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保健室の片隅で・池内直美/第五回 拒食・過食・共依存

■月刊「記録」1998年5月号掲載記事

*         *         *

 若い女性にとって、「太る」は恐怖の体験だ。私も二度ほど体重の激減を体験した。最初は一〇代後半のちょうど高校に入学した頃だった。食べたいのに、食べ物がノドを通ってくれない。約二年後に同様の症状が再びやってきた。聞けば私と同じような状態が若い人の間で増え続けているという。正確には「拒食症」や「過食症」といった言葉の範囲には属さないが、それに近い状態にある人が増えているのだ。
 拒食や過食嘔吐のことをご存じの方は多いと思うが、私の拒食はそこまではいかない。時々ものが食べられなくなったり、自分でも気づかない間に食べすぎ、すぐに吐いてしまうというものだ。どうしてそうなってしまうのか? 私の場合はダイエットからだった。

■最初は単なるダイエットだった

 中学生の頃は、一五四センチの身長に対して、体重六四キロという中途半端なデブだった。
 極端なデブも嫌だけれど、この中途半端な体型は悲しいほどに私を悩ませた。またダイエットして体重が減っても、お腹がへこまなかったことが、極端な食事制限に走るきっかけになった。それまでは保健室でも給食を食べていたのだが、ダイエット後は、「胃かいよう」という理由をつけて、お弁当を持っていくようになった。
 母親が作ってくれるお弁当には、胃にやさしい温野菜と少しのご飯、そしてプリンをいつも入れてくれた。でも私が口にするものは、プリンだけ。そんな生活を続けるうちに、それ以外のものがだんだんノドを通らなくなった。
 けれど、私がお弁当を持っていった本当の理由は、あまり食事をとることができないということを、親に気づいてもらいたかったからかもしれない。ただし、これは今になって、振り返って思うことである。当時は、自分でも、ダイエットと拒食症隠しを兼ねておこなっているつもりだった。
 このあたり、拒食症の原因の一つに思い当たる。拒食症になる人は、「親が心配してくれる」ことを望んでいるのだと、何かの本で読んだことがある。それだけ安心できないのだろう。人に心配されて、はじめて自分の存在を確認することができる。逆にいえば、心配されていなければ、自分の存在に自信を持てないということなのだ。
 食べなければ心配してもらえる。心配されれば安心する。安心すれば生きていける。そして、食べられるようになるか?
 いやいや、ところが現実は、そう簡単には進んでくれない。安心できるようになって、いざ食事をしようと思っても、今度は食べられなくなってしまうのだ。
 食べたいのに食べられない。ここではじめて私は焦った。するとそれが大きなプレッシャーに転じ、もっともっと食べられなくなってしまう。食べるタイミングを逃してしまうと、ますますどうにもならなくなる。
 二度目の体重激減はまさにそうだった。歯科医でのアルバイトを終えて帰宅し、夜遅いからと夕飯を抜く。就寝が遅いので、昼すぎまで寝ている。これで朝食も抜いてしまうことになり、二食目をパスだ。そしてお昼ご飯は、お腹が空きすぎているので、食べすぎないようひかえ目にしているうちに、とうとう拒食ぎみになってきた。食べたいときに、食べたいものしかノドを通らなくなってしまったのだ。
 ただし、中学生の頃と違って、家のなかが安心できないというわけではなかったので、食べようと思えばふつうに食べられたのかもしれない。けれど、もしも、もしもそこで食べられなかったら、というのがこわかった。
■どんどん痩せていく怖さ

 高校に入学した頃の最初の「拒食症ぎみ」体験は、中学卒業とともにせっかくやせた体重が、元に戻ってしまったこと、それから、たまたま家で一人で食事をしなければならなかったこととが重なり、さびしさと、それに気づいてもらえないもどかしさで、心の安定を失っていた結果だったと思う。もちろんこれも、今だから思えることで、当時は単なるダイエットをしているつもりでいた。
 母は、ある日、私が食事をとっていないことに気づき、無理に食べさせようとした。しかし、当然のことながら体はそれを拒んでしまい、すでにほとんど飲み込めなくなっていた。心の中では「お母さんに嫌われる!」と思っており、食べなければいけないと必死なのに。
「どうして食べられないのッ」。ジャガイモとニンジンとタマネギをゆでて裏ごしして、固形物が何一つ入っていないスープでさえ口に入れられない私に、ついに母はそうどなった。
 二度目のときも母はあのときと同じようにどなっただろうか。当時、ふと鏡で自分の顔を見てみた。中途半端なデブは変わってはいないのだが、なんだか頬がこけている。 「ヤバイかも……」。とっさに触った胸も、なんだか小さくなったように感じる。
 あわてて飛び乗った体重計は、喜ぶべきか、悲しむべきか、今までで一番少ない記録的な数字を示していた。五キロ以上も減っている……。自分が子宮を悪くしていることに気づき、不妊症であることも知ったばかりの頃で、どんどんやせていくことが急に不安になり出した。 私も、やせてほしいところがやせず、出っぱってほしいところが貧弱な、中途半端な脂肪のつき方をしているのでわかるのだが、女性は体型を必要以上に気にしてしまう傾向がある。周りを見ても、とても太っているようには見えず、バランスのとれた体型をしているのに、モデルのような体になれないと悩む人が多い。
 だからといって、無理なダイエットをすると、女性の場合は排卵がなくなったり、月経が止まってしまうことがあるのを忘れてはならない。ホルモンのバランスが崩れると、テレビやマスコミが騒ぐ以上に生々しく自分の身に襲いかかってくるからだ。
 アルバイト先の歯医者でピルを飲んでいる患者さんの口の中を見たことがある。身体のホルモンバランスを、お腹に子どもがいるときと同じ状態にもっていくという、避妊薬のピルである。ピルを飲んでいるだけで、口の中は白くはれ上がり、たえがたい痛みがあると患者さんは訴えた。本来あるべきの身体の形を無理に変えようとすると、これほどの影響が出るのかと驚いたものだ。

