« ホームレス自らを語る/大穴が当たって女房は去った・上野宏彰(54歳) | トップページ | ホームレス自らを語る/ヤンカラが飲めるんなら何でもする・森本宗治さん(56歳) »

ホームレス自らを語る/アパートを出たのは10日前・柳川一男(40歳)

■月刊「記録」2000年11月号掲載記事

*            *            *

■花火で田舎を思い出す

 アパートを出て初めての夜が、江東花火大会(東京)だったんです。ほら、そこ。もう目の前で打ち上げていたんですから。こんなに近くで花火を見たのは初めてでした。午後2時か3時ですかね。ここにたどり着いてボーッと座っていたら、少しずつ人が集まってきたんですよ。花火が始まるころには、浴衣姿の女の子もいて。
 打ち上げ場所が近いから空いっぱいに花火が広がるんです。ドーンとすごい音とともに花火が上がると、みんな手をたたいてね。背中で拍手を聞きながら、ジッと空を見ていたら、昔のことを思い出しました。
 田舎の阿武隈川で見た生まれて初めの花火です。親父が連れて行ってくれたんですよ。きれいだった。小学生のころに、みんなで花火をしたことも思い出しました。バケツに水を張って、線香花火とか手に持って。昔よくやったでしょ。友だちもいっぱいいたし、楽しかったな。
 空いっぱいの花火が、一瞬だけ現実を忘れさせてくれました。明日の不安も忘れて、ただただ花火を見ていたんです。きれいだなーって。
 荒川の土手で暮らすようになって10日目です。いや、今年の四月に会社が倒産したんですよ。倒産の一年ぐらい前から、労働組合がハチマキ締めて、「首切り反対」とか「賃金アップ」とか叫んでいましたから、ウチも危ないのかなと思っていたけれど、まさかつぶれるとはね。

■免許も年齢制限で役立たず

 建築で使うH鋼(アルファベットのHの形をした建築資材)の管理会社でした。千葉県船橋市に会社があって、商社の下請けだったんです。高校中退した一六歳から五つぐらい会社を移りましたが、三〇歳から働き始めたこの会社は、定年まで勤めようと思っていました。人間関係もよかったし、何より自分の仕事に自信を持てましたから。毎日、仕事をするのが楽しかった。
 倉庫にさまざまなサイズのH鋼がトラックで運び込まれてくるでしょ。その伝票をチェックして、サイズごとに積み上げて、さらに出荷を管理する。それが仕事でした。
 でも本体の景気が悪くて撤退が決定。そのあおりを受けて、すぐに倒産ですよ。大手の下請けだから安心してたのに。倒産が従業員に知らせられたのだって、一ヶ月前ですから。50人の従業員のうち半分だけを違う会社が引き取り、あとはクビです。あわてましたよ。すぐに仕事を探し始めたけど、この不景気でしょ。ないの、まったく。
 自分は、大型自動車免許と危険物取扱者丙種、それに五トン未満の荷物を扱える小型移動式クレーンの免許を持っていました。だから見つかるだろうと軽く考えていたんです。だって大型と危険物があれば、タンクローリーだって運転できるんだから。でもタンクローリーの運転手なんて、ほとんど三五歳までが上限。あとは一年以上の経験がないと雇ってもらえません。どこの企業もほしいのは若い人か即戦力。従業員を研修しようなんて気はありませんよ。職安(ハローワーク)に通ったけれど、ほとんど年齢ではねられちゃいますもんね。

■アパートの取り壊しが決まった

 それでも失業保険がすぐに出たのでしばらくどうにかなると思っていたんです。でも悪いことは重なりますね。アパートの取り壊しが決まっちゃったんだから、もうダブルパンチですよ。
 失業保険が三ヶ月間だから7月末まででしょ。アパートの引き渡しも7月いっぱい。どうしても7月までに仕事を決めないと、と思うんだけれど決まらないしね。どんどんあせってくる。しかも自分は、友だちの保証人になってできた100万円ほどの借金がありましたから、雀の涙ほどの退職金も、ほとんど借金返済に消えました。銀行系の会社だったから、家にどなり込んでくることはなかったけれど、会社がつぶれてからしょっちゅう電話がかかってきました。借りたものは返さなくちゃいけないですから。
 働いているときは、月3万、4万ずつ返済していたんです。手取りで約22万円もらっていたから、仕事さえあれば返せる。一人暮らしですし。でも仕事がなくちゃね。払えるだけ払ってきましたけれど、まだ借金は残ってます。
 会社がつぶれるまでは、普通の人生でしたよ。中学時代まではプロ野球選手に憧れて、高校は中退したけれど、すぐに上京してディーゼル車の整備工場で働いて。結婚を考えたこともありました。30歳になるちょっと前かな。つき合っていた女性は、結婚したがっていたと思います。
 でも幸せな家庭を築ける自信が、自分にはなかった。経済的な不安もありましたが、それだけじゃなくてね。もっと根本的な不安がありました。パッと結婚しちゃえばよかったのかもしれませんね。行動に移す前に、いろいろ考えちゃったから、よくなかったのかな。でも、真面目に働き、真面目に生きてきたんです。
 アパートを引き渡す日が迫ってきて、タンス、ステレオ、テレビ、洗濯機、冷蔵庫なんかを友だちにあげました。アパートを出たときに持っていたのは、8000円の現金と携帯電話だけかな。アパートを出る前の晩は、何とかしなくちゃ、何とかしなくちゃって、気だけあせって。結局、何もかも忘れたくて布団に潜り込みましたよ。で、朝目が覚めたら、現実が待っていたと……。

