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内部告発・豊島区は税金泥棒/第4回 疑惑の住民訴訟

■月刊『記録』97年12月号掲載記事

           ※         ※         ※

■「監査請求すべきです」

「こんな不正は許されない。区議会議員として見過ごすわけにはいかない」
 穏やかな表情、力強い声、偉ぶらない態度。一体どうすれば、あのとき彼を疑えただろうか。元中央官僚だったという初老の区議会議員は自信に満ちあふれ、一方、私は破れかぶれの内部告発をした直後だった。
 すべての区議会議員に送った内部告発がきっかけとなって、役所と対決する人物が現われた。その事実に私は夢中になった。どれだけ不正を訴えても小さな風穴一つ開けられず、脱力感すら覚えていた私に、彼の存在は大きく映ったのである。
「これは監査請求をすべきです。何なら私が知り合いの弁護士を紹介しましょう」
 議員のこのような提案を拒む理由は何一つなかった。今まで役所への反撃は、すべて一人でしてきたのだ。私は諸手をあげて賛成した。一九八四年二月一五日、内部告発から四日後、前回お話した三人制シフトが発表される一ヶ月ほど前、法律的な決着を求めて私は大きく踏み出すことになった。だが協力者の出現に有頂天になっていた私には、不正への怒りでもなく善意でもない、提案の裏にある生臭い意図を嗅ぎとることができなかった。
           *  *  *
 議員との会談から数日を経て、自宅に弁護士から連絡が入った。今、考えれば、金にもならない監査請求の手続きをするために、弁護士のほうから電話をかけてくるなどおかしな話である。しかし不正への怒りを口にする弁護士を、私は無条件に信用した。役所の誰からも相手にされていない自分を騙しても、利益になる奴などいないだろうという思いもあった。結局、監査請求の書類を作るために、週に一回、銀座にある弁護士事務所に通うことになった。
 弁護士事務所では、とにかく事実を思い出し、証拠を提出するのが私の仕事であった。四月一日からは三人制シフトも始まり、事務所で三時間以上も話し込むのは楽ではない。話している最中にさえ眠ってしまうほどだ。だが元中央官僚だったという弁護士は怒ることなく、私を支え続けてくれた。本当に弁護士はやる気十分にみえたのだ。彼は弁護料さえいらないとまで言ってくれた。たしかにその言葉に嘘はなかった。監査請求に彼は、手弁当で協力してくれたのだ。

■監査結果は無惨

 何かがおかしいとはじめて感じたのは、三月二七日の訓告処分が出た直後である。事務所で処分の不当さを報告する私に、彼はまったく興味を示さなかった。正義のために、そして私を救うために動いてくれているなら、処分理由さえも怪しいこの事件を放っておくはずがなかった。ところが彼は聞き流すだけで、事実関係を確かめようともしないのだ。つい3週間ほど前、市長に内容証明付きの告発文を出したと報告したときには、満身で私を激励し、詳細に事実を確かめようとした彼がだ。この時が、彼が何を見つめているのかを推測できる最初のチャンスだった。しかし、私は彼の態度を追求できる立場にいなかった。訓告処分などというものは、法律的には大きな意味をもたないのかもしれないと、善意に解釈してしまった。私にとっては、この弁護士も市議会議員も大切な味方としか考えられなかったのである。
 事実の確認作業は順調に進み、八四年六月二日、監査請求が行なわれた。架空勤務に支払われたと推定される三千三五三万一四六〇円と、それに対する年五分の金利を区長と収入役に求めるのが請求内容となっていた。できばえは上々だった。区議と弁護士が付いているという強い安心感が、私を包んでいた。だからこそ極度の寝不足のなかで頑張れたのだ。
 しかし結果は無惨なものだった。監査請求から二ヶ月を経た八月六日に報告された監査結果には、次のように書かれていた。
「措置請求の原因となった中村及び上田の両名の無断早退について、両名は、行為の事実は認めたが、その日時を特定及び回数の確認が出来なかったので給与総額分の支払いについての措置はこれを求めない」
 予想通りの結果とはいえ、改めて役所の不正を正す難しさを味わった。監査委員会は、私に対する直接の事情聴取さえしなかったのだ。そのうえ監査結果報告書を読むと、提出した資料を都合よく使い、客観的な事実さえ大幅にゆがめている事実がみつかった。こんなものか。どこかで期待していた自分が情けなくなった。
 しかし弁護士は特にショックを受けた様子もなかった。というよりも満足する監査請求結果など出るはずもなく、続けて住民訴訟を起こすことになる予測を最初から立てていたようだった。そして、徹底的に闘うという彼の強い意志に、私は励まされた。
 だが、ここで一つ問題が起こる。住民訴訟を起こすには、豊島区在住の者でなければならないのである。木更津に住んでいる私には、訴えを起こす権利が与えられなのだ。急きょ身代わりの原告を捜すことになり、このとき率先して名乗りを上げてくれたのが、学校警備の部署にいた江畑騎十郎氏だった。一〇年ほど前、新規に職員を募集するかどうかで上司ともめた時、ひょんなきっかけから味方になってくれたのが、彼だった。私の弁護士も、学校警備の部署で顧問弁護士をしており、二人とも知らぬ仲ではなかった。この点からも江畑氏を原告にするのには都合が良かった。いや、あとから考えれば、都合が良すぎたのである。しかし当時の私は、この裁判の本当の意味をまだ知らなかった。