■抑圧された恐れが原因

 私のなかでの拒食症とは、ダイエットから起こる女性の病気だと思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。これまでいただいたたくさんの手紙のなかに、拒食と過食嘔吐を克服した男性がいた。「男の人でも拒食症になるんだあ」と、最初は感心すらしていたのだが、さらに話を聞いているうちに、拒食の原因は、「彼女ができないのは、自分が太っているからだ」と思い込んでいるせいだとわかった。
「恋人同士は、体型でつき合うんじゃなくて、気持ちでつき合うものなのじゃないかなあ?」。彼がその病気に悩んでいる頃に、何度そういっても、「こんなに太っている自分を、好きだなんていってくれる女の子が、どこにいるんですかっ!」の一点張りだった。
 幸か不幸か、私には中学一年生の頃から、自分の側にいてくれる異性がいた。だから、そういう気持ちにはならなかった。けれども、彼氏や彼女に限らず、太っているからといって離れていった人などはなく、またやせたからといってそばに寄ってきた人もいなかったのだが。 その彼が、もう一つ気にしていたことは、「共依存」というものだった。
 共依存。聞き慣れていない言葉だと思う。私もこの言葉を知ったのは最近のことだ。簡単にいうと、一つのことに悩んでいる人と向き合い、一緒に悩み苦しむことで、自分も同じような悩みを抱えた状態に陥ってしまうことだ。
 簡単には理解できないだろうが、私が不登校で悩んでいたとき、両親もどうしたら私が悩まなくなるのかを悩み、共にどうしようもない泥沼に落ち込んでしまっていた。これがもっとひどく、長い時間持続する状態といえば、ある程度おわかりいただけるだろうか。
 そして共依存を気にするあまり、自分が拒食症であることを人にいえずに一人で苦しんでしまうのも、その後の症状を悪化させる原因の一つではないかと、私は考えている。体を動かせなくて溜まるストレスは、運動すれば吹き飛ぶだろう。でも、心のストレスは口から吐き出す以外に出口はないと思う。
 心のストレスをストレスと感じていない人でも、知らないうちに、きちんとどこかで口から吐き出し、ストレスを発散しているはずだからだ。
 拒食症のストレスは、食べられないことや食べすぎることではないような気がする。やせはじめた当初は、もちろん好きなものを食べられないことがストレスになっている。ここまではふつうのダイエットと同じだ。しかし、ここから拒食症になるためには、自分の身体を太っていると過剰に意識するあまり、自分のなかで自分を、肥満という弊害の被害者と思い込む、被害妄想が進んでしまったからなのではないか。
 けれども、拒食症の原因は、さらに深く探れば、自分を太っていると思い込む、その自意識だけでもない。原因はもっと他のところにあるのだ。これは私の周りにいる人を見ていてもわかる。
 ある女の子は、彼氏が自分よりやせていることを気にして、食事ができなくなったという。だが本当は、両親の不仲が彼女の心に追い打ちをかけていた。
 ある男の子、先ほど例にあげた彼だが、太っていることを気にしているのは間違いないが、よくよく話を聞いてみると、父親が亡くなってしまったことで、心の支えを失ってしまっている背景がうかがえる。
 二人とも今はふつうに食事をし、何かあれば私に相談を持ちかけてくれ、充実した毎日を送っている。しかし、ときどきは、食べものを胃が受けつけないような日もあるらしい。何かを恐れ、その恐れを抑圧している、そのストレスこそが、身体と心を破滅へと追い込んでいくのではないだろうか?
 これを書きながら私は、もう一度自分を見つめ直し、自分が幸せになるためにできることを、探そうかなあ……と思っている。 (■つづく)

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