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もう一度バブルに踊ろう/第4回 バブル入社組への呪詛が聞こえる

■月刊「記録」04年4月号掲載記事

            *       *        *

 「拘束旅行」「オセロ」「4S」。さて、この3つの言葉に関係するのは、何でしょう? 
 言葉の意味を覚えている人など、ほとんどいないだろうが、正解は就職活動である。もっと厳密にいえば、バブル期の就職活動だ。
 今ではウソのような話だが、当時の企業はとにかく人手が足りなかった。1989年には、大学卒業予定の男子学生の3人に2人が上場企業に就職でき、平均で1人3.2件もの求人があったのだ。そうなると企業と学生の力関係は一変する。何がなんでも新卒の人材を確保したい企業は、なりふり構わぬ学生の囲い込みを始めた。
 そうした状況で生まれたのが、冒頭の3つの言葉だ。  「拘束旅行」は、内定を取り消して他社にいかないよう会社訪問が正式に解禁となる8月20日前後に、学生を旅行に連れ出すこと。
  「オセロ」は、学生が内定を取り消すこと。
  「4S」とは、OBが学生確保のために後輩を接待する場を指す。サウナ、すし、ステーキ、ソープランドの略だという。
 いやはや好景気はスゴイ! 現在、数千人単位でリストラを断行している企業が、わずか15年ほど前には学生にオンナをあてがって自社への就職を説得し、他社へと逃げないよう旅行にまで連れ出していたのだから……。 にわかには信じがたい話だが、こうしたリクルート活動は、当時の新聞や雑誌を幾度も報じられている。
 銀行や証券の間ではやったのは、「電話内定」だという。資料請求のハガキを投函すると、何度か電話がかかってきて、その後、指定された日に会社に行けば内定をもらえる仕組みだ。国公立大学や有名私大の学生なら、会わなくても採用というのだから尋常ではない。
 頭数だけ揃えるなんて、徴兵した軍隊じゃないんだから。それとも突撃するためだけに集められた「捨て駒」だったのか? そう考えると、現在、バブル入社組が大量リストラの危機にさらされている理由もわかる。
 90年8月20日の『朝日新聞』は、内定者を東北の温泉に連れ行く商社や、東京ディズニーランドに連れて行く金融会社があったと報じた。
 また、コンピュータ会社から6月に内々定をもらった学生のコメントも掲載している。
  「内々定をもらった時に、9月上旬に工場見学を兼ねて、米国西海岸に連れて行く、といわれました。早い人は、7月ごろにもう行っています」
 なんと海外。
 しかし上には上がいる。某外資系企業は、学生を香港に1ヶ月連れて行ったという。
 こんなの一部の企業だけだと思う読者もいるだろうが、それは大間違い。88年夏に日本経団連内に設けられた就職協定協議会の「拘束110番」には、400件を超える電話が殺到した。そのなかでももっとも多かった相談事が「国内、外の宿泊研修旅行の強制」だ。その数、なんと223件。
 こんなことが悩みだったのかという気もするが、仕方がない、それこそがバブルだったのだ。目の前の人手不足に加え、90年代後半からは若年労働者が減っていく。こうした現状を前にして、企業はどうしても頭数をそろえておきたかったらしい。
 90年に経済企画庁(現・内閣府)の発表した調査結果によれば、70.7%の企業が人手の「不足感」を持っていることが明らかにされ、その結果として48.5%の企業は、残業が増えたと答えている。つまり人手を確保できなきゃ、その分の仕事は寝る間を惜しんで社員が片づけなくちゃいけないわけだ。
 そうしたプレッシャーをかけられた就職担当の社員も、気の毒であった。
  「100人採るには、300人の内定をださなきゃだめだ。そのためには、3000人以上の学生とあわなくてはならない」(『AERA』89年7月18日)
 証券会社に入社した慶應大学OBの発言である。この人たちが、現在、採用したバブル組入社組のクビを切りまくっているかもしれないと考えると、巡る因果に思いを馳せざるを得ない。
 当時、高飛車な学生に苦労させられた人は、彼らのリストラに同情する気さえ起きないだろう。いやはや、調子に乗りすぎるとツケは後からやってくる。調子に乗れる環境にいたことすらない私が、肝に銘じてもせんないことではありますが。

■「固50~60万円」は不動産ならあり?

 こんなお祭りのような就職活動なら、フジテレビジョン製作で就職活動がトレンディードラマ(死語ですね)として映画化されたのもうなずける。
 1991年に公開された織田裕二主演、『就職戦線異状なし』。早稲田大学社会科学部に在籍する主人公が、テレビ局の入社試験を通して成長していく青春ドラマだ。
 いや、内容が軽い軽い。バーで就職担当者を殴ってしまった主人公が、テレビ局に受かってしまうのだから。  「『徳島への転勤は大丈夫ですよね』とか聞かれて、『全国、どこへでも行きます』と即答できいないと、次回の面接はもうありません」
 そう教えてくれたのは、昨年、就職活動を経験した早稲田大学の卒業生である。担当者を殴るどころか、転勤にひるむ姿すら現在の就職活動では致命傷なのだ。
 彼女によれば、説明会など就職活動に動き始める時期は大学3年の12月。1日3社もの企業を回って3ヶ月、やっと希望に合う中堅企業に内定したという。
「20人ほどのゼミの仲間でも、就職に失敗して留学に切り替えた人が3~4人。同じく就職が決まらなくて、大学院に逃げた人が5~6人ですね。
 だから就職できた人は半分ぐらいでしょうか。誰もが知っている有名企業に現役で入った人は、1~2人。出版社に入りたくて、風俗系の求人誌に就職した人もいましたよ」とのこと。
 天下の早稲田が、である。バブル期なら何もしなくても、電話で内定のもらえた早稲田がである。バブル入社組に対する呪詛の声は、下の世代からも響いているようだ。
 ちなみに早稲田の文系は、大学ごとに説明会を開く企業のランクでは第3グループだという。理系有名大学、国公立の下と。大手コンビニの説明会などでは、こうした順列通り3回目の説明会に呼ばれるとか。
 今、就職活動をテーマに映画を撮ったら、お涙ちょうだいモノになってしまう。少なくともフジテレビは製作しない。 
 今回、資料を読み込むうちに、何だか切なくなってしまった。子役で一世を風靡した人の没落を見ているような。バブル入社組の悲惨を耳にしてくいるからだろうか。あー、書いても書いてもバブルに踊りたくならないのが悲しい。 (■つづく)

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