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鎌田慧の現代を斬る/住民投票と原発

■月刊「記録」1996年9月号掲載記事(表記は掲載当時のままです)

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■投票率82・9%

 反対12478票、賛成7904票。
 8月4日、新潟県巻町で行われた原子力発電所建設計画に対する住民投票は、予想された通りの結果に終わった。嫌なものは嫌だという極めて明快な結論が出たわけだ。
 82・9%という投票率の高さからも、とにかく自分達の想いを投票に表わしたいという住民の意思が伝わってくる。一方で賛成票が8千票近くまで及んだことは、予想より少し多かったかもしれない。反対運動の盛り上がりに、政府と東北原発側はなりふり構わぬ巻き返しを展開した。原発の視察と称しての観光ツアーなどは買収行為そのものだ。
  もし政府と電力会社がてこ入れしなければ、賛成票はもっと少なかっただろう。このような状況の中で、明らかな反対の意思が表れたことは、非常に大きな成果だと思っている。
 しかし問題は解決していない。住民投票の結果を受けてさえ、塚原俊平通産相は、「結果は、まだ十分な理解が得られていないことを示していると認識しております」と発言し、八島俊章東北電力社長も「(投票結果が)絶対のもという認識はない。さらに理解活動をするしかない」と発言している。
 国や電力会社は、原発に対する地元の理解が足りないため、住民投票で負けたと考えているようだ。
 実はその認識こそが大きく間違っている。理解が足りないのではなく、住民が自分で理解し判断したからこそ、こういう結果になったのだ。賛成に投じた7904人こそが、原発の実体を理解していない人なのだ。

■札束で頬をたたく「理解」

 今までは原発に対する正当な判断が下されないまま、建設が進められてきた。たとえば巻町での賛成派のスローガンは、「原子力発電で町の活性化を!!」だ。原発によってもたらされるカネだけが焦点になっている。
 原発自体を好きな住民はいない。交付金が増えるとか、地方議員にそれなりのメリットがあるとか、地元の土建会社の仕事が増えるとか、カネに換算した賛成票が国と電力会社によって作られた。これは原発に対するYES・NOの問題でない。
 電気事業連合会の荒木浩会長は、電源3法交付金が公民館などの箱モノ造りだけにしか使えないことを取り上げ、「カネの使い方を変えなければ、もう地域の理解を得られない」と発言している。
 ばかでかい公民館や体育館を造り続けていたことに対する反省のようだが、交付金の使い方を変えても、金で買収していく発想はまったく変わっていない。しかし札束で頬をひっぱたくのは「理解」ではない。
 一方、巻町のNOの声は、自分達の運命は自分達で決めるという意思が明確になったものだ。過去の原発建設は、国と電力会社が地方自治体の長や議会だけを洗脳して進められた。しかし巻町の住民は、原発の賛否を住民に直接問いかけなければ承知しないという一歩進んだ見解を示した。
 住民の「理解」とは、どういうふうに生活していくのかを考えることから始まる。生き方に対する問いだ。国や電力会社が考えるようなカネの使い方が問題なのではない。カネやモノでは原発建設を説得できない時代に入ったのだ。
 もちろんチェルノブイリや、スリーマイル、もんじゅなど原発事故によって住民が危険性を感じた影響はある。しかしそれ以上に、地方自治体を買収していくということに対する反発の強さを、国や電力会社が理解しなければいけない。
 成田空港建設反対運動でさえも、政府のやり方がまずかったと運輸省が住民に謝っている。時代は変わってきているのだ。国益になるからだとか、カッコつきの地元のためなどで、政策を押しつけるのは民主主義ではない。
 今度の巻原発の問題ではっきりしたのは、強権的に意見を押しつけることは、国であっても許されないということだ。このような当然の事実が、巻町だけに適用されるわけがない。そのような意味で他の地域に与える影響が大きい。

■戦争時の論理だ

 住民が原発をいらないと言っているわけだから、いやなモノを押しつけてるのは、住民自治に対する挑戦だ。「計画の凍結を考えていない」と談話を発表する江崎格通産省・資源エネルギー庁長官などは、地方自治の精神をまったく理解していない。
 たとえば何らかの開発で、100%良いとものがあったとしても、住民が嫌だと言ったら開発は進められない。住民の判断を無視して意見を押しつけるのは、そこに住んでいる個人個人に対する冒とくだ。原発政策が初めにあり、方針通りに建設して原発の発電量を高めていくのというのでは、国の方針自体が間違っているとしか言いようがない。
 さらに国にとって重要な政策を、たかだか地方の住民に任せられるかどうかといった意見も出ている。これは本末転倒だ。国家権力が国益を理由に、嫌がる市民を駆り立てるのは戦争時に使われる論理だ。市民が嫌うことを押しつける権利は、国にはない。
 憲法でも地方自治がうたわれている。地方自治とは住民の意志を尊重するものだが、投票結果が出た後の政治家や役人のコメントを読んでみると、その辺の意識がまったくない。このような状況下で国の押しつけに対して、嫌だと意志を明らかにしたことは歴史的な意味を持っている。

