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内部告発・豊島区は税金泥棒/第15回 協力者は面長の男

■月刊『記録』99年1月号掲載記事

     ※        ※        ※

 後藤雄一氏に会うため世田谷区桜上水のパン屋に赴いたのは、停職中の八月、昼下がりだった。彼は懸命にパンをこねていた。白の帽子に白の作業衣。黒枠の眼鏡。面長で長身。
 そして、やけに顔の黒い人。それが世田谷行革一一〇番を主催し、情報公開請求を武器に、次々と地方行政の腐敗を暴いていた後藤氏の第一印象だった。私のビラを読んでくれていた後藤氏は、名前を告げると仕事を中断し、快く私を迎えてくれた。彼の職場からとなりの喫茶店に腰を落ち着け、挨拶も抜きにこれまでの行政と私の闘いについて説明した。時間にすると、およそ90分。この時間こそが、私の運命を劇的に変えていくことになるのだった。
 この時、後藤氏を訪ねたのは、六ヶ月停職処分取消し訴訟に証拠書類を提出してもらうためだった。それは前号でも若干触れたが、豊島区役所の匿名職員が不正の是正をを求めて、カラ出張、カラ超勤の存在を記した五枚の文書を後藤氏の手元に送付し、後藤氏より朝日新聞の記者を介して私にその内容が明らかにされたからである。
「わかりました。書類は私の手元にあることは確かですが、それは心ある全国の自治体職員から寄せられた不正を指摘する多くの書類の中に紛れているはずです。見つかり次第お渡ししますから、しばらく待って下さい」
 私の申し出と、役所との闘いの一部始終を聞いた後藤氏は、静かな口調でそう語った。そして私の眼を見て続けたのである。
「五十嵐さんに対する一連の処分は、カラ出張やカラ超勤はもちろんのこと、更なる不正が五十嵐さんに暴かれることを役所が恐れたために起こったものです。水面下で、もっと多くの不正を彼らは行っているはずですから。
 彼らは権力を私物化しています。だから五十嵐さんを追い詰めるのに、手段を選ばないでしょう。
 しかしこの闘いは、五十嵐さんのみならず、豊島区民のためにもあるのですよ。だから決して負けてはいけない喧嘩なのです。あらゆる協力は決して惜しみません。頑張って下さい」
 彼の話し方や物腰は、淡々としていて無理がなく、何よりも穏やかだった。だがその穏やかさの裏には、強い怒りが見え隠れしていた。私の闘いを自身の闘いと同様に受け止めてくれた彼の誠実さが、不正を許さなかったのだろう。
 この日、後藤氏から送られたエールは、私に勇気を与えてくれた。確かに役所の行動を見直してみれば、更なる不正が暴露するのを恐れている役所の様子が窺える。尻に火のついた状況を誤魔化すために、役所は嘘に嘘を重ね、私への圧力を強めたのだ。
 私が一三一名の町内会長にビラを郵送した時も、そうだった。
 前回でも触れたが、八六年五月、全職員に配布した二枚のビラを、私は長会長に送付した。カラ出張・カラ超勤についてこと細かく書いたこのビラは、区政の御意見番として一定の力を持つ彼らを刺激する結果となった。送付直後より役所に事実を問う電話が殺到、来庁する町会長まで現れたという。
 この事態に驚いた当局は、騒ぎの鎮圧に全力を注いだ。
 五月七日から六月五日にかけて、区民部管理課の森茂雄課長を、一二回も区政連絡会に出席させたのである。町会長と区職員が区行政について定期的に意見交換する区政連絡会に、森管理課長を派遣し続けたのは、区の危機意識に他ならない。
 この会合で、私のビラが嘘だらけだと森管理課長は説明したと聞く。カラ超勤手当もカラ出張手当も支給していないと断言し、しまいには「五十嵐はとんでもない奴だ。出鱈目なことのを言いたい放題言っている。だから彼は処分する。そしていずれは免職にする」と言い放ったというのだ。森氏が話したのを直接聞いた市民からの情報なので、こうした発言があったことは間違いないだろう。まさに噴飯ものである。
 だいたいカラ手当の不存在を町会長に説明していた時、森管理課長の管轄下にある全、出張所(12ケ所)では、カラ超勤・カラ出張、両手当がしっかりと支給されていたのである。しかもこの事実は、職員間では公然の秘密だった。知らないのは、区民だけだったのである。
