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使い捨てられる外国人労働者

■月刊『記録』99年10月号掲載記事

*日系ブラジル人を含む外国人労働者が人口の12%を超える群馬県大泉市。不況が彼らにどのような影響を与えているのか。現状を知りたくて現地に赴いた。

■靴にキスしろ

  「友達が自殺したことかな」
 イラン人のハッサンさん(三一)は、一瞬考え、言葉を選ぶように言った。
  「日本で一年半、一番記憶に残ってるのは友達の自殺。ボク、ほとんど泣かない人だけど、友達が死んだの聞いて一日中泣いた。すごく悲しかったから。
 遺書がなかったから、なんで死んだのか本当のことわからない。でも、きっと日本で生きていくのイヤになったんだと思うよ」
 彼の旧友が亡くなったのは、一九九八年四月。ハッサンさんの話によれば、自殺の原因は日本人上司との言い争いだった。同じ職場のイラン人のために上司に抗議した彼は、その上司からにらまれてしまう。しかも味方であるはずのイラン人も、保身のためにすべて上司の側に回った。
  「日本人のボスとケンカした次の日、友達が会社に行くと、ボスやイラン人が彼を待ってた。その時、ボスから言われたのが『ひざまずいて靴にキスすれば許す。そうしないと(おまえは)会社に戻れない』って。
 日本語をペルシア語に通訳したの、一緒にいたイラン人。だからボスが本当にそう言ったかわからない。でも友達は、会社を辞めることにした。
 当時はずいぶん落ち込んでいたよ。しばらく連絡なくて、『茨城県の会社で働いてる』って電話あったのが、事件から一ヵ月後。やっと元気になったのかと思ったのに、いきなり死んじゃった。
 工場の高い屋根に登って、首にロープかけて死んだんだ。五年も日本で暮らしてたのに……」
 不況は、どのような影響を外国人労働者に与えているのか。現状を知りたくて、群馬県大泉町に赴いた。
 群馬県内にある七〇の市町村のなかでも、下から二番目に小さいこの町には、九九年八月一日現在、五一四八人の外国人登録者が住む。これは町の総人口の一二・一%にものぼる。大泉町を含む群馬県南部は自動車部品、電器製品、食料品などの工場が群生しており、深刻な人手不足を補うために、外国人労働者を続々と受け入れてきた土地だ。
 特に九〇年の「出入国管理および難民認定法」の改正は、町の様相を激変させたという。ラテンアメリカの日系二・三世が単純労働につくことが認められ、どんどん町に住み着いたからだ。なかでも日系ブラジル人は増え続け、現在でも外国人登録者の七割以上がブラジル国籍者であるという。田舎町のなんの変哲もない店舗の隣に、ポルトガル語の看板を掲げた店が並ぶ。大泉町では、そんな風景が珍しくない。

■会社の入口に立つな

 この町で、そんな日系ブラジル人の労働状況を取材していた私に、「日系ブラジル人よりも悲惨だ」と訴えてきたのが、先述のハッサンさんをはじめとする三人のイラン人だった。
  「不景気で仕事が減っているし、なによりボクらのほとんどがオーバーステイだから、仕事を探すのが大変だよ。イラン人のイメージ、日本では悪いし。イラン人だと、すぐに薬売ってるとカン違いされるし。
 この前、(職を求めて)ある会社に行ったら、『イラン人の方には仕事はありません。帰ってください』と言われて、『会社の入口に立たないでください』って怒られた。それに日系ブラジル人のための仕事の紹介所も、イラン人にはほとんど仕事は紹介してくれない」と、一週間ほど前にクビになったハッサンさんは言う。
 母親の入院費を稼ぐために日本に出稼ぎに来たファラードさん(二九)も、今年に入ってから二ヵ月半しか仕事をしていないと肩を落とした。またファラードさんの隣に座るアリーレザーさん(三四)は、「五人の妹のために日本に出稼ぎに来たのに、今年働けたのは二ヵ月と少しだけ」とうつむいた。
 法務省入国管理局の統計によれば、九九年一月一日現在、滞在期間を過ぎても日本にいる不法残留者総数は二七万一〇四八人にのぼる。この二七万人以上の人々が、食べるために、そして金を貯めるために、日本のどこかで働いている。もちろん日系ブラジル人など、合法的に滞在している外国人より、はるかに劣悪な労働条件なのはいうまでもない。
 群馬県の不法滞在者の支援を続けている群馬外国人労働者支援連絡会(フレンズ)の原田桃世さんは、彼らの状況を次のように語る。
  「不景気になって、残業代のカットや首切りが多くなってきました。三〇歳をすぎると、もう職を探すのが難しくなりますから。もちろん日本語を話せないに人も職がありません。あと他の国の人に比べると、イラン人も大変でしょう。まずイラン人に対するイメージが良くない。薬を扱っているという噂が流れましたから。しかも顔がアジア系と少し違うでしょ。顔のつくりも就職に影響するんです。
 オーバーステイの外国人と聞くと、なぜ祖国に帰らないのかと考える人もいます。しかし実際は、帰れない人も多いんです。スリランカ・パキスタン・バングラディシュ・イランなんかは、祖国が政情不安を抱えています。さらにミャンマーなんかは、パスポートを再発行するのに、『日本での滞在月数』×『一万円』が必要だといわれています。まあ、半分ぐらいまでは値切れるようですが……。でも、これじゃあ、帰れないですね」
 祖国には帰るに帰れないうえに、不況で仕事を奪われていく。オーバーステイの外国人は、労働者がつくるヒエラルキーの最底辺にいるだけに問題も深い。しかし日本で生活している以上、彼らの問題はまぎれもなく日本人と日本社会に関係する問題なのだ。