■中間派が反対派に

 住民投票で原発反対派が勝利した要因は、反対運動の柔軟性にある。反対運動していた人達が、町民にわかるような言葉で説得をし、運動家と町民が同じ視点で活動してきた。たとえば原発反対の意志を千羽鶴を折って伝える。ポールを立ててロープを張り、自分の気持ちを書いたハンカチをクリスマスツリーのように結びつける。自分達ができるささやかなことを、こまめにやってきたことだことで、反対派の声は町全体の声になった。だからこそ中間派といわれる人達が、中間派を踏み出し、市民として勇気をふるって反対派になった。
 国策があり、電力会社の膨大な金があり、極めて強権的にやってくる原発計画に対して、ささやかすぎるようにも感じられる運動が、町民の気持ちを捕らえていったのだ。
 さらに決定的に他の運動と違うのは、原発建設は住民投票で決めろと提起したことだ。住民投票条例の制定は、芦浜(三重県)、窪川(高知県)、串間(宮崎県)などでも行われた。しかしこれらの地域は、まだ原発用地の買収が進んでいない状況だった。それに対して巻町では、建設のための準備はほとんど整っていた。いうならば9回裏だ。そこまで追いつめられていたのに、住民投票で決めようという雰囲気を作っていった姿勢はすごい。

■1万人が自主住民投票に

 選挙はどこでも膨大な金をばらまいて行われている。地縁や血縁、買収などさまざまな要素で成り立っている選挙は、原発だけを判断したわけではなかった。ここに住民投票を行う理由がある。住民投票による政治判断は、議会制民主主義を否定するものだという意見もあるようだが、議会制民主主義の機能を真に発揮させる手段として、住民投票もあるのだと思う。住民の直接参加による決定は、間接民主制の強化につながる。
 巻町でも最初は住民投票の意義が認められずに、自主住民投票が行われた。これも驚くべき発想だ。住民投票といえば、町が主催しないとできないと思ってしまう。そのときに町がやらないなら自分達でやろうというのは、強い自治意識の表れだろう。
 自主住民投票にかかるお金も自分達で工面したほどの熱意とエネルギー。賛成・反対を超えて、結果を住民の意識に任せようとする住民への信頼感。この2つが、巻町に新しい流れを生んだ。
 当時の自主住民投票では、賛成・反対含めて10328票が集まった。小さい町で、町長が反対している住民投票へ行くことは、町の体制に反対することだ。自主住民投票行くこと自体が、なかなか大変なことだったのだ。それを吹っ切って、夜行ったり、見つからないように投票に来た人が1万人を超えた。
 さらに、反対だが投票に行けなかった人を掘り起こすために、住民投票条例を押し進める議員を町議員選挙で擁立した。住民投票をしようという選挙運動は、原発についてまだ結論出ていない人や、無意識的に賛成だった人に、もう1度考える機会を与えた。そんな選挙活動にともなって、原発に反対する人が増えてきのも事実だ。
■住民不在の賛成派

 今回の住民投票に向けて、反対派は小さな集会を開き、個別訪問で意見を聞いて回った。賛成派は通産省の役人や、電力会社の幹部が応援にかけつけた。カネと人を導入し、原発がなくなるとエネルギーがなくなると脅かしさえしたのだ。巻町の住民をどうにか説得しようと、外から応援を呼んだ賛成派と、自分達のことは自分達で決めるからと、外からの応援を入れなかった反対派。投票前に、どちらがどのような姿勢で運動にのぞんでいるのかがはっきりと表れていた。
 じつはこのような反対運動を支えてきた基盤が巻町にはある。それは町有地と反対派の共有地だ。原発建設の歴史の中で、建設予定地に反対派が土地を買ったことはなかった。巻町の場合は、敷地内に共有地があったため、建設前の検査を行う安全審査委員会を通過できなかったのだ。
 原発建設予定地に町有地が残っていることも前代未聞だ。もちろん町有地、国有地は、どこの原発予定地でもあるが、先に地方議員が買収されるので議会は売却を決定してしまう。ところがこの共有地が裁判で係争していた土地だったことが幸いした。ようやく町有地だと落ち着いた時には、原発に対する批判も高まっていたのだ。 原則的には、町有地は町長の先決権で、勝手に売ることができる。しかし住民達が納得しないうちに決定すれば、次の選挙が危なくなる。そんな力関係が働いて売却ができなかった。

■メーカーの陰謀にも負けない

 自民党内では、これからの原発立地ができないなど、不安感が広がっている。エネルギーが足りなくなるなら、また住民を説得しようと考えているようだ。しかし本当に必要なのは、これからのエネルギー政策をどうするのかを考えることだ。
 原発では1時間当たり130万キロワットを発電し、広いエリアをカバーしようとしていた。そのような政策を見直し、地域ごとの小さな発電所で補っていけばよい。風力、地熱、太陽などの発電方法もある。また原発ができることで要りもしない電気製品がさらに売れるともくろむ電機メーカーの陰謀に負けないことも重要だ。膨大な欲望をすべて電力でなかなう生活から、電気を少しでも使わない生活に変える時期がきている。
 巻町の住民投票を契機に、これから日本のエネルギー転換や、新しい生活の仕方の模索を始める必要がある。 (■談)

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