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保健室の片隅で・池内直美/第10回 ストレス爆発のあとに

■月刊「記録」1998年11月号掲載記事

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■夏休みが差し向ける魔の手

 夏休みは、嫌い。一ヵ月以上も学校から離れるぶん、「また学校に行かなくてはならない」という恐怖に、一ヶ月以上も苦しまなくちゃいけないから。
 九八年の夏休みは、和歌山市の「毒カレー事件」に始まった。お祭りの最中に起こった事件だったため、ワイドショーやニュースでも、大きな事件として取り上げられていた。
 次々に起こる毒物事件。日本中が、食べ物に対して敏感になっている。
 そして、あと一週間で夏休みが終わるという八月二六日。中学三年生の二六人と女性教師一人の自宅に、クレゾール入りのニセやせ薬が送りつけられた。毒で始まり、毒で終わりを告げた夏休みだった。
 犯人は、同じ中学三年生の女の子だという。彼女をおそった夏休みの魔の手は、彼女に何をさせたかったのだろうか? 「クレゾール」を「やせ薬」と偽った彼女は、イジメにあっていたようだという周囲の意見が多かった。犯行時点でいじめられていたかどうかの真偽はわからないにしても、アトピーがあったりして、それによってイジメを受けていた時期もあったと、校長が記者会見でいっていた。
 中学生くらいの時期に、身体のことでイジメにあうケースは少なくない。アトピーやニキビといった、若い時にできやすいものが原因だったりする。そして彼女は、成績のことでもひやかされていたという。
 同じような理由でイジメを受けていた子は、直せることなら直すけれど、身体のことはどうしようもない。死ぬ道しか解決の方法を見つけられない、と嘆いていた。 夏休みが終わりに近づくと、ドキドキが止まらなくなって、世の中から逃げ出したくなったことが私にもあったっけ。
 周りにいる人に、自分の苦しみを知ってほしくて、でも、うまく言うことができなくて、そんな時、自分なりの方法でSOSを叫ぶしかない。
 私は八月三一日に、何度、手首にナイフを当てたっけ?
 今になって、よく母に言われる。
「あんたは、すぐに逃げようとする」
 でも、本当に逃げたいんだ。そう思っていることに、気づいてほしいんだ。その気持ちを伝える手段が、見つからないから苦しいんだよ。自分自身を消したかったのか。

■自分自身を消したかったのか

 毎日新聞の記者の方から、取材を受けた時のこと。そんな話をしていくうちに、ふときかれたのは、「もしも、あなたの子どもが学校に行かなかったら、親としてどういうふうにいってあげますか?」だった。
 自分に子どもはいないから、親の立場というものはわからないけれど、私だったら、学校に行きたくないという子どもを、無理に学校に行かせることはしないだろう。そして子どもを、家でゴロゴロさせることもしないだろう。行けないというなら、連れてってあげる。
 私自身、学校に行きたいけれど、なんだか不安だと思った時には、遅れていったり保健室に行ったりした。学校に行きたくない日は行かなかった。
 私の話が、記者さんには印象に残ったらしく、ファクスやEメールを使って連絡を取りあっている。そんな話のなかで、一年前の夏に起きたある事件を私は知った。 九七年の夏、茨城県の中学校で体育館が放火される事件が起きた。そして在校生が三人逮捕された。他の二人を誘った主犯格とみられる子は、同級生とのトラブルで、「相談室」登校をしていたという。
 七月中から学校の植え込みなどに放火していき、それが、だんだんとエスカレートして、とうとう、体育館に火を放ってしまった。始業式まであと数時間という、九月一日未明のことだった。
 事件から半年が経過した頃、毎日新聞の記者をしている彼は、主犯格とみられる相談室登校をしていた子の母親に、電話で話を聞くことができた。
 なぜ、そんな事件を起こしたのか、その子の母親は、半年たっても本人にきけないといっていた。「本当に学校が嫌いなら行かなくていいと、もっと大きく包んでやればよかった。中学三年生で進学を控えていたので、『学校に行かせなくては』という焦りが私たち(親と学校)にもあった」と話したという。
 その子は、何か学校内でトラブルがあり、学校をなくしてしまいたかったのだろうか? 受験を、自分自身を、消したかったのだろうか?「自分」を破壊したくて手首に刃をあてた私。そして「学校」を破壊したかった中学生。そう考えていくと、クレゾールを送りつけた彼女が破壊してしまいたかったのは、つまりあのクレゾールを本当に送りつけたかった相手は、彼女自身のような気がしてくる。
 自分に送ることで、誰かに、自分の身が危険なことをアピールしたかったのかもしれない。自分で自分の身を傷つける、あるいは犯人は自分であると、誰かに気づいてほしかった。助けてと叫べない彼女の精一杯の叫びだったのかもしれない。
 イジメを受けていることを知った学校は、保護者と生徒同士の話し合いで、イジメは解消されたといっていた。けれど、いちばん肝心なことを忘れていないか?
 イジメを受けていた彼女の、心の中にかかっている霧を晴らしてあげることはできたのだろうか?

