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保健室の片隅で/第二回 自殺未遂の果てに…

■月刊「記録」1998年2月号掲載記事

            *         *            *

■誰かに止めてもらいたかった

 生きていくことに、何の意義があるのかと疑問を持った瞬間、死にたくなった。
 生きていてもしょうがないって思い始めたのは、中学校にあがって、保健室にたびたび顔を出すようになった頃だ。やっぱり、保健室にいつも顔を出すっていうのは尋常じゃないから、先生はいろいろな質問を投げかけてくる。
「友達いないの?」
「教室嫌い?」
「好きな子いないの?」と。
 そんなこと聞かれたって、どれも答は一つだけ。「先生には関係ないじゃん」だ。特に私を気にかけてくれていた新米の先生にはコタえる返答だっただろう。
 けれども、聞かれる私もつらかった。友達がいなくても平気みたいな顔していたけど、本当は寂しかったから。行けるものなら教室にも行きたかったし、その頃はじめて経験した恋は、「このまま、あの人を好きでいるまま死んでいきたい・・・・・」などと、死に迷う私に追い討ちをかけていた。
 見た夢は数限りなく、やりたいことは人一倍多かった。だけど、その夢をかなえるための手段がわからなくて、越えなければならない難関も多くて、かなうアテのない夢への絶望が、私に大きくのしかかる。もう、お先は真っ暗状態、何もやる気になれない。できることなら、この世の果てまで逃げ出したかった。死んでしまいたかった。
「この前、一騒ぎ起こしたんだって?」
 中一の夏休み明け、学校を騒がせた私は、真っ先に向かった保健室で先生にいわれた。
 夏休み明けに私が起こした事件は二つあった。そのうち一つは家出だ。いつもこの家を出ていきたいと思っていたから、タイミングを見はからって遠い街まで遊びにいったのだ。「家を出るときには、すべてを置いて出ていけ」というのがわが家の鉄則だったから、ほとんど手ぶらで家を出た。
 何度もうしろを振り返っては、誰も見ていないか、追いかけてきたりしないか、半分の恐怖と、半分の期待で心臓は破裂寸前となった。バカなことをやっているのはわかっていた。だから、誰かに止めてもらいたかった。でも、止めてくれる誰かを探して振り返る先には、出勤や登校に急ぐ人の波が冷たく流れていた。この家出が、私が「逃げ道街道」を歩き始めるキッカケだった。
 家出といっても、泊まるあてがあるわけではなくて、知らない街で誰も知らない時間をすごし、お金が尽きたところで家に連絡をして迎えにきてもらった。
「先生たちも一生懸命、探し回ってくれたんだからね。みんな心配してるのよ」
 誰からとなく、何度も聞いたこのセリフ。そんな時間が、親や周りの人に迷惑をかけている時間が楽しかったといったら、精神的になんらかの異常があると思われるだろうか。今になって思えば、自分でもそうだったかもしれないと感じている。
 学校側が知っている私が起こした騒ぎはこれだけだったけれど、実はこの前日にもう一つ、事件を起こしていた。

