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靖国を歩く/第9回 絵馬から読み解く、靖国願掛けガイド決定版(奥津裕美)

■月刊『記録』02年11月号掲載記事
■奥津裕美(おくつひろみ)…ライター。1981年神奈川県生まれ。長らくの海外放浪生活に終止符を打ち、「記録」編集部へ戻るジプシー系ライター。著書に『誰も知らない靖国神社』(アストラ)
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  神社と言えば、現世利益とワンセット! お守りだって、縁結びや学業成就、商売繁盛、安産などなどバラエティーに富んでいる。ただし神社に祀られている神様にも、得意分野はあるようだ。 
   例えば西宮神社にはえびす様が祀られ、商売繁盛に効果ありとされる。学者・文人としても誉れ高かった菅原道真公を祀った天満神社は、合格祈願など学業関連の成就に強い。まあ、神社に祀られている神様は1人でないことも多く、けっこう幅広く願いを聞き入れてくれるようだが、神様のバックグラウンドは無視するわけにもいくまい。 
   で、靖国神社は一体どのような願い事に効くのか? 
   神社本庁によれば、「(靖国神社に)千年、二千年という歴史があるわけではありませんので、具体的に何に効くということは……。やはり天下国家にまつわることでしょうか」とのこと。 
   なるほど、なるほど。靖国神社は明治以降に国の為に死んだ人たちを祀る護国神社のひとつである。つまり神様は、出撃し散っていった軍人・兵士たち。「天下国家」の願いに、靖国の神様が敏感なのも当然だろう。 
   それにしても、神様なんて、なかなかなれるもんじゃない。会社を興して大成功を収めても、ノーベル賞を受賞して世界的に有名になったとしても無理だ。もちろん私みたいな一介の物書きなんぞ、悟りを開いても神にはなれん……。生前、故人がどのようなことをしていても「名誉の戦死」を遂げれば靖国に祀られ祭神になれるのだから、不謹慎ながら羨ましく思ってしまった。 
   しかし靖国神社の数々の絵馬を見て、吹っ飛んだ。 
   いやいや戦争で特攻するのも大変だが、英霊になって現世利益を叶えるのも楽ではなさそうである。
   「英検が通りますように」。「ECCジュニアがうまくいきますように」。こりゃ、いくらなんでもダメでしょう。明治時代の英霊が英語に強くないのはもちろんのこと、太平洋戦争の英霊にいたっては、国内で英語の使用が禁止され、野球用語まで日本語に換えていた世代である。そんな人達に英検に受かりたいとか、英語学習塾でのガキの成功を願うのはいかがなものか。だいたい英語は元敵国の言葉なのだ。英検なんて、どう考えても失敗しそうである。
   「青山学院大学中等部に合格できますように」。 
   待ってくれ、お願いだから! 青山学院といえば、ミッション系。キリスト教信仰に基づいた教育が行われている学校である。神道の神社との肌合いが良いはずもない。しかも思い返せば1945年、大鳥居の前にある「別格官幣靖国神社」と書かれた社号標を、神道指令で「別格官幣」の部分だけぶった切らせたのは、キリスト教の国アメリカ合衆国なのだ。いくら英霊が穏やかでも、これは怒るだろう。 
   青山学院大、上智大、立教大、同志社大などのミッション系や、駒沢大、大正大などの仏教系は、「手助けしない」と英霊が言い出しても文句は言えまい。実力で勝負してください。 
   やはり正しい合格祈願とは、「防大合格を祈願します」のようなものだろう。これなら英霊だって大満足。守った祖国を、子孫がさらに守ろうというのだから。
■A級戦犯の学歴に注目 
   さて、合格祈願に関しては、意外に忘れられていることがある。 
   そう、太平洋戦争のA級戦犯である。ほとんどが陸軍大学か海軍大学卒だが、東京帝大法科大の政治、経済、独法学科、また京都帝大の卒業生もいる。神様に学閥があるかは知らないが、母校への入学をお願いされたら拒めないのが人情でい! て、すでに「人」じゃないのだが……。 
   こう考えると、東京大学の文Ⅰ・文Ⅱ・文Ⅲには御利益満点だろう。皇族御用達の学習院大学、神道系の大学として名高い國學院にも、高い効果を発揮しそうだ。 
   さて、このような流れからいえば、留学なんてもってのほかと言いたいところだが、事情は簡単ではない。英霊の中には、オレゴン州立大学を卒業している者もいるからである。となれば、この英霊の動き次第ではアメリカ留学にも効果があるかも! アメリカに対する憧れが、当時から全くなかったわけでもあるまい。大穴として紹介しておきたい。 
   第1次世界大戦で敵だったドイツは、第2次世界大戦では味方。このような事情からドイツへの留学祈願は、若干の考慮を要する。ただし昨年10月現在の統計によれば、大東亜戦争(首相官邸のホームページ資料による)の英霊が、全体の86.5%を占めていること考えれば、英霊の多数決によってドイツへの留学には大きな効果を発揮しそうだ。もちろんイタリアへの留学も、無条件で叶えてくれるはずである。 
   逆にロシアは、ちょっとまずい。日露戦争では8万8429柱の英霊が祀られ、ノモンハン事件や第2次世界大戦終結直前のソ連の対日参戦など、英霊の恨みは浅くない。他の神様にお願いした方が無難であろう。 
   願いを叶えてくれるとなれば、好き勝手に書くのが人間である。そんなわけで絵馬には、本来なら天下国家を論じるはずの英霊を悩ますであろうお願いのオンパレードとなっている。
   「I WANT TO BE HAPPY」 
   いや、書いたのが外国人だから仕方がない。それはわかる。でも、英語で「ハッピー」と書いても……。せめて和訳を付け加えるぐらいの配慮がほしい。なんといっても英霊の大半は、第2次世界大戦で死んでいる。英語は不用意です!
