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鎌田慧の現代を斬る/米国戦闘支援列島と化す日本

■月刊「記録」1997年11月号掲載記事  (表記は掲載当時のままです)

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■進む有事体制

 先月号でも指摘したが、政府は「有事体制」への整備を着々と進めている。危険に満ちたこのような政府姿勢を前にして、日本のジャーナリズムが本質的な問題追求をしないことに、私は強い不満を感じている。
 日本時間の九月二四日未明、日米両政府によって合意をみた「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)は、日本が米国の戦争にさらに強く従属させられる方向性を決定した、危険きわまりない取り決めだった。ところがこのニュースでさえ、大々的に報道されたのは合意発表後だ。それまで神戸での少年殺人事件を追い回していたマスコミは、新ガイドラインの合意にむけ、日米両国がどのように動いているのかを明らかにしてこなかった。もちろん新ガイドラインと歩調を合わせるように、日本の有事体制化が進んでいるという視点もマスコミには欠けている。
 独禁法のなしくずし的な改悪はどうだ。公正取引委員会は、なんの規制も行っていない。三井石油化学工業と三井東圧化学、秩父小野田と日本セメントなど、ことしから公然と始まった大型合併は公取委の合併審査を素通りしている。「公取委が審査基準を緩和した」と業界から声があがるほどだ。これは経済の国際競争に即応したものだが、巨大企業の寡占状態は、潜在的な軍事生産力である。戦後の財閥解体はそのようなものだった。持ち株会社さえ復活した現状は、第二次世界大戦前夜の日本を思い出させるには十分である。
 労働問題もひどい。さきに人材派遣法が成立し、職業安定法の骨抜きが進められてきた。女子の深夜労働が認められるなど、労働条件の著しい改悪が進んでいる。農業も例外ではない。新農業基本法の制定が目論まれ、大企業による農地取得が進められる可能性も高くなってきた。これは戦後の農地改革に逆行している。金のあるものが農地を所有し、小作農として農民をコキ使うなど許されるはずもない。
 さらに規制緩和という形で、公営事業の規模が縮小されつつある。経済改革・財政改革・政治改革など、改革を旗印に進められてきた規制緩和だが、じつは企業の新分野進出と政治的な保守基盤の確立を満たすための戦後の民主化の一掃である。
 文化的・思想的には、自由主義史観という形で教科書攻撃が進められ、従軍慰安婦の問題がターゲットにされているが、このアジアに対する侵略と暴力を公然と否定する姿勢には、不気味な恐怖を感じざるを得ない。
 そして、治安対策の強化である。「組織的犯罪対策法」の立法が目論まれているのだ。市民運動団体から「盗聴法」と呼ばれているこの法律は、電話の盗聴を公然と始めようとするものだ。施行されれば、労働者や市民運動家を組織的暴力として監視の対象に入れようという動きが強まるにちがいない。この法律に、自民党政権がかねてより進めてきた国民総背番号制をリンクさせると、監視国家の確立となる。
 現在の日本は、戦後に構築された民主主義的な諸政策を投げ捨てつつある。今後、日本の将来に大きな影響をあたえるであろう新ガイドラインは、このような背景を隠して取り決められていることを見抜いてほしい。新ガイドラインが示す先に、日本の支配層の危険な舵取りが見えるはずだ。

■米軍へさらなる「思いやり」

 ソ連の脅威が崩壊したあとの軍備縮小の方向に逆行するようにして、新ガイドラインは作られた。世界の憲兵として君臨しつづけようとする米国に、日本列島が全面的に協力する。
 対外的には米軍の戦争に協力し、対内的には戦争体制を確立しようとしている政府は、抑圧的な社会状況を作り上げようともしている。小選挙区制でつくりだされた翼賛体制の政治状況のもとで一挙に行われようとしているのである。
 現在、在日米軍維持のために使われている金額は、六四七六億円(九七年度予算)。このうち米軍への「思いやり予算」は二七〇〇億円にものぼっている。不況にあえぐ日本が、これだけ多額のお金を米軍のために使っているわけだ。一方、韓国は二〇五億円、ドイツは六一億円、イギリスは四〇億円という数字である。米軍にたいして日本がいかに手厚い「思いやり」を行っているかが明らかだろう。にもかかわらず、新ガイドラインは米軍にさらに安上がりの戦争をさせることを約束した。敗戦の教訓によって作られた日本国憲法の前文の精神からは、著しく逸脱しているとしかいいようがない。
 この指針の目的は、「日本に対する武力攻撃および周辺事態に際してより効果的かつ信頼性のある日米協力を行うための、強固な基礎を構築することである」と書かれている。ここで重要なのは「周辺事態」である。これまで日米安保が想定していたのは、日本が攻められた場合の武力行使(これも憲法違反であるが)だった。ところが今回の指針は、米軍の極東戦を念頭に置いている。日本が攻められなくても、「周辺事態」の際に米軍は日本の基地を積極的に使い、自衛隊はその支援にむかうことになるのだ。
 そのうえ「周辺事態」の解釈も、曖昧で拡大解釈が可能ときている。「周辺事態は日本の平和と安全に重要な影響をあたえる事態である。周辺事態の概念は、地理的なものではなく、事態の性質に着目したものである」
 この文言からわかる通り、「周辺事態」とは地域的には規定されていない。「事態の性質」という意味不明な言葉でごまかしているが、結局、「事態」とは事変および戦争のことであり、「周辺事態」とは戦争状態にある地域の周辺なのだ。つまり地域に限定しないことにより、極東のみならず火薬庫とも呼ばれる中東で戦争が起こっても、日本は米軍の戦争を支援することになる。
 さらに周辺事態が予想される場合には、「日米両政府は……事態の拡大を抑制するため、外交上のものを含むあらゆる努力を払う」と新ガイドラインには書かれている。この「あらゆる努力」とは、武力的な活動も含まれているのは、疑う余地もない。それだけではない。新ガイドラインでは、形を変え、言葉を換えて、日米の軍事協力をうたっている。
「日米両政府は、事態の拡大を抑制ためのものを含む適切な措置をとる」
「必要に応じて相互支援を行う」
 非常にあいまいな言葉だが、戦争状態での自衛隊の活動に期待をしているということだけは確かなようである。逆に、自衛隊に軍隊として期待しているからこそ、あいまいな表現にならざるを得なかったのだ。