■四五歳が大きな境目

 イラン人などに比べれば、合法的に働くことができるはずの日系ブラジル人。では日系人は、整った労働条件の許で働くことができているのだろうか。
 いや、違う。その待遇は、単にオーバーステイの外国人と比べれば、多少良いという程度にすぎないようだ。
 日系ブラジル人が情報交換のために集まるショッピングセンター・ブラジリアンプラザで、カク・ヨシオさん(二四)は日系人が三つに色分けされていることを教えてくれた。
  「同じ日系人といっても、就職業況は大きく違うんです。
 まず、四五歳以上か未満かが大きな境目でしょう。不景気になってから、四〇代後半の日系人は仕事をすごく見つけづらいですから。さらに四五歳以下の日系人でも、日本語を話せる人と話せない人では、仕事の探しにくさが違います」
 バブル時代、タイムカードさえ押せれば老人であっても仕事があるといわれた大泉町だが、景気失速とともに募集条件はすっかり厳しさを増した。
 公園で会ったクラモト・サダオさん(四八)は、きれいな日本語を話す。しかし彼の年齢は大きなネックとなっていた。
  「ちょうど二年前に来日しました。ブラジルの派遣会社にうまいことを吹き込まれてね。社員になれるという言葉を信じて、飛行機代を含めた五〇万円もの借金をして、日本に来たんです。なぜか使える期間の短い復路の航空券まで買わされてね。
 ところが日本に来たら、社員になれるような仕事なんかない。日本の派遣会社は、ブラジルでの契約内容なんか知らないという。それでも日本の派遣会社を頼るしかありませんでした。紹介されたホテルに泊まって、その会社から仕事を紹介してもらうのを待っていたんです。
 やっと一週間後ぐらいに仕事を回されたけれど、雇用された期間は短かったですね。派遣会社が住むように指示してきたホテルの代金と、新しくアパートを借りるための資金で、働いた分のお金はほとんど消えていきました。それからは自力で職探しです。
 毎朝、二〇社以上の派遣会社を廻り、仕事を紹介してもらう。でも決まらないんですよ。日本に来て二年のうち、仕事のあったのは一年三ヵ月だけ。九ヵ月間は失業していました。もう、今年の末には、ブラジルに戻ろうと思っています」
 結局、クラモトさんが日本で手に入れたのは、五〇万円の借金だけだった。
 日本での生活はどうだったかという質問に、彼はボソッと答えてくれた。
  「勉強になったというかね……。若い人には日本の生活も楽しいかもしれない。でも僕らの世代は、考えることも多いから」
 視線を落としたままの深い沈黙が彼を包み、取材はこの言葉で終わりを告げた。

■外国人らしさが命

 ここ半年ばかり、日本人の失業者に関する記事が多く流れている。それだけに日本語を話せず、四〇代中盤にさしかかる外国人の解雇など、読者は驚かないかもしれない。しかし日本人と日系人を含む外国人では、そもそも労働条件の出発点が違う。
 日系ブラジル人のための日本語教室を開き、彼らのさまざまな相談にも応じている日伯センターの代表取締役・高野光雄さんは、その違いを説明してくれた。
  「日本人の失業者の多くは、本意でない仕事をさせられたり、仕事そのものに見切りをつけたりして、会社を辞めているでしょ。でも日系ブラジル人の多くは、最初から仕事の質なんて考えていないんですよ。日本人がやりたがらない仕事でもいい。なんでもいいから、一円でも賃金の高い仕事につきたい。そう思って仕事を探すわけです。
 だからある意味では、この不景気でも仕事はあるんです。例えばエアコンの組み立てなんかは、三、四ヵ月の季節工です。生産ラインを動かす時に雇い、つくられなくなればクビを切る。経営者側からみれば、いつでもクビにできる労働者のスプリング役として日系人は重宝がられているわけです。
 クビにしても労働問題にはならないし、日系人以外の外国人よりも日本人労働者との摩擦が少ない。こんな便利な存在はなかなかない。逆にいえば、外国人らしさを失ったら、つまり日本人と同じような労働条件を求め始めたら、日系人を雇う意味などなくなってしまうのです」
 高野さんが語る通り、この不況でも日系人の仕事はある。ただし労働条件は圧倒的に悪くなっている。社員の口はなくなり、短期のアルバイトが増大した。賃金のカットや突然の解雇もついて回る。景気の動向に企業側が細かく対処するために、日系人は「スプリング」としての役割をより求められるようになり、不満を言わない労働力として切り売りされているのだ。
 一七歳の日系三世、ダニエル・ルーゼンニさんも、現在の状況を憂える一人だ。
  「解雇された経験がない人なんかいないよ。仕事がなくなると、すぐに紹介所を廻ってアルバイトを探すんだ。職探しは大変だけれど、仕事しなくちゃ、遊ぶ金だってないからね。親父は六〇歳だから、まったく仕事がないし……」

