« 靖国を歩く/第39回 英霊として祀られることは果たして幸福か | トップページ | 阪神大震災現地ルポ 第14回/都市計画の非人間性 »

学歴は変えられるのか? 短大から大学への編入

■月刊『記録』97年11月号掲載記事

■年々進む短大離れ

 九〇年、二六九二人。九五年、七七八八人。五年で三倍近くも膨らんだ数字は、四年制大学(以下四大)に編入した短期大学(以下短大)生の数だ。九一年、文部省が大学設置基準を改正し、編入定員を別枠で設けることができるようになってから、編入は一つのブームとなった。
 このブームに輪をかけたのがバブル崩壊と男女雇用機会均等法だ。九三年頃から、女子学生の就職状況を意味する「氷河期」・「超氷河期」という言葉が新聞の見出しに踊るようになる。かつて一般職という名前で募集されていた事務系の女性は派遣会社の女性に代わり、短大から一般職そして結婚という一つの人生パターンは急速に崩れていった。短大の女子学生の方が就職しやすいという神話も、同時に崩壊した。
 日本短期大学協会の調べでは、昨年、入学試験で学生数が定員に満たない短大が一七・五パーセントもあった。これは前年の六・二パーセント増にもなる。特に深刻なのが英語・英文科で三四・六パーセントが定員割れを起こすという異常事態となった。確かに一八歳人口は、九一年をピークに年々下がってきている。しかし九五年から九六年にかけての人口減少は、わずか3パーセント弱に過ぎない。どれだけ短大離れが進んだのかがわかるだろう。
 また短大とは逆に、専門学校への進学率が上昇している点も見逃せない。昨年五月に文部省が調べた統計によれば、専門学校への進学率は短大を三・六パーセント上回り、短大より五万人ほど多い二六万人が入学したという。
 このような状況を前に、短大も変革を余儀なくされた。短大を廃止し、四大への改組を打ち出すところも増えてきている。短大の名門・学習院短期大学でさえも来年四月から四年制の学習院女子大に改組される。「学短」という名称で、並の四大以上に人気のあった学校だけに、他の短大に与えた心理的影響も大きいはずだ。

短大離れとともに沸き起こった編入ブーム。
 このように四大への編入は、たしかに就職対策としての学歴アップを狙った短大生により増加した。だが、じつは意外に知られていないことだが、編入は大学教育の活性化にも大いに役立っているのである。
 大月短期大学から東北大学の経済学部経済学科に編入した津久井紀子さんは、次のように語る。
「編入に向けての勉強は楽しかったですね。高校時代の受験勉強は、暗記中心の詰め込み式でしたが、編入試験に出題される経済学は、社会と密接に結びついていますから。それこそ新聞を毎日読むことが、勉強につながるという実感がありました。
 だから経済学は、試験のために勉強していたというより、勉強が楽しくて、やっているうちに夢中になっていった感じです。」
 また國學院大学の二部から一部に編入した新井由花さんは言う。
「二部の学生は真面目な人が多かったから、一部の雰囲気とは随分違いました。もし最初から一部に合格していたら、何も考えない自分のままだったと思います。社会人の学生や普通の学生と出会えたからこそ、今の私があります。編入の経験は貴重でした」
 大学が遊び場と化した現状では、学問の楽しさを知らない学生も多い。そんななかにあって、編入という目標に向かい自分の好きな学問を勉強してきた学生や、社会人とともに勉強してきた経験をもつ学生、大学卒業後に勉強をしたくなって自ら大学の門を叩く学生などは、勉強に対する意識も高く、大学からの評判も良い。そんな学生を取るために、大学も積極的に編入生を受け入れはじめている。
 今年の五月、国立大学の三二医学部が大学を卒業した人を、三年次ぎに編入制度の導入を決めた。総定員数を変えず、一般入試枠を削る形で編入する学生を入学するシステムをとる。この理由として、国立大学協会の医学教育特別委員会は「高校卒業者を主な対象とする現在では、必ずしも医学部志望者としての自覚や動機を備えた適任者が入学するとはいえない状況にある」としている。
 また高崎経済大学の「地域政策学部」でも、三年次編入の枠を二五人設けている。この大学では編入時の入学金は免除されており、主婦や高齢者などの編入を期待しているという。

