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鎌田慧の現代を斬る/日本陥没シンドロームを視る

■月刊「記録」1997年1月号掲載記事(表記は掲載当時のままです)

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■腐蝕のトライアングル

 前回、私は日本の政治を「どじょう鍋政治」とよんだが、このどじょう鍋もいよいよ煮詰まってきたようだ。今回の厚生省の岡光序治・前厚生事務次官のスキャンダルは、これから充実拡大させなければならない老人福祉を。先喰いしてしまった。もっとも悪質で貪欲な「ピラニア鍋」というものであった。
 ピラニアなど喰えるかと思う人もいるだろうが、これはスープやからあげなどにすると毒気が抜かれ、さっぱりして意外にうまい。アマゾン流域では、ピラニアの首だけでつくった首飾りを売っている。これから日本でも汚職官僚達の生首を飾った首飾りがはやるかもしれない。
 それはともかく、岡光の犯罪は次官になってからではなく、4~5年前からすでに始まっていたのである。小山博史とは十数年来の関係があったというから、いわばフンケイの友人であり、両方が利用し合っていたわけだ。このような人物が、厚生省あるいは日本の官庁機構の中心のいたるところで居座っていたことが問題である。 つまり彼が時間に推薦されたということは、その省全体で、彼の只食い、只飲み、タカリ行為を是認していたことになるし、官僚の体質そのものをも表している。
 ここで登場するのが東大だ。高級官僚はほとんど東大出身者に独占されている。独占禁止法違反で訴えてもよいほどだ。
 岡光の子分の茶谷滋は、岡光のミニチュア版だった。業界(小山)から政治資金をもらい、自民党の推薦を受けて立候補して挫折した。もし彼が当選していれば、さらに福祉の予算を増やし、それを喰らうという構造になり、政官財の関係のもっと矮小なサンプルが示されるところであった。高級官僚を業界と時の政権(橋本政権)がアベックで押し上げていくという構造がここに明確に現れている。
 茶谷は小山を引き連れて、埼玉から栃木への彩福祉グループの展開の露払いに徹していたわけだが、このような関係は別に今に始まったことではない。国際興業の小佐野賢治とロッキード事件、江副浩正とリクルート事件のように政官財の関係は続いてきた。
 岡光の金儲けの方法も過去の事件の焼き直しだ。国の金庫にねずみ穴を開け、そこから膨大な資金を関連企業に引いてくるという方法は、明治時代の三菱創業者の岩崎弥太郎、近年では北炭の萩原吉太郎、あるいは田中角栄や金丸信などの政治家が介在していた方法であって、別に珍しい方法ではない。
 ただ今回、小山が頭をひねったのは、そのようにもうけた利益を共同募金会に寄付して税金をのがれたことだ。共同募金に寄付したカネを今度は自分が作った福祉法人にそっくり受けるという方法である。これは今はなき笹川良一日本船舶振興会会長がさまざまな団体の会長を兼任し、自分が支払った資金を自分で受け取った方法とそっくりだ。小山は今までの汚職のあらゆる方法や、先人の経験をうまく駆使したわけで、これからも大小山や小小山が各業界に潜伏していくとは想像に難くない。
 厚生省のスキャンダルは、日本の政界・官界・産業界の腐蝕のトライアングルそのものである。今回明らかになったことは、小山がつくった医療福祉研究グループは、岡光を筆頭に厚生省の幹部ほとんどが頭を突っ込んでいたどじょう鍋グループであり、「詐欺師」小山の私設機関となっていたことである。
 テレビを見ていて、今さらながらあきれたのは岡光の表情が全く変わらず、まるでカエルの面にションベンといった態度だったことだ。おそらく彼には、「俺ばかりではない」という気持ちあったのだろう。彼の行為が犯罪であるならば、医療福祉グループに入っている厚生省幹部はすべて犯罪者だ。ところが犯罪という意識が彼らにないため、捜査が厚生省幹部にまで上りつめることができたのである。
 しかし、官僚たちが、これほどまでにカネに弱いというのは驚くべきことである。それは岡光個人ではなくて、権力を握っている官僚たちの「どじょう」(土壌)問題ともいえる。
 もうひとつの問題は、岡光に親分がいたことだ。それは東大の先輩であり、どうじに同郷、広島県出身で厚生事務次官を努めた吉村仁である。高級官僚はほとんど東大によって独占されている現状で、東大閥の中に地方閥があるのは、きわめて日本的なエリートシステムといえる。

