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靖国を歩く/ 第5回 訓練生を殺した特攻兵器(『記録』編集部)

■月刊『記録』02年4月号掲載記事

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 その写真を見たとき、思い出したのはオウム真理教だった。呆れて笑ってしまうほど無謀な計画なのに、なぜか技術は高水準。そのアンバランスさが、ずっと頭から離れなかった。 
   酸素ボンベを背負い、全身を覆う潜水服を身につけ、ひっくり返したバケツに丸窓を付けたようなマスクを被り、先に茶筒のような爆弾を取り付けた竹竿を握りしめ、その模型は右足を一歩前に踏み出していた。前回紹介した「かく戦えり。近代日本」展に出品された写真である。
   「五式撃雷を竹竿の先に装着して、海中から的の上陸用船艇を攻撃する特攻作戦も案出された。実戦にいたるまでに、訓練中の殉職者が多数生じた」と説明が添えられていた。 
   伏龍特攻隊。上陸したら無敵のM4戦車を、水際でくい止める秘密兵器であった。しかし、どうしてこんな発想が生まれたのだろうか? 全長5メートルもの竹竿を、高速で通過する船艇にどうやって突き刺すつもりだったのだろう。しかもこの撃雷、爆発したら数十メートル四方の隊員を吹っ飛ばす代物だ。安全に隊員を配置するためには(そもそも特攻なのだが……)、互いに50メートルの間隔が必要だったという。そんな離れて海中に並んでも、伏龍の上を敵船が通過する可能性は極端に低い。しかも潜んでいることがわかれば、敵は上陸前に機雷をばらまいてくる。戦うことなく全滅である。 
   また、この潜水装置が、人間のことなどおかまいなしの“スグレモノ”なのである。吐き出した二酸化炭素を苛性ソーダに吸引させ呼気を再利用するシステムは、あぶくも出さず、長時間の潜水も可能にした。当時の海軍が「海上ヨリノ送気装置ヲ要セズ無気泡ニシテ隠密性大ナリ」と評したのも頷ける。 
   ところが「鼻から酸素を吸い、口から呼気を吐く」という決まりを破り、数回鼻だけで呼吸をしようものなら、隊員はたちまち二酸化炭素中毒にかかってしまう。しかも空気清浄に利用している苛性ソーダは、劇薬物である。皮膚への腐食性があり、体に付けば高アルカリがやけどのように皮膚を破壊する。また水にも激しく反応し高温の化学反応まで引き起こす。 
   もう想像いただけただろうか? 訓練中、多くの兵士は呼吸を間違えて二酸化炭素中毒に倒れ、あるいは苛性ソーダを収めている缶に海水が入り込み、体内を焼けただれさせて死んでいったのだ。 
   当時、重要軍事秘密だった伏龍については、訓練中の死亡についても正式な記録がない。伏龍の元隊員が執念で資料をかき集めて発行した『海軍伏龍特攻隊』(光人社)にも、「3~4日に1~2人、時に2、3人」が病院に運ばれてきたという関係者のコメントを掲載している程度である。 
   結局、実戦投入されなかったものの、この作戦の悲惨さは特攻でも群を抜いている。考えてみてほしい。爆弾の付いた竹竿を抱え、苛性ソーダの逆流に怯えながら、海底で数時間も死を待つ気分を。朝の上陸に備え、潜るのは夜であろう。聞こえるのは、自分の呼吸音だけ。重力すら感じない。長時間、感覚を遮断されると、人は幻覚や強度の不安に陥るという。これは立派な拷問である。 
   結局、実行部隊の苦労など、誰も考えていなかった。人を大事にしない愛国って、いったいなんだろうか?  (■つづく)

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