■五〇名以上が編入する短大

 優秀な学生を獲得できる編入試験は、大学にとって願ってもいないチャンスとなるが、大学への編入を希望する学生を抱えている短大側は、編入についてどう思っているのだろう。
 九四年四五人、九五年五〇人、九六年五八人と、毎年編入希望の学生を大量に出している大月短期大学を訪ねた。この短大は、在校生二三〇人前後だが、学生の二〇%以上が毎年編入している。しかも国公立などに非常に強いのである。
「べつに編入用に特別な授業を組んでいるわけではないんですよ」と、同短大の進路相談室長・金丸典男室長は言う。だが、九六年の編入合格実績を見ると、東北大学・山形大学・福島大学・埼玉大学・中央大学・立命館大学など、そうそうたる大学名が並んでいるだけに、にわかには信じがたい話だ。
「他の短大に比べて、編入者が群を抜いて多いのも別に我々が意図した結果ではないのです。大学の授業を面白くしようという取り組みの一環として、すべての授業を少人数制にし、先生と学生との心の距離を近くした。授業中に分からない部分があれば、授業後すぐに質問ができる人間関係を目指した。その結果なのです。
 うちは経済の単科大学ですから学生の数も限られていますし、交流が深まってくれば、学生のニーズも、耳に入ってくる。それを着実に実行してきたら、いつの間にか編入学の合格者数が上がっていたんです」
 そもそも大月短大は、編入のための相談口を公に設けていたわけではなかった。進学情報部というサークルがスタートし、学生自らが過去の受験問題を集め、編入への対策を行っていた。ただ他の大学と違っていたのは、併設している付属高校の先生を含め、すべての先生が編入希望者の学生を快く指導していたことだ。先輩から後輩へ、編入試験のための情報は代々引き継がれ、少しずつノウハウを蓄積していったのである。大学が編入試験の情報を学生に代わって集めるようになったのは、つい最近のことだという。
「大学に編入しても単位がそのまま生かせる四単位の授業が多かったり、英語の授業にもかなり力を入れたりと、編入に有利な条件はそろっていました。また入学した四月中は自分の進路をどうするのか考える期間に指定し、自分なりの目標を持つように指導をしています。でも、それなども別に編入のために作ったシステムではないんです。より良い大学生活を送るために、作り出したものだったんです」と、前述の金丸氏は語る。

■編入生は成長する

 合格するための技術だけが求められる大学受験と、短大で充実した生活を送ることで合格できる編入試験。この違いは、かなり大きなものだ。大月短大から都留文化大学に合格した佐久間智子さんも、次のように述懐する。
「大月短大の二年間は、本当に充実していました。サークルにも所属し、アルバイトもし、短大の勉強も編入のための勉強もしました。私は初等教育を学びたかったので、編入のための専門の科目の勉強は独学でやるしかなかったのですが、仲間や先輩からさまざまな情報を入手できました。仲間同士で励まし合い、勉強しようという刺激にもなりましたから、他の短大とは違っていたと思います。
 またあの学校の素晴らしいところは、さまざまな学生と過ごせることです。就職する人も、編入する人も、さらには専門学校に通おうとする人もいる。そんな人との出会いは、私にとって大きな財産です。漫然と大学に入学した学生より、遙かに貴重な体験をしたと思っています」
 編入試験が受験テクニックとは違った勉強方法を必要とされるなら、転部・編入の予備校では何を教えているのだろうか。この業界の老舗として知られている宍戸ふじ江教務・転部課長にお話を伺った・
「就職も決まり、遊び回っている友達を尻目に勉強するのは辛いんですよ。それに編入試験は面接が重視されますから、自分が何を勉強したいのか、どうして大学に行きたいのかが重要になってきます。だから私達も学生に問いかけますし、学生も自分で答えを見つけようと自問自答します。答えの見つからない学生は、挫折していきますしね。
 当校では入学時点でアンケートを取りますが、学歴にこだわって転部を決意する人は三~四割ほどです。あとの六割は、何らかの勉強をしたいからというのが理由です。でも漠然と当校に通い始めた学生も、時間が経つにつれて変わっていきます。成長していくんですよ。
 自分なりの答えを見つけて編入しますから、大学に合格してからの身の入れ方も違います。大阪大学や広島大学・神戸大学などにも当校で勉強した学生が入学していますが、どの大学からも卒業生達がよく勉強をすると聞いています。
 本当にやりたいことを勉強するための受験を指導するのは、私にとってもやりがいのある仕事ですね」
 やはり編入試験の予備校では、受験テクニックを教えているわけはなかった。だからこそ、この予備校の卒業生達が、大学から高い評価を受けることになるのである。

