« ホームレス自らを語る/美人の妻に逃げられ暗転・丸山隆一(五二歳) | トップページ | 保健室の片隅で/第三回 保健室で見つけた希望 »

ホームレス自らを語る/暴走族から鑑別所、そして…・原田忠雄(四四歳)

月刊「記録」1999年3月号掲載記事

*      *        *

■ナナハン乗って暴れ回った

「ブラックエンペラー」という名前の暴走族のチームがあってね。若いころ、そこのメンバーだったんだ。中学生から高校生にかけての、四年くらい入っていたよ。毎週土曜日になると、夜の一二時に渋谷に集まって、バイクで暴走を始めるんだ。
 走り始めのうちは、バイクの台数もそれほどじゃないんだけれども、「ニーヨンロク」(国道二四六号線)を下っていくうちに徐々に集まってきて、最後は二〇〇台くらいになるんだ。そりゃあ、すごい迫力だったね。
 おれも上から下まで黒づくめの格好をして、ホンダの 「カスタム」っていったかな、ナナハン(七五〇㏄)のバイクにまたがって……。まあ、目立ちたかったんだろうね。パトカーをしたがえて集団で走るのは、すごい快感だったよ。
 悪いこともした。何しろ、乗ってるバイクだって盗んだもんだからね。今の子どもたちと違って、バイクを買うカネなんて、とても持っていない時代だからな。みんな盗んできて、それを乗り回してたんだ。カツアゲ(恐喝)したり、電気屋の倉庫に忍び込んで、テレビとかを盗み出したこともあった。
 暴走族のチーム同士でケンカしたときなんか、相手側の女の子をカッさらってきて、みんなで「回す」なんてこともしていた。要するに輪姦だよね。ただ、おれたち下っ端は見張り役とか、見てるだけで手は出せなかったけどね。
 ケンカもよくしたよ。利根川の先のある町には「ブラックエンペラー」に対立するチームがあってね。よく遠征していってはケンカをしたんだ。おれも木刀を武器に暴れ回った。
 警察に逮捕されたこともあるよ。おれの場合、道路交通法違反に無免許、それにバイクの窃盗もあったから、少年院だか、鑑別所のようなところに半年間入れられたよ。まあ、それで暴走族をやめることになるんだけどね。
 結局、今の暴走族の連中もそうだけど、一人じゃ何もできないから群れてるんだよね。でも、若い時分に一度くらい羽目を外すのもいいことだとは思うよ。今ではビシっと偉くなってるのでも、元暴走族っていうのはいっぱいいるからね。暴走族からそのままヤクザになるのは、案外少ないんだよ。

■一八歳で娘ができた

 生まれは東京。おやじは大工だった。八人兄弟の末っ子なのだが、上の七人のうち三人は知らない。何でも栄養失調のようなもので、おれが小さいころに死んでしまったらしい。それくらい家は貧乏だった。
 飯もスイトンだとか、ラーメンだとか、そんなもんばっかりでね。おやつといったって、ジャガイモの蒸したものがあればいいほうだった。
 それでも、おれは末っ子だったし、高校までやってもらった。都内の私立高校の農業畜産科に進んだんだ。もっとも農業になんて興味はなかったよ。本当はおやじの跡を継いで、大工になりたかったんだ。
 だから本当は工業高校に行きたかったけれども、中学のころから暴走族に入ったりして、勉強のほうは全然ダメでね。中学校の担任が、おれの成績でも何とか入れた農業畜産科に無理やり押し込んだわけよ。
 そんなわけだから、高校にはほとんど通わなかった。そのうちに警察に捕まって、鑑別所に送られて、学校は退学になった。高校二年のときだよ。
 高校を退学になる前のことだけど、授業をサボって渋谷で遊んでいたら、かわいい女の子を見つけてね。思わずその子の後をつけて家をつきとめたんだ。今でいう「ストーカー」みたいな感じでね。
 それで強引に家に押しかけていったら、意外にも素直に部屋に入れてくれるじゃない。そのまま押し倒しちゃった。学校をサボって盛り場をフラついていた子にしては、スレてなくて処女だった。まあ、おれのほうも童貞だったけどね。その子の名前は、一応A子ってことにしておこうかね。
 A子は母子家庭だったんだ。だから母親が働きに出ている間は彼女しか家にいないので、訪ねていっては関係を続けたよ。ところが、おれが一八歳のときにA子は妊娠しちゃった。それで女の子が生まれた。ただ、A子の母親が許さなくてな。裁判になって、おれの娘としては認知できないことと、娘には会えないことになった。それからA子は水商売で働きながら、娘を育てあげたんだ。大学も出して、嫁にやったよ。
 何でそんなにくわしいのかって?実は、娘には会えなくなったけれども、おれとA子の関係はずっと続いているからなんだ。今でも週に一回くらいは会っているよ。今、A子は新宿のピンサロで働いているから、朝のうちに家に訪ねていけばいるからね。まあ、おれが野宿(ホームレス)していることは、内緒にしてあるけど……。
■四六歳までには何とかしたい

 暴走族をやめてからは、町工場で働いたり、自衛隊に入ったりと、いろいろな仕事をやってきた。きっと性格が飽きっぽいんだろうね。
 二二歳のときからは、建築現場のトビ職をやってきた。半月契約で飯場に入って、カネを稼いで、それがなくなるまで遊び暮らして、また飯場に入る。その繰り返しだった。それでも、羽振りのいいときもあったんだけどね。けれども、A子にプロポーズはできなかった。やっぱり、ちゃんとした会社に入っていない引け目だったんだろうね。
 野宿生活をするようになったのは九六年からだ。仕事が減ってきて、カネもないし、路上に寝るよりほかに選択がなかったんだ。仕事は減ったけれども、それでも野宿を始める二、三ヶ月くらい前までは少しはあったんだよ。この二、三ヶ月はホントになくなったね。だからまったく働いていないよ。
 まあ、おれもまだ四四歳だからね。四六歳までには「何とかしたい」っていう目標はあるんだ。ちゃんとした会社に入って、A子ともちゃんと結婚してって。今は年がいってから結婚するのがはやってるから、今から結婚してもおかしくはないよね。トビの腕だって、まだ大丈夫だし、何とかするよ。 (■了)

|

« ホームレス自らを語る/美人の妻に逃げられ暗転・丸山隆一(五二歳) | トップページ | 保健室の片隅で/第三回 保健室で見つけた希望 »

ホームレス自らを語る/大畑太郎・神戸幸夫」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/6960135

この記事へのトラックバック一覧です: ホームレス自らを語る/暴走族から鑑別所、そして…・原田忠雄(四四歳):

» ゼファー750 [ゼファー750 バイク好き集まれ!!]
ゼファー750の世界へようこそ! ゼファー750カスタム、マフラーなどゼファーならではの不思議な魅力に浸りませんか? [続きを読む]

受信: 2007年6月29日 (金) 22時01分

» バイクのどこから改造? [バイクをカスタムする]
バイクをカスタム!そんな思いが一気に加速〜世界最速「隼」 [続きを読む]

受信: 2007年7月 4日 (水) 03時50分

« ホームレス自らを語る/美人の妻に逃げられ暗転・丸山隆一(五二歳) | トップページ | 保健室の片隅で/第三回 保健室で見つけた希望 »