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保健室の片隅で・池内直美/第四回 “切れる”ナイフをポーチに忍ばせて

■月刊「記録」1998年4月号掲載記事

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■セロテープとホチキス

 九八年一月、栃木県黒磯市の中学校で一年生の男子生徒が英語担当の教師を刺殺するという事件があった。この事件に「サバイバルナイフ」が使われたことから、ナイフを持ち歩く子どもに焦点が当てられた。なぜナイフを。そういえば私もナイフを持ち歩いていた時期があったっけ……。
 中学一年生くらいの頃から読み始めたマンガのなかに、不良少女のイジメや売春、地域抗争、親や学校との関わり合いを描いたものがあった。イジメが原因で自殺未遂した主人公は、退院してから街のなかを毎日一人で歩き回り、いろいろな人と出会い、「はじめての経験」を積み重ねていく。
 そこで出会う人たちは不良と呼ばれるような人ばかりだったが、それぞれが一匹狼のように一人で強く生きている。その姿が印象的で、カッコよく、心の強さがうらやましく、自分でも不思議なくらいあこがれたことを覚えている。
 その主人公が出会った人々のなかに異母姉妹がいた。姉はいつもポーチを持ち歩いていて、ポーチの中には口紅と、ハッキリとは覚えていないが、セロテープとホチキスを入れていたと思う。よく覚えているのは、妹がケンカするときに、ホチキスを使っていたということだ。セロテープもホチキスも、小学生のときの私の「お道具箱」に入っていたものである。それをケンカに使うというのは、なんとも不思議だった。
 以前に「スケバン刑事」というテレビドラマがあり、その主人公はヨーヨーを武器にしていた。それを見てみんなが必死にヨーヨーを練習したように、私はセロテープやホチキスで自分の身を守ろうと練習した。何度も何度も自分で納得のいくまで、マンガと同じ方法で、マンガと同じようにできるまで練習した。
 それからポーチを買い、中に口紅とライター、そしてマンガをまねたセロテープとホチキス、小さな刃のにぶいナイフを入れて持ち歩いた。
 ポーチには自分流の飾りをつけた。みんながこれを見てこわがり、遠ざかってくれることを心のどこかで期待して・・・・。今、考えてみると、なんともいえない情けない話だが、当時はそれがカッコいいと思っていたのだ。
 しかし、しょせんはマンガにすぎなかった。セロテープとホチキスでは、いざというとき役に立たないことを、私はある「事件」で思い知らされた。
 男子生徒によって、私の髪の毛がナイフで切られてしまったのである。そのとき使われたナイフは、先に引いた黒磯市の事件で話題となったバタフライナイフだった。
 うまく回すことができるようになったのが自慢だったのか、彼は私の前でナイフをクルクルと回し、制服に切れ目を入れるフリをする。「切れないから」と彼は何度もそういったが、私はこわくてしょうがない。
 そして髪の毛にまで、何度もナイフを当ててくる。何度目かにジャリ、と切れる感覚が伝わって、一束の髪の毛が教室の床に舞い落ちた。私は驚いた。髪の毛とはいえ、体の一部を他人に切られた経験などはじめてだ。自分でも意外なほどショックを感じたことにも驚いた。切られたことよりも、ナイフを向けられて、ただドキドキしておびえていることしかできなかった自分にショックを受けたようにも思う。
 その後、そのナイフで誰かの制服が切り裂かれたといううわさも耳にした。
 切りにくいナイフは存在しても、絶対に切れないナイフは存在しない。だったら私は「切れやすいナイフ」を持ち歩こう。自分の身に何かが起きたとき、自分を守るのは自分しかいないのだから。
 切れるナイフを持ち歩き、それで誰かを傷つけたとしても、それは正当防衛だ。そう信じた私は、もっていた刃のにぶいナイフに、研石で鋭い刃を入れた。刃をといだことのない人間がつけた刃が、本当に鋭い光を放っていたかどうかはわからないが、このナイフならば、髪の毛などより深く相手を傷つけられるだろうと思った。
 こうして本当の凶器となった私のナイフは、その後もポーチに潜んでいた。誰にも見つけられなかったし、私がナイフを持ち歩いていることを誰も想像しなかっただろうが。