■日本に来る理由が変化

 九〇年、日系ブラジル人の先頭を切ってブラジル料理店「ブラジル」を開いた日系二世の太田健仁さん(三一)は、この不況が日系ブラジル人に「先の見えない不安」をもたらしていると指摘する。
「社員が減り、アルバイトで食いつなぐ日系人が多くなりました。その不安定な職業形態が、先を見えなくしているし、収入も減少し、将来への不安を呼び起こしているのです」
 しかも日系人にとって、さらに不幸だったのは、日本での定住を日系人が模索し始めた時期と、不況の時期が一致していたことだ。
 太田さんによれば、入管法が改正されて九年で日系人の意識はかなり変わってきたという。
  「最近、日系人は二つのタイプに分かれるんです。一つは、時代の節目である二〇〇〇年をブラジルで迎えるために、従来同様、お金を貯めているグループ。そしてもう一方は、日本の生活になじみ、定住を考え始めたグループです。彼らはずいぶんと日本食を食べるようになりました。またギリギリまで生活費を切りつめてブラジルにカネを持ち帰ろうとするのではなく、日本での生活を楽しむために、多少お金を使うようになったのです。そうした定住を考え始めた日系人にとって、この不景気の影響は大きかったと思います」
 太田さんの言葉を裏づけるような資料もある。九八年九月に、日本労働研究機構研究所が発表した『日系ブラジル人の日本での就労に関するアンケート調査』だ。
 この報告書は、在ブラジルの日系人を対象に、出稼ぎの意欲や帰国後の状況などを調査したものだ。そのなかで特に注目すべき事柄は、出稼ぎの理由についての調査結果だろう。
 九三年の調査では、出かせぎの理由のトップは、全体の六一・二%を占めた「不動産を買うため」だった。ところが九八年の調査では、「日本を知るため」が四三・七%を占めてトップとなり、「不動産を買うため」は三五・〇%に半減している。
 さらにブラジルでの平均月収と出稼ぎによる月平均送金額についての調査も、面白い結果をはじき出している。九三年調査時は、ブラジルでの平均月収が六二三・〇ドル。一方、日本からの月平均送金額は、一六六三・七ドル。つまり一〇四〇・七ドルもの開きがあった。ところが九八年の結果を見ると、平均月収が一八〇六・一ドル。日本からの月平均送金額が、一八四七・六ドル。つまり日本に働きに来ても、ブラジルで働くのと比べてわずか四一・五ドルしか儲からない。ここ六年間で、日本は大きく稼げる場ではなくなっていたのである。

■入管法改正に商工会が要望

 九〇年六月、バブル景気の最中にあった日本で、入管法は改正された。当時の新聞をめくってみると、外国人の不法就労者締め出しのために規制が強化され、逮捕を恐れた外国人が一斉に帰国する様子が報じられている。
 一方、バブル景気を支えるために必要とされた外国人労働者を、企業は何らかの形でつなぎとめたいと考えていた。大阪商工会議所が単純労働に携わる外国人労働者の受け入れについて、首相はじめとする関係省庁に要望を出したのは、その典型的な例といえる。
 こうした企業側の要望を見越して、入管法改正に取り入れられたのが、ラテンアメリカからの日系二・三世の受け入れだった。定住資格を日系三世までにとどめたことで起こる日系四世の在留資格問題。日本人の血統主義ともいえる政策に対する近隣諸国からの不満。これらの問題を放り出し、労働力という観点だけで日系人を受け入れた。そして、このような経緯で行われた法改正の延長線上に、現在の日系ブラジル人の雇用情況がある。
 日系人が金のためだけと割り切り、ひたすら単純作業に従事する間は、問題はなかった。しかし定住を視野に入れた将来設計を立てようとすると、解決できない問題が目白押しとなる。人は文化をもち、感情をもって日本に来ることを、政府は忘れていたのではないだろうか。
 不法滞在者は表の世界から隠され、日系人は感情をもたない生産ロボットのように企業から扱われている。不況が深刻になればなるほど、日本社会が備える冷酷さはよりハッキリしてくるだろう。
 この不景気のなかで、日本人以上に声を上げられない労働者がいることを、私達は記憶しておく必要がある。 (編集部)

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