっている。こそこそと話をしているが、一人が見張り役で、一人が犯人役と、きちんと役割が決められているように見える。
 ということは、今日がはじめての犯行ではないだろうから、当然慣れた手つきでその行動に及んでいるわけであり、私が彼女たちを捕まえられる可能性も少ないのだ。
 マニキュアを選ぶフリをしながら、手のなかで口紅を転がしている女の子がいる。ずっと彼女をマークしていたのだが、ちょっと目を離して振り返った瞬間に、今まで手のなかにあったはずの口紅は、もうなくなっていた。時間にして一〇秒もなく、本当にあっという間のことだった。
 万引きは、現行犯でしか捕まえることができない。どこまでを現行犯として認めるかは、店によって違うのだろうけれども、私の働いているところでは、商品を体のどこかに隠す、その瞬間を見なければ、現行犯としては認めないことになっている。だから彼女たちを現行犯として認めることはできなかった。
 ただ、彼女達に、自分たちの行為が、他人に知られているということを認識してもらいたくて、私は、その動きを見はからって、店の裏にある倉庫のほうへと走った。

■せめて、しまったと感じてほしい

 休憩に入っていた、化粧品担当の社員に同行してもらって、どの商品がなくなっているかを確認してもらおうと思った。細かい商品のうちの一つくらい、なくなってもわからないのではないかと思われるかもしれないが、消えたものは、ちゃんと一発でわかるようになっているのだ。そうこうしている間に、彼女たちはさっさと帰ってしまった。
 私は店長に、走ったことが間違いだったと注意された。
 彼女たちが帰った店内からは、若い人が好みそうな口紅が一本消えていた。そして、その一〇分後、化粧小物が置いてある棚の場所で、口紅は発見された。そこは、私とにらみ合っている時に、彼女達がしゃがみ込んでいたすぐ隣の棚だった。
 彼女たちが、どんな思いでこれを置いていったのか、どんな目的でこのお店に入ってきたのか、だいたいの察しはつく。ただ、この口紅を置いていってくれたことが、少しだけうれしかったと思う。
 店長は、私が走ったことが間違いだといった。つまり、彼女たちに万引きをやらせて、あえて警察に突きだそうということだ。
 その考え方も、間違いではないのかもしれない。一度警察に通報されれば、それで懲りるということもありうるだろう。だけど、何より大切なのは、捕まったからやめるのではなく、行為そのものが間違っていることを、認識してくれることだ。
 彼女たちは、私が走ると同時に逃げた。しかも口紅を置いて逃げた。自分たちの行為が、許されないものだとわかっていたからだ。やろうと思えば、持って逃げることだってできたのだから。それなりに、罪悪感を感じたことだろう。
 しまった、という気持ちでもかまわない。それなりに気まずい思いはしているだろう。罰を与えるよりも、自分を見直す時間を与えてあげたほうが、よっぽど彼女たちのためになるのではないか。

■図太くて悪質すぎる人々

 万引きは、昔からある犯罪だけど、お金がなくてやむを得ず万引きをする人は、最近ではあまりいないだろう。だいたいの人が、スリルを楽しんだり、日頃のストレスの発散のために、その罪を犯す。
 万引きをするのは、高校生だけではない。おじさんや、おばさんだってたくさんいる。みんな、その行為が犯罪にあたるのだという罪の意識は、なんだかびっくりするほどもっていないらしく、いくつもの商品をふところに隠してから、頭痛薬を持ってレジに並び、しっかりと領収書を請求する人までいる。
 そういう行動を取るのは、だいたいが主婦なのだが、その手口は、高校生よりもずっとずっと悪質だったりする。
 その日、届いた商品が一二個あったとすると、それをそのままそっくり、持参した空のケースと交換してしまう。そして、空のケースを持って店員の前にやって来て、「いつも欠品してるのね」と文句をつける。
 一度だけならまだしも、週に三度も四度も平気で繰り返す。あまりにも図太くて悪質だ。一個や二個の小物を万引きするならまだわかるけど、トイレットペーパーにティッシュ、薬をいくつかと化粧品を二点、それと空ケースを手に持って、おまけに手さげのバッグは大きく開かれている。
 テレビを見ていると、万引きで捕まった人はあまり警察に連れて行かれないようにみえるけれども、私の働いている店では、そんな情けはいっさいかけない。たとえ銀行員だろうが、公務員だろうが、警察に突き出すことにしている。この先そういう行動を取ろうとする人のためにも、しっかりと法の下に罰を受けてもらうことになっている。

