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ホームレス自らを語る/薬だけ飲んで、飯を食ってない・佐原義行(五三歳)

■月刊「記録」1999年5月号掲載記事

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■酒乱にいたたまれず

 おれが二四歳のとき、おやじが脳いっ血で倒れてね。それきり意識のないまま、翌日には死んじまったんだ。 おやじの仕事は鉄筋工の親方で、若い衆も二〇人くらいは使っていた。おれもその下で働いていて、ゆくゆくはおやじの跡を継ぐことになっていたんだ。
 それが、あまりにも突然に死んじまっただろ。おれはまだ仕事を覚えている最中だったし、得意先のこととか、経営のこととかは何も教えてもらってなかったからね。それでも従兄弟に助けてもらったりして、何とか続けていこうとしたんだがね。
 おれは中学校を出て、すぐにおやじの下で働くようになったんだけれども、一緒に働いている親族のうち、本当は別の道を進んでいくはずだった人がいた。彼は野球が上手でノンプロに引っ張られて、そっちで活躍していたんだ。ところが、仕事中に工場の機械にはさまれて、右手中指を第一関節から落としちゃったんだ。利き手の中指が不自由になっては野球はできないから、会社を辞めて、おやじの下で働くようになったんだ。
 野球ができなくなって、やけになったのか酒におぼれていてね。それもひどい酒乱なんだ。おやじが死んでからは、それがなおひどくなって、誰彼見境なく当たってさ。若い衆もどんどん辞めていって、一〇人くらいに減っちゃったんだよ。
 おれも一年くらいは我慢したんだけどね。とてもいたたまれなくて家を飛び出しちまった。二五か六のときのことだね。
 おやじはいいおやじだったよ。酒も飲まなかったしね。でも、仕事の上では厳しかった。おれにはどこの現場に行くのも自転車しか許してくれなくて、東京・板橋の家から川崎市の現場まで自転車で通ったことだってある。
 おれの場合は、若い衆が来る前に現場に行って、仕事の段取りをつけておかなくちゃならないだろう。だから川崎に行くときなんか朝五時には家を出たよ。冬の朝暗いうちに出て、自転車で通うのはつらかったね。

■競輪で一日二〇〇万円稼いだ

 家を飛び出てからは、ずっと土工をやってきた。まあ、おやじの急死がなかったら、おれの人生もずいぶん変わっていたと思うけど、いまさら考えてもしょうがないよね。
 もっとも日雇いの土工でも、景気のいいときはあったんだよ。おれの場合は鉄筋の仕事もできたから、そんなのを手伝うと割増がもらえたりして、一ヶ月に六〇万円も稼いだことだってあるんだ。
 稼いだカネは、酒とギャンブルに使っちゃったね。競輪が好きでさ。関東一円の競輪場で行かなかったところはないもの。宇都宮や前橋あたりまで行ってたからね。 競輪の面白さは、自分で展開を推理するところさ。ピタリと当たって、一日で二〇〇万円になったこともあるからね。うそじゃないよ。
 その競輪も、もう一年以上もしていないな。仕事がなくて賭けるカネがないからね。五〇歳を超えると、途端に仕事を回してもらえなくなる。それにおれは血圧が高くてね。上が二二〇あるんだ。今はどこの現場も健康診断がやかましくて、「血圧が高い」ってだけでハネられちゃうんだから。
 景気のよかったころは、血圧が少しくらい高くたって外国人労働者だって、誰でも彼でも働けたんだよ。今、大手建設会社の現場に行ってごらん。外国人なんて一人も働いてないから。現金なもんだよね。
 おれだって仕事さえあれば働きたいよ。今は土工の仕事もほとんど機械でやるんだから、昔ほど肉体労働じゃなくなっているからね。仕事の要領はわかっているし、まだ働ける自信はあるんだ。だけど、働かせてもらえないんだからしょうがないよ。

■悪いホームレスが増えた

 ホームレスになったのは、九八年の夏からだね。新宿に近い高田馬場の公園で夜だけ段ボールの小屋を作って寝ている。暮らしていくのには新宿のほうが便利なんだけど、ホームレス同士のケンカが多いし、ちょっと油断すると物が盗まれたりと、物騒だからね。ちょっと離れた高田馬場のほうが静かで安全でいいよ。
 飯は一日に一食ありつけるかどうかって状態だから、正直いってひもじいね。ホームレスを長くやっていると、そのひもじさにも慣れるらしいけれども、おれはまだなってから一年にもならないせいか、腹が減って困る。そんなときはひたすら水を飲んでごまかすしかない。水だけはタダだからね。
 空腹を少しでも和らげるために、夜なると、あちこち歩き回って食い物を探すんだ。でも、なかなかありつけないね。そもそも、どこのコンビニが、いつゴミを出すかなんてことは誰も教えちゃくれない。そんなことをしたら、自分の取り分がなくなっちまうからね。そういう情報をつかまなければ食い物は見つからない。たまたま行ったら、食い物が捨ててあるなんてことはまずないよ。
 そういえば、売れ残りのハンバーガーをゴミとして出してくれる店も少なくなったね。このところホームレスが増えて、質の悪いのも多いんだ。そういうやつらが、ゴミが出されているその場で食い散らかすようなことをするから、店も嫌がって出さなくなったらしい。ホントに悪いのが増えたよ。
 だから今ではボランティアの炊き出しとか、差し入れが頼りだね。けれども、それだって毎日あるわけじゃない。あれだけ好きだった酒だって、正月から一滴も飲んでないんだよ。寂しいもんさ。
 血圧のほうは相変わらずだね。新宿区役所の紹介で週一回通院して、薬をもらって飲んでいる。医者は「この薬で血圧が下がらないのはおかしい」って不思議がるけど、そりゃそうだよ。薬だけ飲んで、飯を食ってないんだもの。よくなるわけないよ。薬の副作用でめまいがするくらいだからさ。
 とにかく景気だよね。景気さえよくなれば、働く意欲はあるんだからね。 (■了)

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