■それは自殺未遂。

 正確にはそこまでいうほど大ゲサなものではなかったけれど、興味半分で、カミソリで手首に切り目を入れてみた。テレビドラマとは全然違っていて、にじみ出る程度の血と、ほとんど感じない痛み。そして心に残ったものは、愛する人を手首に封印したという自己満足感と、自分には見えてしまう、ミミズばれのような悲しい傷だった。
 何に対しても投げやりになっていた。感情というものが、私のなかから消え去っていたんじゃないだろうか。
 その後も、自殺未遂騒動を二回起こした。この二回は結構騒がれて、救急車と警察官まで出動させるほどになったりもした。クズと思われていたに違いない
 何で死にたいと思うのかと聞かれると、いつも生きている意味がないからと答える。死ぬ理由がないかわりに、生きる理由もない。だから生きていたくない。それだけのことで自殺未遂なんて、話を聞いている人達はあきれたに違いない。
 でも、たったそれだけの理由で死を選ぼうとするのは、実は私だけじゃなかった。そのときの私の周りには、何人も同じような子がいたから、何の不思議も感じなかった。ただ、実行に移していた子は、少なかったけれど。
 いつも質問ばかりされている私が「ねえ、何で私は生きていなけりゃいけないのかなあ?」と先生に質問を投げかけた。相手にしてくれる先生、してくれない先生、みんな答えはバラバラだったから、何人にでも、自分の納得のいく答が出てくるまで聞き回った。
「せっかくもらった命は、大切にしなきゃいけないのよ」。そんな答が多かったけれども、ひねくれ者の私には、「生んでくれと頼んだ覚えはないわ」としか思えなかった。そう私が口にすると、「生きていれば一度くらいは、そう感じることがあるのだ」といわれた。そういえば、「どこの家庭でも、同じようなことがあるんだよ」といわれたときには、迷子になった自分の心が一瞬、戻ってきたような気がした。
 思えば、どこにいるときでも、周りにいる誰もが心配してくれていたと思う。学校に行っても教室には行けない私を、担任の先生も部活動の顧問も保健の先生も、校長先生までもが心配してくれていたと思う。でも卒業間際のギリギリになるまで、私には気がつけなかった。
 先生達はみんな、私みたいな保健室に閉じこもりっきりの生徒はクズだと思っているに違いないと思い始め、それが止まらなくなって、もともと遠のいていた教室や学校がどんどん遠くなって、知らず知らずのうちに自分から敬遠してしまった。
 世の中はみんな鉄の塊。私のなかの学校は鉄の塊。
 鉄の制服を着て、鉄の教室に鉄のカバンを持って行き、鉄のように冷たい机に向かわなきゃいけないと思えば、気分は最悪。それが学校だけならまだしも、当時の私には、世間すべてが鉄の世の中にしか見えなくなっていた。
 今や高校くらいは卒業していて当たり前。ブランド企業に就職しようと思えば、ほとんどが大学を出なければならない。そんななかで中学も真面目に行っていないなんて、ろくな人間じゃないと思われてしまうのがふつうらしい。いわれてみれば、そうかもしれないけれど、そんなに私はろくでもないものかな。
 結局、高校を中退して通信制の高校に通ったけれど、世間には「通信教育は高校とはいえない」という考えをもつ人が多い。アルバイトの面接にいっても、履歴書の最終学歴欄に書くのは「高校中退」だ。初対面の友達に、自分の立場を説明したときにも「一応高校生」。いっそ中学卒業で通したほうが、楽なんじゃないかと思うことも少なくない。通信制の高校というものを説明するのが難しく、面倒くさいからだ。
 さらに面倒なのが、ご近所様の好奇心や興味に応えることだった。ご近所様のうわさは、すぐに立つ。うわさが立てば、真実を突き止めようとする人が必ず一人は現れる。そのときに質問の的になるのは、なぜかいつでも母なのだ。私のところに直接聞きにくる人は一人もいない。こういったことに関しては、どんな立場の人でも反応は同じらしい。
 学校の先生も私に関するうわさの確認には、おそるおそる遠回しに、母に聞いてきた。聞きたいことがあるのなら、知りたいことがあるのなら、ハッキリと私に聞きにくればいいのに、どうして母に聞きにいくのか、いつも不思議でならなかった。けれども、そんなうわさも話題も、みんな私のことなのだ。だから、遠回しにされればされるほど、わずらわしいけど気になってしまう。
 どうして私が学校に行けないか、母は知らない。学校に行った自分の子どもが、学校で何をやっているのか、ふつうの親にはわからないように、私の母にだってわからない。まさか私が毎日保健室に行っているなんて、思ってもみなかっただろう。そしてたとえ知っても、理由なんかわかりっこないのに。
 なのに家に閉じこもっていれば、ご近所様が「どうしたの?」と聞いてくる。結局、世間も私にとっては、鉄でできた空間になった。そして、ナゾ解きの的が母に向けられたときから、矢のように冷たい視線を母からそらすことだけを考えるようになった。母に危害が及ぶくらいなら、この町から消えてしまいたいと心から思った。

■「死」への逃避は自分への負け

 保健室登校児が生まれる発端には、こういう「周りの目」があるのではないか。ご近所様の目を気にするように、子供は親の目も気にする。また親に向けられた他人の目も気にしている。人の視線が痛いから、とりあえず学校には行くけれど、やっぱり教室には入っていけずに保健室に行く。そういう子どもが増えているのじゃないか。保健室登校児や自宅にこもりきりの子どもに、イジメとは無関係なケースが多いのは、実はこんな理由によると思う。
 保健室登校は、最近徐々に認められつつある。確かに保健室登校児は、ある意味で、自分の意思を貫いているようにも見えるからだろう。彼らの存在が認知されつつあるのは、そういう理由だ。
 だが、保健室登校を認めることで、逃げようとしている子どもの「逃げ」の部分を許すような世の中になってはほしくないと思う。たとえば、イジメられて自殺して、テレビで騒がれた子が、ヒーローのように祭り上げられたことがあった。自殺した彼は、自分の考えを全身で訴えていたようにみえて、私も一時は、そんな人間になりたいと思った。
 でも実は、それはヒーローでも何でもなくて、ただの負け犬だった。確かに逃げることは一つの手段だが、死を使って逃げてはいけない。いつだって私は「逃げ道街道」の真ん中を歩いてきたし、手首に切り目を入れたこと、睡眠薬を大量に飲んだことだってあるけれど、だからこそわかる。死に逃げるのは卑怯な負け犬だ。
 死を選ぶのはかっこいいことでも立派なことでもない。それはつまり、自分自身に負けるということ。今ではこの世で一番の恥だと思っている。 (■つづく)

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