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鎌田慧の現代を斬る/くたばれ! 政府容認サティアン原発施設

■月刊「記録」1999年11月号掲載記事(記載は掲載当時のままです)

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■中曽根親子で巡る因果

 ついに、日本の原発施設でも大事故が発生した。次第に頻度がふえてきた原発事故と規模の大きさからは、原発の縮小、代替えエネルギーへの移行そして運転中止の必要性がもとめられている。原発によるこれ以上の被曝をくい止めるために、政府は責任をとるべきだ。
 これまで政府は、「安全だ」、「安い」だけの理由で原発を推進してきた。「安全」と「低コスト」。この相対する概念を一緒にしてきた政府のいい加減さが長年まかり通ってきた。この矛盾を解決するには、建設予定地にカネを大量にばらまくだけである。
 そもそも日本が原発時代に突入したのは、一九五四年、中曽根康弘議員が原子力予算を提案したことにはじまる。国会をなんなく通過した予算総額は、二億三五〇〇万円。原発で使われるウラン二三五との語呂合わせで、予算の数字が決まったといわれる。
 当時、日本学術会議などは、日本の原子力利用に反対したが、「札束でほっぺたを叩いた」といわれるほど強引な方法で、中曽根はカネで強行した。それが「金力発電」の出発である。五九年には、彼は科学技術庁長官に出世して、キケン極まりない原発推進に力を注いだのである。
 この中曽根の強引さが、日本中に原発を生み、こんどは息子の中曽根弘文が科学技術庁長官として、この大事故の処理に追われている。これこそ「因果は巡る糸車」というもので、こんご中曽根親子の責任を追及する必要がある。
 原発は出発からして利権のキナ臭さがただよっている。だから、東海村で臨界事故が起きた当日の九月三〇日でさえ、通産省資源エネルギー庁の河野博文長官は、さっそく次のようなコメントを発表している。
  「環境問題との共生、エネルギーの安定供給のことを考えれば、今後も原子力発電の重要性は変わらない」
 この無責任、無知、無謀な発言など、負け戦を隠して「勝った、勝った」と騒ぎ立てた大本営発表とおなじである。あるいは「撃ちて死なん」の玉砕主義といってもよい。
 通産省は、二〇一〇年までに一六基から二〇基の原発を新設するという供給見通しを立てている。今回、これだけの大事故に見舞われてもなお、拡大政策を変えず、ひたすら推進しようとしている。まるで「原発無理心中」「大東亜原発戦争」といった状況である。

■労災が認められない被曝労働者

 また通産大臣である与謝野馨は、いまごろになって、「今後は原発だけでなく、燃料加工施設にも多重防護(フェイルセーフ)の考え方を取り入れる必要がある」などと発言している。与謝野晶子の「君死にたまふこと勿れ」の詩でもよく読んだほうがいい。危険な放射性物質を扱いながら、フェイルセーフの考え方のかけらもなかった。そうしたJCOの実態にたいする自己批判がまったくない通産大臣の発言には、驚くほかない。
 そもそもフェイルセーフのシステムどころか、核物質にかんする基本的な知識すら、この会社では従業員に教えていなかったのである。事故を引き起こして病院に運ばれたJCOの労働者は証言している。
  「二三年前に(会社に)入った直後に研修を一回受けただけで、意味がよくわかっていなかった」
 このように教育をあたえないで、最高の危険物を扱わせていた政府・通産省・化学技術庁は、犯罪者集団といっていい。
 さらにJCOの工場は、放射線漏れを防ぐような建築物でさえなく、臨界を止める装置もなかった。これまで原発は「トイレのないマンション」などと呼ばれてきたが、これではまるで「ブレーキのきかない自動車」というようなものだ。
 これだけ危険な暴走核工場が、日本のあっちこっちにあるのがおそろしい。だいたい安全対策など手の回らない中小工場に、危険な作業を押しつけ、日本の原発のコスト削減を実現するなど、弱者いじめにほかならない。結局、その後始末役は、もっとも立場の弱い労働者に回ってくるからだ。
 JCOの臨界事故をかろうじてくい止めたのは、突入させられたJCOの社員三三人の冷却水の抜き取りやホウ酸注入などの作業である。中性子線を防ぐ防護服もなく、被曝覚悟の特攻精神によって、この事故はくい止められたのだ。事故当日、千葉の病院に担ぎ込まれた三人の労働者や、そこで働いていた労働者、そしてこの特攻隊に駆りだされた労働者の被曝が、住民の被曝とともにこれから心配される。
 放射線被曝は、将来における白血病やガンなどのほかに、免疫性の低下による病気の多発という症状を引きだす。今後、どのような病状が労働者、住民の被曝者にあらわれるのか、とても心配だ。
 といっても日本における被曝は、けっしてこの事故がはじめてではない。これまでも原発の定期点検作業などによって、膨大な被曝者を発生させ、数多くの死亡者をだしてきた。ただ原発労働者の死亡は、因果関係が明らかではないという理由によって、これまで労災に認定されていなかった。つまり原発で被曝者がでていた事実そのものが、隠蔽されてきたわけである。「原発は安全だ」「死者は発生していない」というインチキな政府発表によって原発は押しすすめられてきた。かつては、「クリーン・エネルギー」などと宣伝されたのだから、欺瞞のエネルギーといえる。
 もっとも危険な原発関連施設では、安全に細心の注意を払わなければならない。ところがJCOは、その安全を二の次とした。そもそもこんどの事故は、労働者の作業ミスが原因ではない。会社のコスト削減要求が生みだした事故である。
 たとえ核物質を扱わなくても、安全第一がモノを作る工場の大原則のはずである。しかしJCOは、安全性よりもコスト削減を第一に掲げ、より手早く仕事を終わらせるために、バケツによるウラン溶液の加工をおこなった。工程短縮、手抜き生産である。これは原発側のコスト削減要求によっている。つまりは、ほかの労働現場でもけっして許されない手抜きの思想が、キケンきわまりない原発関連工場で最優先でとられていたということだ。このような思想を押しつけた政府と電力会社の責任はきわめて大きい。