■自然に泣けてくるんです

 アパートを出た当日のことは、よく覚えてません。パニックになっちゃってね。もうすべてから逃げ出したいんですよ。ただただそこから離れたい、それだけ。起きてすぐに家を出て、来た電車に乗り、何となく東京の平井駅で降りたんです。行くところなんてないでしょ。暑い中、ボーッと歩き回りました。それからここに来るまでが、一番つらかったかもしれないなあ。
 情けないなーと思ってね。歩きながら涙がこぼれてくる。自然に泣けてくるんです。汗と一緒に涙がね。これからどうしようか、自分はどうなるのだろう。自分の人生はもう終わりかもしれないって思えてね。
 そのときフッと視界に入ったのが、荒川の中洲でした。江東区から江戸川区に向けて葛西橋を歩いたんですよ。ずいぶんきれいな所があるなと思って、橋を下りてみた。本当にたまたまですよ。それでココに住んでいた人に声をかけられて、なんとなく住み着いて10日。
 実際にホームレスになってみると、あまり驚くことはなかったですね。テレビのドキュメンタリー番組や新聞で、けっこう生活が報道されていたから。ただ毎日当たり前にしていたことが、急にできなくなるのがつらいんです。風呂に入り、三度メシを食い、夜はテレビを見る。こんなことが一切できなくなるんですからね。
 どんなに景気が悪くたって、まさか自分がホームレスになるとは思っていませんでした。自分がなってもおかしくないと、いま考えれば少しわかる。でも、まさかってさ(笑)。

■私にも何か使命があるはず

 実家は10年近く連絡を取っていないから、電話なんかかけられないですよ。ホームレスになったのを親が知ったら、心配かけちゃうから。
 友だちに連絡を取れば、いくらでも助けてくれると思いますよ。家にも泊めてくれるだろうし、お金も貸してくれるでしょう。20年来の友だちもいますし。でも、誰にも迷惑をかけたくないんですよ。誰にも心配かけたくないんです。
 正直言うとね、平井からここに来るまでの間に、一度だけ友だちに電話をしようと思いました。持ってきた携帯電話を握りしめて。でも指が動かなかった。やっぱり電話はかけられませんでした。
 もう3年近く使っている携帯だから、友だちの電話番号はすべて入ってます。でも電源がないから、アパートを出て2日目ぐらいには使えなくなりました。けっこう速いんですね、携帯が使えなくなるの。その間、どこからも電話はかかってこなかったな。不思議ですよね。時間がたてば、登録してある電話番号も見られなくなって、電話も受けられなくなるのに、電池がなくなるのは嫌じゃなかった。アパートを出るとき何気なく手に取ったけれど、何かつながりがほしくて持ってきた携帯だと思うんです。それなのにね……。
 このままじゃ、どうしようもないとは思ってます。連絡先がしっかりしていないんじゃ、ますます雇ってくれないだろうし。でも生まれてきた以上は、何かあると思うんですよ。使命というのかな。これじゃ、生まれてきた意味がなくなっちゃいますから。生まれてこなかったのと同じになっちゃうでしょ。
 ホームレスになるために生まれた人なんて誰もいないんだから。誰もね。 (■了)

|

« ホームレス自らを語る/大穴が当たって女房は去った・上野宏彰(54歳) | トップページ | ホームレス自らを語る/ヤンカラが飲めるんなら何でもする・森本宗治さん(56歳) »

ホームレス自らを語る/大畑太郎・神戸幸夫」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/7181087

この記事へのトラックバック一覧です: ホームレス自らを語る/アパートを出たのは10日前・柳川一男(40歳):

» 失業保険の給付を受けるには [失業保険の給付を受けるには]
失業保険は、自分でかけた保険です。もらえるものはしっかりもらいましょう。 [続きを読む]

受信: 2007年7月18日 (水) 15時50分

» 失業保険有効活用法 [失業保険有効活用法]
失業保険って、ややこしいですね。失業保険について調べました。活用してくださいね。 [続きを読む]

受信: 2007年7月18日 (水) 16時17分

« ホームレス自らを語る/大穴が当たって女房は去った・上野宏彰(54歳) | トップページ | ホームレス自らを語る/ヤンカラが飲めるんなら何でもする・森本宗治さん(56歳) »