■見ていないと思ったら大間違い

 ある夜、閉店間際に、進学高校に通う少年が入ってきた。彼は、今年、受験をひかえている。そんな彼が、コンタクトレンズ用の目薬を二つほどポケットに入れてもって帰ってしまった。
 お店を出た時点で、彼を捕まえられなかったのはこちらの落ち度である。これでは警察に突き出すことはできない。けれども、高校生の万引きを見逃したり、高校生のアルバイトが見ているなかで捕まえそこねると、あとあとやっかいなことになる。彼らの通う学校内に、「あの店は万引きしやすい」といううわさが広がってしまうからだ。
 そこで、社員の男の人が、お店を閉店させたあとで、学生のアルバイトを車に乗せて、少年を追いかけることにした。ふつうだったら、そんなことまでしないのだけれど、偶然、アルバイトに来ている子の学校の知り合いだったのだ。
 私たちは、彼に卒業写真をもってきてもらって、住所と電話番号を調べた。それから、少年の友達のふりをして家に連絡し、まだ自宅に戻っていないことを確認した。万引きをした人は、特にはじめての人は、興奮のためだろうか、家にはすぐに帰らず、店のまわりをうろうろするのだという報告が、あるらしい。
 社員の車は、車高がかなり低くなっている改造車だ。マフラーは取り替えられていて、騒音・轟音・爆音。ライトは青白い光を放ち、薬局の社員にはあまりにも似合わない車だ。これで、犯人の少年を捜してまわる。
 彼は、意外にも早く見つかった。轟音を立てながら幅寄せをしてくる車で追いかけられて、恐れをなしたのか、最初は逃げていた少年も、とうとう観念して、意外に素直に万引きを自供した。
 警察にこそ連れていかれなかったが、少年の反省は相当なものになっただろう。かなり厳しいお説教を、社員はクドクドと行ったという。もちろん、商品は返してもらった。
 まあ、この例は極端だとしても、ある程度の年齢に達していれば、反省するなり罪をつぐなうなり、その謝罪はいくらでもできる。けれど、むしろやっかいなのは、五・六歳くらいの幼い子どもたちだ。
 風船やガムなどを手に握って、お母さんと一緒にレジのほうにやって来る。でも、それをレジにいる私にはわたしてくれない。手のなかのものが、店の商品であるのか否か、きちんと見せてもらわない限り、私たちにもわからない。
 母親のほうも知っているのか知らないのか、別に気にもしていない様子である。子どもたちは、どこかうしろめたそうにレジを横切って帰っていく。
 子どもたちの親は、自分の買う物にだけお金を払えばいいと思っているようだ。買うことに一生懸命で、子どものことは見ていない。家に帰ってから、子どもが店の商品を握っているのに気づく親もいるが、一本、間違えているという電話をかけるだけだ。お金を払いに来てくれる人はほとんどいない。
 何より、レジまでやってきて、子どもと商品を置いて、また買い物に戻ってしまう親も多いのだ。そんな時、子どもの手のなかを開かせてみても、さすがにガム程度になると、売り物であるかどうかはわからない。親さえ子どもを見ていてくれれば、たくさんのトラブルが、なくなるというのに。
 店の隅の天井に、防犯カメラが置いてあるのを誰でも見たことがあるだろう。実は、防犯カメラは、あれだけではないのだ。ライトの裏に隠してあったり、小物の陰のほうに潜ませてあったり、壁と一体化させて、ピンポイントカメラを設置してあったり、あえて偽物のカメラを下げておき、本物を別の角度に備えているところもあるのだ。誰も見ていないから、やってもいいと思っちゃ大間違いだ。
 いつかは、どこかのカメラに映し出されて、罰を受けなければならない時がくる。誰でも、誰も見ていなければ、そして自分だけがよければ、何をやってもいいと思ったら大間違いなんだ。 (■つづく)

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