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元信者が視るオウム的社会論 第12回/富士山とサティアン

■月刊『記録』98年10月号掲載記事

元信徒が視る
オウム的社会論

第十二回

 富士山。
 日本一高く、日本一美しい山。
 そのすぐ麓でずっと生活していながら、一度も登ったことのない山。
 
 八月十二日、富士登山に行ってきました。上九一色村のサティアン群の見学も兼ねてです。頂上から見たら、果たして自分の「夢の跡」はどう見えるのか? そして、自分が青春の夢を追いかけた場所がどうなっているのか? それをこの目で確認したかったからです。
 五合目まで車で行き、そして約四時間をかけて日本の頂上まで登りきりました。予想以上に山頂は涼しい、いや、それどころか寒かったほどでしたね。
 頂上からの眺めはすばらしく、緑の樹海が一面に広がり、富士五湖や朝霧高原が一望できました。はっきりとした場所は特定できませんでしたが、この一角に毒ガス製造工場や銃の製作所もあったのでしょう。自分は教団在籍時、「厚生省」でも「科学技術庁」のメンバーでもなかったので、それらの殺人兵器を作っていた現場は見たことがありませんが、富士山頂からの美しい眺めと対比させるとあまりのアンバランスさに、当事者の自分ですら「え、あれは本当だったのかな?」という気分になってきました。
 下山後、山麓を散策するとますますその気持ちは強まってきました。毎日のように眺めていたはずなのに、富士山がとても美しく見え、そして周辺の木々や花も訴えかけるように自分の目の中に飛び込んできました。数年前までは、この風景をいつも見ていたはずなのに…。
 オウムにいた時、次のような修行がありました。呼吸を圧迫し、第三の心臓である横隔膜を鍛えるという触れ込みで、目の部分だけに穴を空けた覆面を被り、富士宮の道場から上九一色村の道場まで約二時間をかけて歩くという修行です。それを朝夕二回、日課のように繰り返していました。
 澄んだ空気を吸いながら、美しい山野のなかを歩いていたにも関わらず、当時は一度も自然のすばらしさを感じることはありませんでした。目の前にある富士山を見ても、ただの物体にしか見えませんでしたね。感情を圧し殺すことが修行だと教えられてきたせいでしょう。
 そういえば、毒ガス攻撃を受けているという建て前で、サティアンにはほとんど窓がありませんでした。それに、公安警察から見張られているという理由で、少ない窓もすべてカーテンを閉めきっていましたね。
 そして、修行という名目で心の窓も閉じてしまうというのが、カルトであったオウム真理教の本質だったと、今は実感しています。
 
 最近、オウムの元信者で、僕の親友である加納秀一君が歌手デビューしました。彼が作詞した曲のなかに、
 OPEN YOUR SOUL
 OPEN YOUR EYES
 OPEN YOUR MIND
 という一節があります。
 オウムの現役信者に聞かせてみたいものです。
(つづく)

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