■意識の違いだけではない

 しかし、一体どうして編入学で入学した学生だけが、それほど高く評価されるのだろうか。本当に意識の違いだけが理由なのだろうか。
 前述の津久井さんは語る。
「優秀な学生も多いし、ゼミも少人数なので楽しく勉強していますが、大教室での授業があると、短大との違いを感じます。大月短大の頃なら、授業後に質問しに行けたんですが、大教室だとそうもいかないですからね。少し寂しいですね」
 彼女の通う東北大学は、比較的真面目な学生の多い大学だといわれているが、なかには授業に出席しない学生や、試験をパスすることだけを考えている学生もいるという。まったく興味を持てない授業が毎日続けば、学問の面白さを見つけることもないまま卒業していくのも道理だろう。じつは編入する学生の質が良いという話は、そのまま大学の現在の授業内容の疑問へとつながっていく。自ら編入という形で望まないかぎり学生の興味をまったく引かない授業を続けている限りは、伸びる芽も伸びないのではなかろうか。

ひそかに広がる大学地方受験の実態

■ 甲子園の有名投手と同級生

 それは何気ない会話だった。
 最近、地方の小さな大学が、東京で受験会場を設けているが、「知名度が低い地方の私立大学が東京で受験機会を提供しても受験生が集まるわけがない。どうしてだろう」と編集部で話していたのだ。そこへやってきた編集長、話しを聞くやいなや「どうしてかわからなければ、なぜ取材してこないのだ」と一喝。その一言で、私の八年ぶりとなる大学受験が始まることになった。
 受験をするためには、まず受験校を選ばなければならない。取材目的に合致する大学は、レベルや校風などは関係なく、なるべく東京で名前が知られておらず、東京から遠くにある地方大学で、なおかつ東京で地方受験を行っている大学でなければならない。東京で知られている大学を、東京在住の学生が受験するのでは、何の不思議もないからだ。
 とりあえず東京から離れているという一点に絞り込み、西日本の大学を調べてみた。すると、あるある。軒並み東京での地方受験を行っている。その中でもダントツに心ひかれたのはK大学。なぜかというと、同校は甲子園を沸かせた有名投手が進学すると聞いていたからだ。どうせならば超高校級の投手と一瞬でも同窓生気分になりたい。しかもそれ以外で東京での知名度はゼロに近い。かつて受験生だった頃の私でさえ聞いたこともなかった。
 というわけで志望校は決定。さっそく大学に電話し、願書を入手した。ところがその時点で出願締め切りまで、なんと四日しかなかったのである。しかも消印有効ではなく、締め切り日までに大学必着のあわただしさだ。急がなければ企画が落ちてしまう。
 すぐに自分の出身高校に電話し、調査書の作成を依頼した。ところが通常なら一週間かかると、つれない返事が返ってくる。翌日までに調査書がなければ、受験はできない。「大学の出願日が迫っているから、どうしても明日までに調査書をください」と頼み込み続けた。一〇年以上も前に卒業したOBが電話口で泣き落としにかかるのだから、高校の事務職員もたまらなかっただろう。結局、私の熱意に負けたのか、翌日までに調査書作成を承諾してくれた。大学受験に必死になっている三〇歳を目前にひかえた私に、職員も同情してくれたのにちがいない。
 翌日に調査書を受け取ると、すぐに銀行で受験料二万八〇〇〇円を収め、願書も無事に郵送した。

