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内部告発・豊島区は税金泥棒/第10回 そして裁判が始まった

■月刊『記録』98年6月号掲載記事

       ※        ※        ※

 一九九三年の二月一日、私は突然一五日間の停職処分を受けた。依然として役所側の提示した勤務表に従わないというのが向こうの言い分である。しかし処分を受けたといっても私にしてみれば、処分自体が違法だとしかいいようがなかった。
 たった二時間半の睡眠時間で働けという勤務体制自体に問題があること。そのおかげで既に生活そのものが昼型から夜型に移行し、私の健康管理が限界にきていたことなどを当局に説明したが、依然としてまったくお構いなし、馬耳東風であった。
 さて、処分から一夜明けた日曜日、私はいつも通り所定の時間に出勤した。するとなんと宿直室には、私の替わりに昼間の職員が既に配置されていたのだ。「あれ、五十嵐さん、どうしたの」。事情を知らない職員は、不思議そうな顔でたずねてきた。私が間違えて出勤してきたぐらいに思ったらしい。
 その時、隣の部屋から顔見知りの守衛が顔を覗かせた。「五十嵐さん。余計なものをもらっちゃたんだって」と、彼は、ニヤニヤ笑いながら言った。
 本来、二人しか勤務しない仕事場に三人がたむろすることになったため、部屋の中はどことなく窮屈だった。私が机に座って電話番をすると、他の二人は所在なく壁ぎわに座った。
 私の代わりが来ているならしょうがない。そう思い、一時間ほど仕事をしたのちに、私は宿直室を後にした。そして帰宅後、直ちに知り合いの弁護士に弁護依頼の電話を入れた。しかし、残念ながら彼は忙しすぎた。新たな裁判を抱える時間的な余裕など、まったくない状態だという。仕方なく後日、弁護士会を訪れ、弁護士を紹介してもらうことになった。
 私は、紹介された弁護士に、今までの経緯の概略とポイントを、四点に分けて説明した。
一、私の処分は苛酷ともいえる勤務形態が原因であり、その勤務形態も同僚の架空勤務を議会に内部告発した私への報復として作られていること。
二、同僚の架空勤務が十余年にわたり継続したのは、カラ出張・カラ超勤が存在するにもかかわらず、当局がこれを黙認したためだったこと。
三、カラ出張・カラ超勤は、当局と組合の長年の癒着によって形成されて来たものであること。
四、これらの悪習を糾すべき議会も、当局との長年の馴れ合いにより身動きがとれなくなっていること。
 私の話を聞いた弁護士の意見は、厳しいものだった。
「形式的にみれば訴訟の相手は役所当局だが、真の相手は役所の体質でしょう。この裁判には大変な苦労が伴うはずです。組合や議会をも相手にしなければならないかもしれません。それに、こういう事例で勝訴するケースは稀なのです」
 それでも裁判を起こす気があるのか、私の目を見て彼は尋ねた。
「形式的な勝ち負けは、二の次なんです。私にとっての勝利は、法廷で言うべきことを言い尽くすこと。そして裁判が記録として残されることです。だから判決をもらえるまでやっていただければ充分です」
 これが私の答えだった。真実を訴える場所が、私には必要だったのだ。
「わかりました。そういうことでしたら弁護を引き受けましょう。そして、とことん暴れてみせましょう」と、私の話を聞いた弁護士も快諾してくれた。
 真実を明らかにすることこそが区民のためになるという意見は、役所のどこからも聞こえてこなかった。税金を預かり、区民に還元するのが公僕の仕事だということを、役所はすっかり忘れてしまっている。そんな日々のなかで、やっと私は真実を問い直すことのできる場所を手に入れたのだった。