■あの頃、誰もが敵に見えた

 私が毎日保健室にいることは、学校中のほとんどの人が知っていたことだ。その保健室にいる私のところに、ある日、招かざる客がやってきた。髪の毛を切った彼と友人達である。その日は、たまたま保健室に私しかおらず、ヤバイと思ってもどうすることもできなかった。連中にされるがままに腕を取られ、カーテンで仕切られたベットまで連れていかれた。
 次の瞬間、何をされるのか考えるひまもなく、私は首を絞められていた。声にならない声で「やめて」と叫ぶ。けれど彼らはやめてくれない。逆に、もがく私を楽しんで、さらに強く首を絞めてくる。
 苦しくてバタバタもがいていると、誰かが「ヤバイじゃん」とつぶやき、急にノドに酸素が通るようになった。せきが止まらなくなり、苦しさも消えず、そのままトイレに駆け込み、胃の中のものを全部吐き出した。
 保健室に戻ったときにはもう誰もいなかった。他の人たちは何も知らずに、何事もなかったかのように、今頃、授業を受けているのだと思うと、悔しくて涙が出た。叫ぶことさえできない自分がくやしかった。私がここで、こんなことをされているということを知らない教師たちが許せなくて泣いた。
 私の身の上に「危険」という文字が浮かんだのは、これが二回目だった。「もし今度、何かあったときには、絶対このナイフで相手の顔を切りつけてやる!」と心に誓った。次は嫌でも正当防衛になるだろうから、たとえ間違えて殺してしまったとしても、殺人の罪には問われないだろうとさえ考えたほどだ。
 そのときから、私の周りは「敵」ばかりになった。
 自衛のためにナイフを持ち歩くことを考えたのは、自分の周りに味方が一人も見えなくなってしまった結果だった。周りに敵しかいないということは、自分の身に何か起きたときに、みんなが寄ってたかって便乗して、迫って来るような気がしたのだ。誰も助けてくれる人などいない気がした。今までのことを考えてみれば、それはまさに事実だったのだから。
 毎日、戦々恐々としていた私には、ことの善し悪しがわからなくなっていた。おびえたネズミは、猫にだってかみつく。あのときなら一つ間違えれば、私も犯罪者の一人になっていたかもしれない。誰でもいつでも犯罪者になる確率はあるけれど、あのときを振り返ると、本当に明日はわが身だったと感じる。

■戦々恐々とする弱い子ども達

 そして今、子どもたちは、あのときの私と同じ立場に立っている。ナイフを持ち歩くということは、確かに良いことではないけれど、彼らのなかにはカッコつけが目的ではなく、自衛用としてナイフを持ち歩いている者がいないとも限らない。
 自衛用にナイフを持っている子どもに、本当の友達がいるかどうかを尋ねてみればいい。カッコよさでナイフを持ち歩いている者がクラスにいることを誰もが容認し、何かが起こっても、きっと誰も止めようとはしないことが容易に想像できる世界に暮らしている子どものことを。
 教師さえも見て見ぬふりをする。そんな姿は、私が自分で誰よりも多く見てきた。教師は全く頼れないのだ。もちろん親だってそうだ。
 自分の子どもが傷害事件を起こしても、「子ども同士のケンカですから」と突っぱね、自分の子どもには何の責任もないと言い張る。教師が彼らを体で止めようと争えば、すぐに傷害事件として学校を訴える。
 子どもに理解を示すことと無干渉になるのとは違う。親は子どもに、ものごとへの責任の取り方を教えなければならない。親としての責任を果たさなければならない。そんなことさえできない親が増えている。だから見て見ぬふりをする教師も増えていく。
「自分で自分を守るしかないのだ」。そう、弱い子どもほど思ってしまう。そして戦々恐々として一触即発の毎日を暮らしていかなければならない……。

■我慢できない子どもが増えている

 人がいろんなものに興味をもつのは、生まれたときからもっている性というものなのだろうか。通信制高校に通い始めた頃の私にも強く興味をひかれるものがあった。それは手錠だ。手錠をかけられた瞬間の気持ちを感じてみたかったのだ。たぶん決して知ってはいけない気持ちだし、そのために犯罪を犯すほどではないが、「重い」のか「冷たい」のか、すごく興味を感じてしまったものだ。
 突然、警察署に行って「手錠をかけてください」と言ったら、きっと変な子だと思われるだろう。もっとも、手錠をかけられた気持ちを知りたいという時点で、もう十分、変なのだろうが。でも謎とは、いつまでも謎だからおもしろいのであって、そんなふうに無理なことをすれば、きっと迷惑をかけられる人が出るだろう。拳銃に触れてみたかったので、警官を襲ったという子どもがいたが、触れたいのなら、海外のそういう店に行けばいい。
 何かをしたいと思ったときに、即座に実行しないと気がすまない子どもが増えているという。まあ、今からあげるような、愛きょうのある行動なら、実行してみてもかまわないと思うが。
 車の免許を取ってから、まだ初心者運転期間中だというのに、三回も検問を通った。はじめてのときは緊張し、二回目のときはふつうに、三回目には検問の看板が見えたときから「よし、今日こそは敬礼してやるぞ!」と心に決め、警察官の横に車を止め、「スチャッ!」と敬礼した。免許証を見せ、警察官の質問に答える。「こんなに夜遅くに(午後一一時)若い女性が何してたんですか?」
 アルバイトで歯科助手をしていた私は、白衣のまま通勤していた。そのときも白衣を着ていたたのでコートを脱ぎ、警察官に白衣を見せた。それを見た警察官の目は点になり、私は吹き出しそうになるのを必死にこらえて言った。「仕事です。歯医者で働いているんです」「……ご苦労さまです。暗い夜道は危険ですから、気をつけてお帰りください」。警察官はバツの悪そうな顔で答えた。私は「ごくろうさまー」といって、また敬礼した。そして何事もなかったように車を走らせた。
 そこから家に着くまで笑いっぱなしだった。べつにお巡りさんをバカにしたわけではない。ただ単に、敬礼してみたかっただけなのだ。検問している警察官にだけでなく、道に立っている警察官にも私はきちんと敬礼している。でも、ときどき、ただの警備員だったりもするのだけれど。 (■つづく)

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