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だいじょうぶよ・神山眞/第10回 2学期最初の事件

月刊「記録」2000年7月号掲載記事

*          *             *

 学園の行事「クリスマス会」の日に、江美が楽しみにしていたロックコンサートの日が重なってしまった。
 朝起きてから寝るまで、ルールづくめの学園生活に不満が溜まりにたまっていた江美は、良江先生に泣いて怒りを叩きつけた。
 その激しい剣幕は、日頃、何事にも決断が早く「厳しい規律は正しい人間を育てる」を信じて疑わない厳格な良江先生をも、思わず腕組みさせるほどのものだった。
■対等ならそれでいいのか

 良江先生は、どんな決断を下すのだろう。
 ぼくは、学園の規則に息苦しさを感じる子供と、指導者としてあくまで毅然といようとする良江先生のどちらの立場にも半分ずつの疑問と共感を感じていた。
 だから良江先生がどうやって子供たちを納得させるのか、事のなりゆきを興味深く見守っていた。
 ところがしばらくすると、良江先生は、意を決したように腕組みをほどき、パンと手を叩いた。
「わかった江美。職員会議で提案してみるわ。そうよね、うん、ちょっと行事が多いよね。うん」
 良江先生のこの答えは、ぼくにとっても少し驚きだった。
 驚いているぼくを尻目に良江先生は続ける。
「関係ないけどさ、私、昔、礼拝に子供を出させなかったこともあるのよ。ははは。だって学園はキリスト教主義だっていっても、別に私たちはクリスチャンじゃないものねえ。
 でも、そのあとで、隣の部屋の保母さんにすごく怒られちゃったわよ。ははは。まぁとにかく職員会議に出してみるわね。ははは」
 良江先生の照れ隠しらしい、「ははは」という笑い声とともに、こうして集まりはお開きになったのだった。 良江先生が折れた。江美は、ついに良江先生を折れさせた。部屋から出て職員室に向かう間も、ぼくは二人について考えていた。
 果たして今回のようなことが、ぼくの出席したあの人権主義の研修会に来ていた人たちの施設で起きたらどうなったのだろうか。
 例の講師なら、子どもの自己決定権を尊重するべきだと言い、迷わずオーケーを出すだろう。彼らは、対等な関係にある対等で自由な話し合いによって、子供の個性は伸びると信じている。だが、本当にそうだろうか。ぼくには必ずしもそれだけだとは思えなかった。
 帰り際に玄関に出ると、良江先生とばったり会った。彼女はぼくに「例外のない規則、特例のないルール、そんなもの作っちゃダメよね、神山先生」と言った。ぼくはポカンとして良江先生の顔を眺めてしまった。
 良江先生を動かしたのは江美だ。ガチガチの規則、がんじがらめの拘束のなかにでも、たくましい個性は育っている。江美もまた、そんな子どもの一人なのではないだろうか。
 玄関を出てから、良江先生の今の言葉を反芻した。そして、良江先生の懐の深さにちょっと嬉しくなった。

■すこぶる上機嫌の朝

 さて、長かった夏休みもいよいよ終わり、2学期の始まりである。
 新学期の最初の朝は、とにかく慌ただしい。だが、ぼくにとっては、その慌ただしささえもすがすがしく感じられた。素晴らしい気分だった。なんといっても今日からあいつが学校に行ってくれるのだ。それだけでぼくは十分嬉しかった。
 例のごとく正利は、前日からあれほど言っておいたのに、何一つ学校に行く準備をしてはいなかった。ぼくが手伝うのを、血の気の失せたむくんだ真っ白な顔でボーッと待っている。
 いつもなら、ふざけるなと言って頭の一つもはたくのだが、まぁいい。今日は特別だ。
「正利、ダメじゃないか。筆記用具がないのか? これ、新しいのを買っといたぞ。上履きもない? ああ、おまえ足大きくなったもんな。仕方ない、新しいのもっていけ。それより飯だ飯。朝ご飯はしっかり食べないとなぁ」と、つい何でも許してしまう。
 ところで学園の朝食には、ご飯とパンが交互に出される。麺類の多い昼食。魚、肉、魚、肉の夕食。決まったローテーションに従って、繰り返し繰り返しの食事が出されてくる。
 今振り返ると、主だった事件のあった日のことは、その詳細とともに、必ず食事のメニューがまず浮かぶ。
 はじめてのソフトボール大会の朝食はケチャップにまみれた真っ赤なウィンナー。学園から脱走した女の子を追いかけ、捕まえそこなった日の夕食は鯖の味噌煮。火事で1000平方メートルを焼き尽くしてしまった日は、シャレのようだが焼き肉だった。
 我ながらなんだが不思議だ。きっと食事中にその日にあった出来事を子供たちと話し合っていたからなのだろう。
 そして、あの日の朝食は、たしかクラムチャウダーだったのだ。 (■つづく)

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