■安全神話が危険を招く

 この核工場の事故であきらかになったのは、高速増殖実験炉「常陽」の燃料が、いまでも作られていたことだ。
 このところ、日本の原発は事故を多発している。九五年一二月には、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」でナトリウム火災が発生。いまだにもんじゅは、運転再開の見通しすらたっていない。九七年三月には、東海村の再処理工場で爆発事故が発生し、作業員三七人が被曝している。ことしの七月には、敦賀原発二号機での冷却水漏れの事故が発生した。
 これらあわや大事故という一連の事故によって、高速増殖炉実用化の見通しは遠のき、高速増殖炉はすでに停止する事態になっていたはずだった。ところが常陽は、ひっそりと運転をつづけているのである。
 しかも原発各社は、高速増殖炉の代案として、プルトニウムを燃料として使うために、混合酸化物(MOX)燃料の使用を強行しようとしている。天然ウランまたは劣化ウランにプルトニウムを混ぜるMOXは、運搬や運転での危険性が指摘されている。にもかかわらずまだ計画を中止する気配はない。次から次へと危険な技術を導入し、なおかつ事故により信頼性を完全に失った方法まで強行している。この懲りない原子力産業界の体質は、膨大な住民を放射線にさらす危険を生みだしつづけている。
 原発の事故は、これまでの批判通りのものだった。「原発は安全だ」、やれ「原発は安い」などといって政府が強行してきたのだが、核工場が野放しになっていたいたとは、想像外のことだった。ただ儲けるためだけの競争が、今日の事故を発生させ、多数の被曝者をだすことになった。原発もおなじ構造である。
 これまで取材した原発地帯の首長たちは、「原発に不安はないのか」という私の質問にたいして、ほとんどが「政府が安全だといっているから」と答えていた。それが原発推進派の逃げ口上である。
 そのあまりにも楽観的な見通しが、逆にどれほど危険かを今回の事故はしめしている。いざ事故が起こってみれば避難もままならず、通報施設も完備していないことに気付かされる。モニタリングポストといったって、限られた場所に設置されたもので、すべての放射線を捕捉できるものではないこともハッキリした。
 このように安全をいいつのる限り、必ず起こる事故は防止できない。「安全神話」および「原発教」をばらまき、カネと安全とを取り引きした中曽根以下、歴代の大臣たちの罪はきわめて深い。

■原発は秘密・依存・ファシズムの三原則

 日本における原発推進の原則は、公開・自主・民主であるという。しかし、原発建設地帯の歴史と現状をみるかぎり、公開の代わりに秘密であり、自主の代わりに依存であり、民主の代わりにファシズムであった。これはいまも変わらない原発を推進する政府・自治体、電力会社の三原則である。
 だいたい原発の建設されている自治体に取材にでかけても、たいがいうさんくさい目で見られ、ろくに資料すら提供されない。国からタップリ補助金をもらっている地方自治体にとって、原発批判など許されないからだ。「自治体」が、完全に政府と電力会社に依存している状況で、どうして公開・自主・民主といえるだろうか。
 用地買収一つを例にとっても、公開・自主・民主がいかにみせかけかがわかる。六〇年代ならいざしらず、近年における原発の用地買収は、すべてウソと秘密によって塗り固められてきた。ごく最近の例では、石川県珠洲市の用地買収がある。九九年一〇月一一日『朝日新聞』の朝刊も、この問題を報じている。
  「関西電力(大阪市)が、石川県珠洲市に計画している珠洲原子力発電所の予定地付近で、反対派住民とみられていた地主の所有地の買収を清水建設などに依頼、これを受けて大手ゼネコンの関係会社数社がこの土地を取得していたことが、関係者の話で明らかになった。関電はこれまで、発電所の用地取得では地権者以外と交渉しない、と説明してきた。買い主側、地主とも、売買の表面化で反対運動を刺激することを恐れて、土地を担保にした金銭の貸借を装っていた。さらに国土利用計画法の届け出を免れるため、土地を九分割して譲渡、売買成立までに多数のブローカーらを介在させていた。買い主側は、仲介者への手数料を含め、関電が当初地主に提示した三倍以上の額を支払う結果になっていた」
 もちろん今回の事故でも、公開・自主・民主というお題目がいかに空疎だったかがわかる。たとえば事故直後、地元の茨城県や東海村の担当者が、「危険な施設とは思ってもみなかった」と発言していた。これは建設申請の段階で、危険物だということをなんら通告していなかったことを示していてる。これこそ秘密主義のサイたるものである。
 原発の安全性を信じこまされていた人たちも、ようやく眼を覚ましはじめた。原発反対は大きな世論になりつつある。たしかに時間がかかったが、まだ間にあう。これだけの事故が起きても、政府は原発をまた増設・拡大しようとしている。こうした玉砕主義をここでストップさせる必要がある。こういう連中と一緒に地獄へ行くのは、マッピラだ。 (■談)

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