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大使館は世界への窓 第7回/ネパール王国

■(月刊『記録』95年2月号掲載記事)

■「融和と共生の王国」/日本ネパール協会会員 田村真知子氏に聞く

■労働で鍛えた女性達

 ネパールの魅力はなんといってもトレッキング(山旅)である。毎年万単位の人々がネパールの山地を歩いている。世界の屋根の眺望、長閑な田園風景、変化に富んだ道は言葉に現せないほどの美しさ、楽しさだ。トレッキング人気のもう一つの理由は、ネパールの労働力の安さ、つまり経済力の差によって、貧乏日本人でも案内人や料理人、荷運び人夫を何人も引き連れた大名旅行ができ、ちょっとした王族貴族の気分が味わえる点にあるといえようか。
   山旅派以外には、カトマンズをはじめ多くの町や村に息づく歴史的文化財がある。これらは信仰の対象、生活の場として生きており、夜明けの光の中、幼児の手を引いた母親や杖を頼りの老人、仕事前の若者達がお参りする姿を目にするたびに、私は羨望さえ覚える。
   私自身は同国の「人」に最も惹かれるといっていい。例えばネパールの女性は、胸もお尻も出るところは出て、力強くて美しく、日本の女性が醜く見えてしまうほどだ。その美しさは労働に裏打ちされたもので、真剣に生きているのが見るだけで伝わってくる。
   ネパール人は怠け者だとの俗説には賛成できない。日本なら森林に覆われている山地を見事な耕地となし、屋根から谷まで1000mなどという地域で農業を営むのは並大抵でない。気候の違いからか日本的な基準から見るとのんびりしているように見えるだけだ。
   多くの民族で構成されるネパールでは、同じ村の隣の一家が違う言葉を話すのもごく当たり前。店先でも3つ程度の言葉が行き交ったりするから、外国人の私もスッと入っていける。よそ者にとってはとてもうれしい。社会全体に違いを認め合おうとする配慮があり、互いの領域は犯さず否定もしない。賢い共生の1つの形といえよう。
   年齢の違いもありのまま認める。5歳の子どもは「5歳としてできることをする、それで等しく一人前」というわけで、赤ちゃんから老人まで、時には障害者も含めて村の中にムダな人間はいない、全ての人が共生する人間社会がある。ヒンドゥ教の国特有の階層構造から生まれる上下関係が社会全体に及び、経済的な階層化とも結びついている現実は同国の前途を困難にしているが、ネパール人特有の融通上手がやがて何らかの解決方法を見いだすだろう。
   最後に雪のヒマラヤを遠くに見ながら、1000~2000mくらいの山地をトレッキングして、さまざまな村を訪ね歩くことをお勧めしたい。本当のネパールの顔と魅力を見ることができるだろう。
(■つづく)

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