■ 受験生を追う地方大学

 そして二月上旬、いよいよ入学試験の日を迎える。会場は、都区内にある学習塾の教室だった。私が志望した経済系の学科の受験生は私を含めて三人。同時に行われる第二部の試験には三人、工学系には一二人の受験生が集まっていた。この日、K大学では本校の構内はもとより、全国計一二ヵ所で一斉に試験が行われていることを考えれば、この人数は決して少なくはない。とはいえ三人はさびしい。
 緊張の中、試験が開始した。
 小誌三月号の特集「ピンク映画が危ない」の取材に追われていた当時の私は、試験前日までピンク映画の鑑賞に多くの時間を費やし、頭はほとんどピンク一色。もともと学力がないうえにこれでは、手の打ちようもない。
 一時限目の英語は文法問題が思い出せず、惨敗。二時限目の国語は、古典もどうにかわかり、喜びのうちに終了したものの、三時限目の世界史では、『アンクル・トムの小屋』の作者が誰かという問題以外、全て運を天に任すこととなった。
 ここまで試験の出来がひどければ、せめて取材ぐらいはきちんとしなければならない。昼休みと帰り際に、同じ学科を受験した学生を会場から出て捕まえた。
 K大学の地元に在住の現役女子学生は、第一志望が日本大学。志望校のほとんどが東京にあるため、受験期間は東京でホテル暮らしが続いているという。
 「地元の大学は行きたくないのですが、塾の先生の薦めもあって、この大学を受験することにしました。受験期間は東京にいるので、地元の大学も東京で受けることになったのです。同郷の友達の多くも、東京で地元の大学を受験していますよ」。なるほど、それで東京会場を設けている理由がわかった。
 もう一人の受験生は、東京在住の男子学生。彼は受験の動機について「父の仕事の関係で家族が転勤する先にある大学なので受験しました。もちろん東京で受験できるのも、志望校決定の理由です」と教えてくれた。
 学生の多くが地元在住の地方大学は、一八歳人口の減少への対策として、地元の受験生が東京に出てくるのを追って地方受験を行っていたのだ。東京で受験を行えば、取材した男子学生のような地方の受験生も捕まえることができて、二重にウマミがある。
 試験当日の大学職員は、確認できた範囲で二人。小さな会場と少ない職員で行える地方受験は、実施自体はさして大変ではない。これで二〇人弱の受験生を拾い上げられるなら、大学側としても悪くない話だろう。
 さて試験から一二日後、お楽しみの合格発表が電子郵便で自宅に届いた。ドキドキしながら封を切ると、みごと合格しているではないか。落ちている番号が少ないだけに、見間違えるはずもないのだが、何度見直しても自分の受験番号が合格者の欄に印刷されている。
 やった。自己採点ではおよそ一科目平均で四割弱の正解率を示し、編集部員および部を訪れる九割方が不合格を確信し、慰める者まで現れる始末だった。にもかかわらず、会心の勝利をもぎ取ったのであった。
 この後、合格自慢と祝宴の要求に全力を注いだため、知人・友人・同僚から嫌われまくったのはいうまでもない。

|

« 靖国を歩く/第39回 英霊として祀られることは果たして幸福か | トップページ | 阪神大震災現地ルポ 第14回/都市計画の非人間性 »

月刊『記録』特集モノ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/6892550

この記事へのトラックバック一覧です: 学歴は変えられるのか? 短大から大学への編入:

» モムチャンダイエット [モムチャンダイエット]
モムチャンダイエットの成功の秘訣! [続きを読む]

受信: 2007年6月23日 (土) 23時44分

» 大学受験科目 [大学受験の穴]
履修逃れがばれた学校履修逃れがばれた学校少し前に全国各地の高校で、必修科目の履修... [続きを読む]

受信: 2007年6月30日 (土) 13時17分

« 靖国を歩く/第39回 英霊として祀られることは果たして幸福か | トップページ | 阪神大震災現地ルポ 第14回/都市計画の非人間性 »