■中学生にストレスはわかるか

 新聞記者の方が、学校の保健室に出入りしているうちに、一人の女の子に出会ったという。その子は、どうもイジメに近いあつかいを友人から受けていた。友達に相手にされなかったり、上ばきや机の中のものがなくなっていたり、精神的なイジメが続く。イジメの初期症状みたいな状態だ。
 とくにお金を要求されたり恐喝されるようなことはないのだが、学校のなかには、友達と呼べる人はいない。そして、教室に行くとおなかや頭が痛くなる。だから、保健室に休みに来るのだという。
 私はまたもや、「そういう子を見たら、あなたならなんと声をかけますか?」と質問を受けた。私だったら迷ったりはしない。あなたの心の中に溜まっているものは、「ストレス」っていうものなのよと、教えてあげるだろう。
 彼女に「あなたはイジメを受けているの?」と、彼はきいたらしい。すると彼女は、「いいえ。イジメは受けていないわ。私は、そう思っている」と答えたという。 小さな胸のなかで、自分はイジメを受けてはいないと思えば思うほど、どんどん苦しくなっていくことだろう。彼女が信じているものが、次々に偽りに変わり、自分を裏切っていくように思えたりもするだろう。
 そんななかでも彼女は、自分の状況をうまく把握できないかもしれない。中学生には、ストレスを『ストレス』だと感じられないことも多いのだ。
「私は幸せな学校生活を送っていたのですね。たぶん、その私の近くには、つらい学校生活を送っていた友人もいたのでしょうが」。彼からのEメールは、そう締めくくられていた。

■身近にいても気づくのは難しい

 メールが届いた翌日、偶然、小学生の頃、一緒にブラスバンド部に入っていた友人に会った。久しぶりの再会で、おきまりの言葉が出る。「今、何やってるの?」
 前年までは彼も高校生だったけれど、今も高校生をやっている同級生は、一級遅れの私の周囲にはもういないだろう。まあ、当時の私が一九歳でいまだに通信制の高校生でいることは、ほとんどの知り合いが知っているので、別に恥ずかしいという意識もなかったから、今の生活を簡単に説明した。
 すると彼は、ひどく驚いた様子をした。
「学校辞めたなんて、知らなかったよ。僕、高校に入ってから、ほとんど友達がいなくなって、今つきあってる友達なんて、ゼロに近いんだ。同級生だって、ほとんどが学生でしょう? 浪人してるのなんて僕だけだよ。なんか、情けなくてね」といった。
 音大を目指して受験し、失敗したといっていた。あきらめず、それなりにがんばっているようではあったけれど、どこか気力が足りないようにも思えた。周りの人々の励ましの言葉でさえも、素直に受け取ることができなくなっているようだった。
 昔から、何でも人より遅れて開花するタイプの人だった。だから彼の人生は、これからだと思うのだが、そんな自分の性質を以前からコンプレックスに思っていたらしい。
 中学までの学区を離れて高校へ進学し、ほとんど知り合いのいない環境で、新たに自分を変えようとしたようだ。けれど、そこでも思うような自分にはなれなかった。「高校を、辞めてしまいたかった」と彼はいった。でも、世間に投げ出されることに耐えられるほどの力が、自分にはなかったのだと、彼は話してくれた。
 ここにも一人、学校という空間のなかで苦しんだ友人がいた。私が高校を辞めてしまったことも知らないまま、他の同級生たちが、今、何をやっているのかを知ろうともせずに、隠れるように、夜中を選んでアルバイトをして、一人で苦しんでいた友人がいた。それを知ると、ひどく切なくなる。
 最近は、自分の夢も人に流されているだけなんじゃないか、そう思いながらも、住宅街で周りを気にしてトランペットの練習をしているという。
 目を閉じれば、耳の奥に、彼の音色がよみがえってくる。
 子どもだったけれど、もうすでに人よりも柔らかく、繊細な音色を出せていた。彼のトランペットは、心の音だったのかもしれない。
 もっと早く声をかけてあげればよかった。連絡をしてあげればよかった。すぐ近くにいたのに、気づいてあげればよかった。
 たとえ身近にいる人でも、心の声を聞き取るのはとてもむずかしい。 (■つづく)

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