■金を受け取るだけの組合

 処分を受けた後、どうしても頭から離れない言葉があった。当局が宿直室で十五日間の停職処分の言い渡しを強行したとき、当時の高橋職員課長が発した「既に組合は、私の十五日間の停職処分を承知している」という言葉である。その発言の真偽を確かめるため、私は組合を訪ね「上層部は(私への処分について)組合も同意したと言っているが、どうなんだ」と問い詰めた。
「しばらく待ってくれ」
 それが処分を受けた組合員への書記長の答えだった。結局、いつまでたっても組合は正式な回答を寄こさなかったが、労組の会合の模様は、会議に出席した役員を通じて耳に入ってきた。彼によれば、「規則を守らなかったのは五十嵐だ。五十嵐が悪い」と有力者のN役員が発言し、他の役員も諸手を挙げてその意見に賛成したという。決まったことは守らなければならない。たとえ健康を害しても規則は規則。悪法でも法は法に違いない。それが彼らの言い分だった。
 組合に期待するものは、この時にすっかりなくなった。期待するには、現実がひどすぎる。処分から一週間と経たぬうちに、さばさばした気持ちで私は、組合に脱会届けを提出することになった。
 結局、私の二十年余の組合生活を通して、組合がしてくれたことといえば、毎月天引きで納入している組合費を、つつがなく受取り続けてくれたことだけであった。では、これからの自分が組合なしでいいのかというと、そうもいかなかった。組合が動いてくれなくとも、所属しているだけで役所への圧力となる場合もある。丸腰では、役所側からの攻撃はかわしきれないものだ。結局、第一労働組合に脱退届を出したその足で、第二労働組合に私は出向くことになった。
 実は、第一労組で私が数々の問題を抱えていたことを知っていた第二労組は、以前から「第一労組でそんなに虐められるなら、こっちの組合に来いよ」と、誘いの言葉をかけてくれていたのである。
 第一労組に比べれば、第二労組は人数も少なく、力も弱い。しかし破れ傘でも、傘は傘。何もささないよりはずっとましだ。少なくともズブ濡れにはならないだろう。そう感じていた。しかもこの組合の責任者に、私は重大な関心を抱いていた。
 以前にも触れたが、私は住民訴訟取り下げを条件に、役所との間で交換文書を交わしたことがある。文書には、架空勤務をなくすことや、睡眠時間を以前の五時間確保できる状態に戻すこと、明らかな税金の無駄使いと思われる勤務時間帯の禁止などが書かれていたのである。
 その交換文書の作成に関与した人物こそ、第二労組の責任者だった。もしこの文書が公表されれば、役所が約束を反故にしたことが証明されるだろう。当然、裁判にも大きな影響を及ぼすはずだ。私は第二労組に入り機会を待つことにした。
 停職を喰らわせればおとなしくなり、規則通り勤務につくだろうという役所の思惑通りに行動する気など、私にはさらさらなかった。もちろん停職解除後も自分の決めた勤務時間に従い仕事を続けた。その合間を縫って、弁護士の指示に従いながら、上司と交わした書類などを集めたり、裁判の準備を整えたのである。
 一五日停職から三ヶ月、四月三〇日に私は提訴した。

■勝てるかもしれない

 裁判が始まってまもなく、一つの疑問が私を襲った。それは他区の職員も、私と同様の環境で働いているのかということだった。私は二三区にくまなく電話し、宿直の睡眠時間を調べ上げた。その過程で私は、意外な事実を耳にする。
「宿直者の睡眠時間に関する通達が、東京都総務局長からきているはずですよ。豊島区の睡眠時間二時間半は労働法違反ですよ。私の役所の職員課では、はっきりそう言ってますよ」
 そう他区の職員が教えてくれたのだ。
 豊島区の職員課に、その点を問い合わせてみると、もごもごとハッキリした答えを出さない。「それでは情報公開で請求しますよ」と言うと、対応した高橋計之課長も、やっと覚悟を決めたのか、その通知を持ってきた。 やはり豊島区にも通達は来ていたのだ。
 そこには「睡眠時間付与にあたっては、(中略)四時間を下がらず七時間を超えない範囲で(後略)」と書かれていた。つまり私の課せられていた二時間半の睡眠そのものが、東京都の条例に違反していたのだ。
 もしかすると、この裁判は勝てるかもしれない。私の中にかすかな希望が湧き起こった瞬間だった。 (■つづく)

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