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阪神大震災現地ルポ 第5回/行政が住民を追い詰める

■(月刊『記録』95年8月号掲載記事)

■4月27日
 
 震災から100日目の神戸市長田区を歩く。少しずつ瓦礫の撤去も進み、プレハブの仮店舗などが建ち始めている。「復興にむけて、ようやく第一歩をふみ出し始めたというところだろう」と、地元ボランティア団体「すたあと-長田を考える会」代表の三谷真さん(40)が言う。「すたあと」は、震災直後から救援活動をしていたピースボートの撤退後、活動を引き継いでいる。 
   ケミカルシューズ製造業ジョイ製靴を経営する田中正男さん(50)を訪ねた。須磨区の西村栄泰さんの友人だ。4階建てビルの一角に工場があった。従業員は震災前の約15人から7人と半減した。2月から生産を再開したが、売り上げは4分の1に減った。「復興といっても簡単には戻らない。上から見たら靴屋などどうでもいいのと違うか」と嘆息する。廃業も考えたが、「やめても先のあてもない。生活がかかっているのだから、続けていかなければ。悪い時ばかりじゃないと前向きにやっていく」と考え直した。 
   田中さんは中卒以来35年間、独立して15年、この仕事を続けている。先行きは決して明るくないが、「自分の作った靴が店先に並んだり、誰かが履いているのを見るのは、楽しいもんなんやで」。

■4月28~29日
 
 28日。小雨模様の淡路島・北淡町の避難所の町民センターに被災住民の姿はなかった。仮設住宅への入居を終わらせていたのだ。1ヶ月前に会った浜口磐夫さん(77)も、奥さんと2人で移っていた。雨の日は少し寒い。「一昨日は真冬のように寒かった。ところが日が照ると、今度は弱るほど暑い」という。バス・トイレ別のタイプで老人には使いやすいのがせめてもの救いか。家は全壊し、再建も難しい。仮設住宅の入居期限の2年が過ぎたら、公営で建設される災害住宅に入居しようと思う。ただし抽選に当たるかどうかはわからない。「震災は辛かった。泣くにも泣けなかった」。 
 夜になってから神戸に戻った。長田区の「ちゃんちき酒場あいちゃん」は6坪ほどの仮店舗で営業している。地震の発生した午後5時46分で止まった掛時計の下に、「忘れるな! 平成7年1月17日AM5時46分 勇気、根性、笑顔から一歩ずつ・・・・・・わいは神戸子や! がんばろうぜ!」と張り紙がある。 
 偶然にも西村さんと1ヶ月ぶりに再会した。「命あるのが何より」がすっかり口癖になっている。生き残った者の偽らざる心境なのだろう。29日も彼を自宅に訪ねた。5月1日から7日まで、娘婿と韓国に行くという。親類に元気な顔をみせてくるそうだ。

■6月23日~26日
 
 23日。長田区の三谷さんに電話で消息を尋ねた。神戸市議選に立候補した友人の応援に立つため「すたあと」代表から外れ、1スタッフとして、またケミカルシューズ業界を中心に生まれた「長田の良さを生かしたまちづくり懇親会」の事務局スタッフとしても活動している。懇談会は「復興にむけての5項目提言」をまとめた。①災害にも強い杜の下町②高齢者も戻ってこられる町③21世紀型都市型産業としての神戸シューズの復興④国際都市神戸の顔としての長田アジア通り⑤南部ウォーターフロントに海浜を復活させる、である。杜の下町、神戸シューズ、アジア通りという表現に、お仕着せではない発想がうかがえる。 
   三宮の播谷慶和(61)にも連絡をとった。震災で失業した後は「好きな時に寝起きして、好きな時に外出する生活。もともと65歳で引退しようと思っていたから、それが少し早まったようなもの」という。勤務先は区画整理の対象区域内にあるから、再建まではさらに時間がかかりそうだ。趣味の写真も最近再開したが、三宮を三脚を手にして歩くのはまだ気が引ける。 

 25日。同じく三宮の遠藤義子・美和さん母娘に電話してみたが、既に取り外されていた。自宅マンションは結局建て直すため、電話も外したようだ。「仮設住宅が当たらないから、仕方なく民間アパートに移る」と4月末に語っていた。被災住民が諦めて自分で家を探すことで、仮設住宅の絶対数の不足がカバーされていく。 
   26日。北淡町の浜口さんにやっと義援金が出た。家屋全壊と赤十字からの見舞金が10万円ずつ。区画整理反対の住民団体も発足しているという。「反対派が何か動くと、町は仮設住宅にクーラーをつけたり、住民を牽制してくる」そうだ。 
   北淡町では仮設住宅を独居老人には数人で1部屋と割り当てているが、慣れない共同生活に嫌気がさし、出ていく老人も少なくない。これでは収容所だ。「県や町が建てる災害住宅も、場所がないと言い出している。区画整理のための建築規制が続くと、家を建てる費用まで生活のために食い潰してしまう人も出るだろう。私たちが根負けするのを待っているようなものだ」と浜口さん。行政が住民を追いつめる。仮設住宅にしても区画整理にしても、被災地で起きているのは、要するにそういうことではないのか。(■つづく)

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