■訴訟継続断念

「このままでは不利だ。訴訟を取り下げよう」
 八七年三月末、私はいきなり江畑氏から、そう告げられた。場所は戸塚。弁護士が別荘として買った旧家の片づけを手伝っている最中だった。薄暗い廃屋の中で告げられた突然の言葉に、私は耳を疑った。
 勝てる。私はそう確信していたのだから。証拠の積み重ねが、被告に少しずつダメージを与えているのは確実なのだ。私のメモ・日報・区長への手紙など、あらゆる証拠を私は提示し続けてきた。私だけではない。原告の江畑氏や弁護士も、自信に満ちた発言を繰り返してくれていたではないか。勝てる裁判を続けることが、どうして突然、不利になるのか。間近に迫った証人尋問は、不正を暴く決定的な瞬間にもなりえるのである。彼に理由を問いだたしたが、
「止めたほうがいい」
 そう繰り返すばかりで、きちんとした説明は得られなかった。
 皆と別れたあと、江畑氏と二人で、戸塚駅近くの喫茶店に入ったのは夕方近くだった。
 私はいらだちを隠せなかった。彼がいくら言葉をつなぎ合わせても、裁判を止める理由がはっきりしないのである。しまいに江畑氏は、引っ越すので訴訟の原告人としての資格がなくなるとまで言い始めた。訴訟が始まる前は、名義だけを豊島区に残しても、裁判を続けると言い張っていた人がだ。とても同一人物の言葉とは思えなかった。
 だが、次の言葉が彼の口から発せられたとき、私は返す言葉を失った。
「もう弁護士さんも、訴訟の継続を嫌がっているんだ」
 監査請求から二年以上、たしかに坂本さんは、金にもならない訴訟を継続してくれていた。私自身、役所との闘いを決意し、厳しい人生を選択してしまったからこそ、まっとうな生活を守ることがどれほど大事なのかは身にしみていた。これ以上迷惑をかけたくないと思った。仕事が忙しくなったのかもしれない、他に助けるべき人が現れたのかもしれないのである。自分だけが彼の善意の恩恵を受け続けては、いけないと思った。
 江畑氏にこれまでの礼を言い、喫茶店のドアを開くと、いつの間にか小雨が地面を濡らしていた。
「カサを持って行っていいよ」
 手渡されたカサを受け取り、私達は別れた。もう誰とも話したくはなかった。そうして、八七年四月三日、私が正式に訴訟を取り下げたあとになって、思いもかけない二つの事実が発覚したのであった。  (■つづく)

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