■米軍は勝手に予備訓練

 さらに細かく見てみよう。
 新ガイドラインの別表と呼ばれる資料には、周辺事態における協力検討項目の例が並んでいる。まず注目したいのが、「米軍の活動に対する日本の支援」という項目だ。ここには、「補給」・「輸送」・「整備」・「衛生」・「警備」・「通信」・「その他」の後方地域支援体制と、「施設に使用」について書かれている。なかでも「補給」の内容には、驚くばかりだ。
「自衛隊施設及び民間空港・港湾における米航空機・船舶に対する物資(武器・弾薬を除く)及び燃料・油脂・潤滑油の提供」 ここで米航空機・船舶とあるのは、戦闘機および戦艦であるのは間違いない。この条文を読んで思い出すのが、ことしの九月に相次いで行われた米海軍の民間港入港である。空母・インディペンデントが小樽へ入港したのに続き、佐世保にも空母が寄港。さらには駆逐艦が鹿児島に寄港したりもした。これらの入港は新ガイドラインに示された補給活動の予備訓練でだったのである。
 さらに「衛生」の欄に目を移すと、傷病者の治療・輸送が盛り込まれている。これは日本列島全体が戦闘支援列島となることを意味する。
 まだまだ問題はある。
「運用面における日米協力」という部分には、戦争の「情報交換」、「機雷掃海」という項目が目につく。これは平和時ではなくて、戦闘状態での機雷掃海であるから、日本も戦闘状態に突入する危険性をはらんでいる。 別表には載っていないが、「臨検」と呼ばれる船舶検査を自衛隊が担うのも大きな問題である。これは周辺海域を通る船舶に停船を命じ船内を検査するもので、相手が抵抗すれば武力行使に至る危険性がきわめて高い。

■反対運動封じ込め

 いったいこの新ガイドラインが、どうして日本国憲法の枠組みに収まるのか。「戦力の保持」と「武力行使」を否定している憲法を逸脱し、踏みにじっているとしかいいようがない。戦後五〇年、日本が軍事力を持って他国の人々を殺さずにすんだのは、この憲法のおかげである。ところが新ガイドラインは、既成事実によってその憲法を骨抜きにし、国民を人殺しに駆り立てようとしているのである。
 しかも国の命運を決するこの重大な決定は、国会の決議なく決まってしまった。国民が選出した議員によって国の方向性を決めるのが民主主義の大原則だ。ところが今回の決定は、防衛担当官僚だけで秘密的に行われたという。米国の戦略に日本が従う危険性について、国会でなんの議論もなく決定されるのは、民主主義の著しい逸脱であり、憲法の前文の精神を根こそぎ失わせようとするものだ。「前文」には、こう書かれている。
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷属、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」
 戦争によってではない、平和のための行動による国際貢献の思想である。そのあとに、全世界の国民が「平和のうちに生存する権利」が謳われ、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とも書かれてある。
 ここで、強調されている考えかたは、相手の国を尊重し、信頼することである。
 かつて六〇年安保改訂にさいしては、日本が戦闘に巻き込まれるとして、国民的な反対運動が起こった。国会議事堂への大デモ行進は、国民の恐怖感に裏打ちされたものだった。しかし「周辺事態」というあいまいな規定によって、戦争に巻き込まれる危険性が強めた新ガイドラインは、まったく反対運動が起きていない。それは大紛争に発展しないように、秘密をもっぱらにして国会に持ち出さない方法を採ったからである。
 それどころか官僚が作りあげた規制事実をテコに、憲法改定に大きく踏み込もうとさえしている。すでに国会内では憲法調査会が設置され、憲法改悪への具体的な対策をはじめようとしている。
 新ガイドラインの問題を通して考えるべきことは、日本の平和だけではない。アジア全体、世界全体を見回し、日本は、平和を軸にした外交をどのような形で進めていくべきなのかに思いを巡らす必要がある。そのためには積極的な市民の運動が必要となってくる。新ガイドラインでは、朝鮮半島有事と台湾海峡有事の危険性をにおわし、北朝鮮をソ連に代わる仮想敵国に仕立て上げ、これから経済進出を拡大しようとしている中国さえ仮想敵国に含めてしまった。この方向へ対置する思想とは、アジアの民衆に日本人が与えた痛みを反省し、共感を基礎にした平和的な協力を進めるころである。アジア各国との民衆レベルの平和的なネットワークの拡大が、米国の軍事的介入を防ぐことになろう。このままではアジアの鬼っ子となった日本が、米国とともに世界と対立することにもなる。(■談)

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