   「歌のお兄さんのオーディションに受かりますように」 
   英霊のほとんどは、歌舞音曲といえば軍歌である。ダメだろう。たぶん。全く根拠はないが。
   「今年一年正しく過ごせますように」 
   一年を正しく過ごしたければ、神様に頼まず自分で良い生き方を見つけることのが先決だろう。少なくとも生きているときは、英霊のなかには「これが正しい道なのか」と迷った方もいらっしゃるだろう。神様になったからといっても、どうもねぇ……。
■恋愛問題は強い!?  
   もちろん英霊向きのお願いだってある。意外に効果のありそうなのが、驚くなかれ恋愛だ。 
   靖国神社の基本は『祖霊信仰』。共同体のために身を捧げて倒れた霊を祀ることにより、その霊が共同体の子孫を護る守護神に変わる現象をいう。こうした経緯を考えれば、共同体のために子孫を残す特効薬「恋愛」を、英霊がジャマするはずもない。 
   まして英霊のなかには、学徒出陣などで結婚できずに戦死した人が少なくない。そうした英霊に花嫁人形を供える風習は、現在も続いている。結婚に憧れていたり、新妻を残してきた英霊も多かっただろう。よほど心の狭い英霊でない限り、積極的に応援してくれるはずだ。 
   ただし英霊が願っているのは、共同体の存在である。縁結びではない。となればお手軽な恋愛には、力が入らないかも。恋なら命がけ、もっとも効果があるのは、やはり結婚に違いない。「赤い糸で結ばれた人と巡り会えますように」、「夫婦仲がいつまでもつづくように」なんて絵馬には、英霊もにっこり笑って応えるに違いない。 
   家族の無事を願う絵馬は靖国神社でも数多く見られた。無病息災・家内安全は、神社の「慣用句」でもある。これに効かなくてどうする! 
   太平洋戦争中、海外に出兵した兵士達は遠く離れた家族を心配したものだった。ある中尉は胸ポケットに母親への思いを綴った写真を入れ、またある大将は子供に手紙を送っていた。国家のために死ぬ決意とはいえ、やはり家族への思いは強かったに違いない。
   「健康で幸せで仲良く家族全員が送れますように」「おとうさんのびょうきがよくなりますように」「家族皆健康ですごせますように」といった願いは、英霊も最優先で叶えそうな気がするではないか。ただ生活習慣病の治療などは、「贅沢病だ!」などと一刀両断。あまり手を貸してくれないような気もするが、いかがなものか。 
   国を守る願いは、靖国神社の専売特許ともいうべき大本命に違いない。もちろん自衛隊の願いだって、大歓迎だろう。「専守防衛なんてしゃらくせぇー」なんて英霊が思っているかもしれないが、国防を担っている軍隊とくれば無視もできまい。
   「三等海曹合格 横須賀転勤」。これぞ靖国向きのお願いである。御利益間違いなし。
   「自衛官としても私の人生が無駄になりませんようお願いいたします」。こちらの絵馬となると、英霊は涙を流して協力しそうだ。もしかすると「無駄」にならないよう、国のために死ぬ機会を与えるのかもしれない。つまり戦死か!?  
   さて、ちょっと判断に苦しむのは、「外人部隊への入隊」という絵馬である。外人部隊に入るぐらいならば日本の自衛隊に入れ、と英霊は言われないだろうか? 日本のために死んだ祭神に外人部隊への入隊を願いをするのは、ちょっと勇気がいるような気が……。戦後民主主義に批判的な英霊なら、海外で戦うという意気込みには賛成してくれそうだが。 
   さて、最後に珍しい願いについて考えておこう。
   「チェスちゃんが苦しまずにいけますように」。「チェスちゃん」とは、ペットだろうか。いずれにせよ、英霊に安楽死の手伝いをしろ、というわけだ。これは英霊によって、対応が異なりそうだ。安楽死の手助けがトラウマになっているような英霊なら、協力は期待できまい。(といっても恨むべきではない。彼らは本来「天下国家」の神様なのだ。ペットの生死に関心はないはず。たぶん……) 
   この取材をするにあたり私も絵馬を奉納してみた。「人生がうまくいきますように」と。思い返してみれば、少しお願いが抽象的過ぎたかもしれない。なんとなく英霊と私の考えた「うまくいく人生」に、開きがあるように思うのだ。国を豊かにするために子だくさんになろうなんて思わないし、自分の子どもを自衛隊に入隊させたいとも考えない。それでも英霊は、私の勝手な願いを叶えてくれるだろうか。 
   いや、小誌に書いているぐらいだから、絵馬の御利益があったわけでもなさそうだ。心がけが良いわけでもなし、やっぱりだめかな。 
   そろそろ神頼みの人生を改めなければと思う秋の日であった。 (■つづく)

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