 区民に「嘘」をついて不正を隠そうとした男が、私を「とんでもない奴」だと評した。どっちが「とんでもない奴」か、よく考えろと言いたくなる。しかし実際には、私を「とんでもない奴」に仕立て上げることで、町会長の動きは収まっていった。
「火のないところに煙はたたない。文章の全てが嘘であろうか」。「事実でないなら名誉毀損である。それを承知でやっているとすれば、ある程度は調べたのかという気もする」。「マスコミで公務員の不祥事が報道されており、区も無関係でない気がする」。このような声も町会長からは聞かれたというが、事態を究明する力にまではならなかった。
 役所の危機意識が生んだ「火消し」が、とりあえず成功したということだ。
 ビラを送るまでは、私の攻勢だった。しかし攻撃をすれば、必ず返してくるのが役所の体質だ。
 ビラを配った仕返しは、先月も触れた六ヶ月の停職処分となって表れる。「十五日」、「三十日」の停職に続く三度目。この六ヶ月の処分は、停職処分では最も重い。あと残されているのは、免職だけ。つまり私を辞めさせるための準備は、確実に整ったことになる。
 しかも停職はペナルティーとして、仕事に就くことを禁ずる処分であるから、停職中のボーナスはもちろん、一切の給与が支給されなくなる。その上、復職後の最初のボーナスは、全額支給を「十割」とすれば「1割弱」が私の受領額であった。これは停職により著しく勤務日数が不足したための減額措置なのである。
 更には、期間に関係なく停職処分を受けた者は、規定上六ケ月の昇給が延伸される。従って私は、今回を含めて三回の停職処分を受けたわけであるから、通算一年半の定期昇給が延伸されたことになる。
 どんなに節約しても、生きている以上生活費は不可欠である。食費、アパート代、その他、最低限度のいろいろの経費も必要である。それだけに給与の停止は、ずしりとこたえるものだ。だからといって、アルバイトをするわけにもいかない。公務員は副業を持つことは禁じられており、規則に逆らうわけにはいかない。下手をすれば、一気に免職処分を命じられる可能性がある。じっと耐えて生活するしか、方法がなかった。
 だがそのような状況でも、私が絶対に削らなかった経費がある。それは情報公開請求にかかる金だ。
 豊島区には、ソーサー付きのコピー機がない。一枚、一枚、手でコピーをしなければならない旧式の機械があるのみ。そのため情報公開請求によって許可された書類をコピーするのには、膨大な時間が必要となる。しかも土・日は、役所が休みのためコピーをとることができないのだ。
 こうした事情により、私が情報公開請求によって引き出した文書は、夏休みや有給休暇を使ってコピーしていた。それだけに平日に情報公開を行える六ヶ月の停職処分は、必要書類を入手する上で絶好の時間だったのである。これほどの好機を、経済的な理由で逃すわけにはいかない。
 訴訟に必要な事項は、徹底的に開示を求める。このような姿勢で情報公開を求めた資料は、六ヶ月でダンボール七、八箱にもなり、私の部屋を埋めていった。
 八五年四月から、私は何度も情報公開請求を繰り返してきた。しかし、一度として役所を追い詰めるような書類を引き出せなかったのである。ところが後藤氏に会い、どのように請求するのかを教わってから、状況は変わっていった。役所の不正を示す資料が次々と、手元に届くようになったのだ。私の部屋を埋めていったダンボールは、そうした証拠の束だった。
 事実を指摘したにもかかわらず、勝手に嘘を書きまくったように仕立て上げられ、デタラメな処分書が作り上げられる。しかもそのような公文書が永久に保存されてしまう。このような処分に名を借りた冤罪から自分を解放するための礎。それがダンボールに収まった書類だったのである。
 だからこそ積み上がるダンボールは、私に自信を与えてくれたのだった。 (■つづく)

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