■悪の供給源

 岡光の行動は親分吉村の直伝であったから、厚生省の官僚にとっては、さして驚くにあたいしない事実であろう。東大法学部出身者は20代で税務署長になるなど、若いガキの時分からふんぞりかえった生活をしている。それに地方の官僚が土下座しているのだから、19世紀ロシアの官僚制度を風刺したゴーゴリの『検察官』そっくりである。これは中央の役人と称するさぎ師に、地方の警察署長などがぺこぺこする姿を描いている作品だ。
 20代のエリートがらせん状にぐるぐる回って次官を目指す。それによって日本の陥没シンドロームは作られている。これらの官僚は、一方では地方に出て県知事や市長になり、一方では関連業界をバックにして政治家になり、一方では関連業界に天下って社長や会長になっている。
 このような官庁を中心とした産業界、政界の腐蝕のトライアングルにたいするチェック機能は、オール与党体勢の現在、まったく期待できない。
 中央官庁を中心にした「悪の供給」ともいえる天下りについてもうすこし補足すれば、たとえば通産官僚は許認可と行政指導によって、常に大企業の連中からゴルフや料亭などの接待を受けている。功労が甚だしければ、そのまま専務クラスから天下りして社長、会長になる。鉄鋼、造船、重機などの重工業の幹部に通産官僚出身者が多いのはそのためだ。これは地方でも同じである。地方通産局の官僚も地元の中小企業に天下っていく。
 すでに明らかになったように、大蔵省官僚は銀行に天下って、膨大なこげつきを発生させ、銀行倒産まで生み出した。運輸官僚が、船舶振興会やかつての笹川財団の手代になっていたことは記憶に新しい。建設省の官僚は土建業界に入り込み、それと同じような方法で厚生省の官僚はエイズの拡大にまで手を貸していた。
 「岡光現象」とは、業界が政治家に頼むよりも高級官僚に頼んだ方が手っ取り早いということを示したことにある。これでは政治家たちの利権がなくなり、彼らが憤慨するのは当然である。
 政治家から出るのもウミばかりだ。現在、首相の座についている橋本龍太郎は、もともと厚生族であって、水俣病患者に対して冷酷無惨なふるまいを繰り返してきた。厚生省はこれまでも公害病患者には冷たくしてきたわけで、橋本の態度は厚生省そのもといえる。一方では、漢方薬メーカーのツムラ前社長とツーカーの仲で、後援会への多額の献金が発覚している。カネの出所には甘い顔をするところまで厚生省とそっくりだ。
 自民党といえば幹事長の加藤紘一も、カエルの面にションベンのくちで鉄鋼加工メーカーの共和とのスキャンダルがあってなお健在そのものである。なまいきな小泉純一郎は、これもどうしようもない厚生族のはしくれで、退職金の大盤振る舞いにもつながる岡光の依願退職を許した。いまや政界の時限爆弾となっている泉井石油商会との関係もうわさされている。なおついでにいえば、新進党の友部などもオレンジ共済組合疑惑にまみれている。そもそも新進党が友部を参議院比例区名簿の当選ラインに置いて議員にしてやったこと自体が疑惑である。 このように政界・官界・産業界の腐蝕のトライアングルは、ロッキードやリクルートで大きな問題となりながら、なんら改革されなかった。業界は監督官庁から補助金や許認可をもらい、そのバックマージンを岡光のような高級官僚に支払っている。産業界は政治献金をつづけて、政治家を通して官僚を動かしている。官僚は業界からのカネと票をもらって政界への道を歩む。官僚が政界に人を派遣し、政治家は産業界の意をうけて官僚に法律をつくらせる。この悪の循環はとどまるところがない。 政官財癒着の日本システムが安泰をきわめてきたなかで、産業界は空洞化が進み、官庁は赤字の巣窟となり、政界は保身のどじょう鍋となった。それだけならまだしも、教育をみるだけでも、いじめ自殺が示すように子どもの世界を崩壊させ、中年は過労死、最後の砦である老人の世界も、政官財に喰いつくされようとしている。これが欧米に追いつき追い越せと走りつづけた日本の結末である。

■資金を握る東大悪官僚

 さて、橋本政権は「行政改革で火ダルマになる」などといっているが、すでに日本は国債の赤字まみれで火ダルマだ。行政改革で無駄をなくすといっているが、米軍に膨大なカネをめぐんでやったり、銀行の不始末にカネをつぎこんだり、この大盤振る舞いは尋常のさたではない。集団自殺行為ともいえる。
 行政改革などと「改革」を使っているが、これは中曽根流の「民活」と同じだ。たとえば橋本が会長をしている「行政改革会議」のメンバーを見ても、三菱重工の飯田庸太郎や、経団連会長の豊田章一郎、日経連副会長の諸井虔、芦田甚之助御用組合(連合)会長など、産業界を中心に編成されている。行政改革委員会も飯田庸太郎を筆頭に、宮崎勇大和証券特別顧問や、御用評論家などで構成されていて、公共部門の財産をどんどん大資本に配ろうとする意図が明らかだ。このような野党なき談合政治が「地方分権の時代」という趨勢を妨げないかどうか疑問である。
 中央官庁の腐敗とは、ぼう大な資金を少数の東大出身権力者の手に任せることによって生じている。この解決方法は地方への資金と権限の分譲にある。もちろんその前に、その地方の知事や市長など権力者が中央官僚の出張者や天下りであってはならないのは当然で、地方の市民運動の活性化をすることによって監視しなければいけない。
 もう1つはオブズマン方式などによる監視機関の充実である。上級官庁が下級官庁を監督するというのは、岡光が茶谷を監督しているようなもので、お笑い以外の何ものでもない。どんづまりにきたシンドローム状況が、どう解決されていくかは、国民1人1人の権利意識と民主主義的な意識によるものであって、それにはジャーナリズムの力が十分に発揮されなくてはいけない。
 「行政改革」など本気でいうのなら、まず、天下りと政治献金をせめてからにしたらどうだ。 (■談)

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